My Life After MIT Sloan

組織と個人のグローバル化から、イノベーション、起業家育成、技術経営まで。

若者が起業しにくいなら、起業しやすい社会に変えていけば良い。

2010-03-20 14:56:34 | 3. 起業家社会論

最初に書くと、この記事は「ではどうやって起業しやすい社会にするか」ということを書くのではなく、
問題解決の考え方について書くつもり。
「どうやって起業しやすい社会にするか」は私も現段階では、はっきりこれだ、という解は無い

(いや、あったらすごいんだけど)

そういう意味では、タイトルは「青年の主張」に過ぎず、特に内容はないかもしれない。
(アラサーの癖に「青年」でいいのかは要議論)

それでもこれを書こうと思ったのは、少しでも世の中の議論を「問題解決をする方向」に持っていきたいと思ったから。

1.「若者に起業を勧めるべきか否か」を問うても、問題は何も解決しない。
  解決指向型の問いをすべきである

Web上で話題になっている、2chのひろゆき氏のエッセイを読んだ。
若者に起業を勧める嘘つきな大人たち-ひろゆき@オープンSNS

私は、ひろゆき氏の主張は非常によく理解できるし、納得できる。
以前「どんだけマッチョじゃないと起業できないんだ、日本は」で書いたように、
今の日本では、経験の無い若者の起業を戦略面・資金面でサポートするプロもいないので、
何も経験の無い若者の起業は一般論として失敗しやすいのは確かだろう。
更に、失敗してもアメリカみたいに大企業に再就職とかできないわけだし、リスクが高い。
だから彼が言うのは非常に真っ当だと思う。

そんな日本の状況なのに、世の中には無責任に若者に起業を勧める大人がいるのも確かなのだ。
彼等はまるで他人事のように、起業を勧めるのだ。
私にも経験があるので、彼の腹立たしさが痛いほど伝わってくるし、共感できる。

一方で、「若い人が起業すべきだ」という意見も良く分かる。
この硬直した社会を変えていけるのは若い人だけだと望みを託しており、若いときだからこそ無茶できるのだという人がいるだろう。
実際、若者が変えようとしなければ、社会なんて変わらないのだ。
恋愛でも、仕事でもそうだが、
「絶対に出来るはず」という根拠の無い自信とパワーが、信じられないほどの力を生み出したりするのは、
歴史を見ても確かなのだ。

私が言いたいのは、これらの議論にはどちらも共感は出来るが、この議論をしても意味が無い、ということだ。
何故なら「若者に起業を勧めるべきか、否か」という問いに例え答えられても、日本は全く何も進歩しないからである。
ついでに言うと、それは正しく答えられる問いでもない。
個人差が大きすぎる。
「海外留学をすべきか」という議論と同じで、その人の価値観と能力、向き不向きによって全く答えが変わってくる。

本当に問うべきなのは、
1. 「実際に、日本は(シリコンバレーなど成功例に比べ)起業家が育ちやすい社会か?」
2. 「1がNoの場合、起業家が育ちやすい社会にするためには、今の日本の何を具体的に変えていけばよいか?」

の2点だと思っている。

1. は、歴史や各国分析をすれば答えられる問いであり、答えることで前に進む。
例えば、シリコンバレーと日本を比較した考察記事(第一回第二回)で考察したとおり、
「シリコンバレーに比べれば、日本は起業しにくいが、(大陸)ヨーロッパよりはマシである」
というのが解だと思う。
従って、日本がアメリカのように起業家が育ちやすい社会か?と問われれば、Noだ。
改善の余地はまだまだある、よって改善すべき、となる。

問題は2だが、これも成功事例との比較分析で、ある程度仮説を得ることは出来る。
例えば、資本の流動化、人材の流動化は、好循環を回すための鍵のひとつだ。
大学を核とした「起業家コミュニティ」を作るのも、解ににつながる、と書いた。

じゃあ具体的にどうやってそれを実現するか、に答えるためには、もっと現状の分析をして、
現状うまく行ってないのは何故か、に答える必要がある。
こうやって、前に進めていくことが出来るだろう。

私は人と議論で戦うのは余り好きではない。
出来るだけ議論とか、戦うとか、避けて通りたい。
だからかもしれないが、議論したら何かが前に進む議論を、常にしてほしい、と思っている。
大前研一も「企業参謀」で言ってるけれど、問いの立て方は重要だ。

2.そもそも日本は起業家が育ちやすい、アングロサクソン的社会を目指すべきか、
安定縮小均衡の(大陸)ヨーロッパ社会を目指すべきか?については、コンセンサスを得る必要はある。

コメント欄を読んでいて、このそもそも論についてコンセンサスが得られて無いことに気が付いた。
要は、若者とかが起業しやすく、結果として新しい産業が興って、経済が成長する国、というのを、
日本が目指しているのか、ってことだ。

アングロサクソンとは、イギリスやアメリカを中心とした文化圏のことだ。
これらの文化では、人材が流動化することに社会が寛容であり、金融システムの流動性が高い。
恐らくアングロサクソン独特の、プラグマティックな気質によるところも大きいんだろう。
その結果、ベンチャーも多く生まれ、次世代を引っ張る産業が生まれる。
テレビや半導体で日本に負けても、すぐにOSや通信機器やネットサービスといった、
国全体の柱となるほどの大きな産業が、ベンチャーによって育っていく。
その結果、先進国の割には経済成長(GDP成長率)が高い。

一方、大陸ヨーロッパを中心とする伝統的な社会では、雇用制度が厳しく、一度雇った人は解雇せず、優遇する、
経済が多少停滞しても、大企業と、そこの労働者の権利を守る、
その結果失業率が高くなっても、一度雇用した人の給料は守る(フランスは労働時間も規制)
など、日本のはるか上を行く、正社員優遇の雇用システムを持っている。
東・南ヨーロッパから安い労働力が常に流入するので、何とか成長はしているが、経済成長のレベルは極めて低い。

では、日本はどういうモデルを選ぶべきか?
私はアングロサクソンモデル推進者である。
実際、
どのような産業も衰退し、全ての大企業を成長させるのが不可能であることを考えると、
次々とベンチャーから新しい成長の種が出てくる社会にしないと、まずいんじゃないの?と思うからだ。

アメリカを見ると、IBMやGEのように、伝統的な企業が変革して、大きな影響力を持ってるところもあり、
かつての大企業だったAT&T、コダック、IBM、Xeroxの遺産で食ってるところも大きいから、
大企業も大きな役割を果たしている。
しかし、80年代のマイクロソフト、シスコ、アップル、90年代のGoogleやAmazon、2000年代のFacebookやTwitterなど、
次々と、国全体の成長の柱となる新しい産業を作っているのは、大企業でなくベンチャー企業である。

日本も、是非ともソニー、パナソニック、東芝、NEC、富士通、日立、ホンダ、トヨタ、日産・・・
といった大企業のいくつかには、変革の末に生き残ることが、社会にとって大切だと思うけれど、
ベンチャーが次々と次世代の産業を形成するようにならなければ、日本は成長はしないだろう。

で、本当にそういう社会を目指したいのか、については、ある程度コンセンサスを得なくてはならない。
このまま、リスクも取りにくいし、セイフティネットも無い、最悪の社会になってしまうのだけは避けたい。
早く、国の戦略をどう持っていくのか決めて、対処を取っていく必要がある。

ちなみにヨーロッパも、経済成長を求めて、アングロサクソン的なモデルへと徐々に移行しているのが現状。
私は、日本の文化の強みは活かしつつも、仕組みとしてアングロサクソン的なモデルを入れてくのは避けられない、と思っている。

3.文化や人々の動き方は変えられない。戦略・システム・仕組みを変えることで好循環を作る、解決指向型の考え方をすべき。

コメント欄では、「起業家が育ちにくいのは、日本文化の問題もある」
「人々の動き方をどう変えるべきかという視点も必要だ」という意見を頂いた。

それは全くその通りで、文化や人の動き方、考え方が起業しやすさに与える影響は大きいだろう。
日本がシリコンバレーの人間に比べて保守的で、横並び主義だから、起業に飛び込む人が少ない、
というのは検証は難しいが、確かにそうかな、とも思う。

しかし、文化や人の動き方は、そんなにすぐに変えられることだろうか?
これらを直接変える方法はあるだろうか?
そう考えたとき、文化や人々の動き方を考えよう、というのは解決策にならないことに気づく。

一方で、国が指し示す戦略とか、ベンチャーキャピタルやエンジェルを増やす、人材の流動化を促進する、
シリコンバレーのように大学中心に起業家が集まりやすい地域を作る、とか
戦略、仕組み、システムの問題は、割とすぐに変えることが出来るだろう。

そして、これらの戦略や組織、仕組みを変えていくことで、文化や人々の動き方・価値観も
10年、20年の時を経て、だんだん変わっていくんじゃないだろうか?

だから。
私は、こういう起業家社会の問題を考えるとき、文化や人々の価値観も重視すべき、というのは
非常に共感できるのだが、(だって実際そういう影響大きいし)
本当に、「日本で起業家が生まれにくい」という問題を解決していくには、
戦略、仕組み、組織といったレベルで問題を捉える必要が出てくると思っている。
こういう問題を解決すると、文化や人々の動き方の問題も解決する、好循環に向かっていくのだ。

ちなみにこれは企業の改革でも全く同じだ。
人々は、企業文化とか、人々の動き方に文句を言いがちなのだけど、そこを言っても問題を解決するのは難しいのだ。
何故なら、文化や動き方は慣性が高く、変えるのは難しいからだ。

一方で、文化や人々の動き方は、なかなか変わらないからこそ、うまく使えば強みになると思っている。
例えば、日本人は仕事が非常に丁寧で、シリコンバレーの企業みたいに、
バグだらけでもベータ版とかを出して市場を取っていくやり方には慣れないかもしれないが、
一方で、安心感のある、正確なものをつくることに向いているのだ。

そういう変えにくい性質は、別の言葉で言うと「コアコンピテンス」かも知れず、
そういうコンピテンスが生きやすい社会を設計する方が、
これらをムリに変えるより、ずっといいのではないか、と思っている。

以上3点。
この一週間、起業家社会の議論をしながら、ずっと思っていたことを書いてみました。
次からは、一度大企業の改革や、中央研究所のあり方など、日本の大企業が直面してる問題に一度戻ろうと思うんですが、
起業家が生まれやすい社会をどう作るか、という議論は続けて生きたいと思ってます。

今まで、こんなに「どうやって起業家が生まれやすい社会にしていけばいいんだろう?」ということを考えたことはそんなになかったです。
色んなコメントを下さった、皆さんのおかげで考えが進みました。
これからもよろしくです。

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Unknown (kobayashikoichi)
2010-03-20 15:19:30
内容、非常に共感しました。ボクも、起業を無責任に進める大人はムカつきます。
昔、マネックス証券の松本社長とお話しする機会があったので、起業についてお伺いしたところ、次のようにおっしゃってました。
「そんなもん、できればしたくなかった。失敗するかもしれないし。でも、他がしてなかったから、自分でやるしかないじゃん。しかたないよ。」
自分も、大学で教えてて同じ事をいってます。そんなリスクが高いことは、しないほうがいい、と。でも、それでも食いついてくる奴がいて、だったら考えようか?どうやったらできるかを。そのスタンスが大事だと思ってます。
起業の国別比較という視点もありましょうが、基本どの国にいたって起業は人生の一大事です。そのためには、死ぬほど準備が必要で、それでも失敗もするでしょう。そういったリスクと、成功した場合のプロフィットを正確に伝えることが、長期的に見て起業を増やす視点として重要なのかな、と思ってます。
Unknown (yumemakura)
2010-03-20 16:31:08
日本でも流動性の激しい職業があります。医者の世界がそうです。彼らはいろんな職場(病院)を渡り歩き腕をみがこうとしてます。そのため海外にもでます。

続き (yumemakura)
2010-03-20 16:35:52
医者は別に病院を変えることに抵抗はないようです。したがって、同じ職場から離れないのは、別に日本人の文化とかではなく、おかれた環境なのかもしれませんね。
解決策を見つけるのは簡単っす。 (hidezumi)
2010-03-20 17:26:09
アラサーどころか、アラフォーです。まあ田舎だったら「若手」にカウントされる可能性もありますが…

解決策を見つけるのは簡単です。一回やってみればいいのです。

僕はおっちょこちょいなので、アメリカ人は事業計画書を書いたら、すぐにエンジェルを探しまわるのだと思っていました。実際は自己資金ではじめて、大きくなりそうになったら資金を調達するみたいです。これはそういう話をして笑われて、コトラーの本を読んで「ああそうなんだ」と思いました。

次に事業計画を書いて何かを作ったらたちまちお客さんが付くのだと考えました。しかし実際にはお金が出るのはプロダクトやアイディアそのものではなく「チーム」つまりヒトに対してみたいです。

周りは典型的な日本社会です。(製造業がやはりいちばん偉くて、会社勤めが最高という価値観ですね)先行モデルがないので全部試行錯誤になってしまうのです。だから資金を出すだけではなく、実際に起業したヒトたちのメンター制度なんかはとても重要だと思います。しかしメンターがいたとしても、結局やってみないと分からないことは多いように思えます。

さて、この議論のいちばんの問題点は「私が起業しやすい社会にするにはどうすればいいか」という視点が抜けている点だと思います。ヒトを焚き付けるか、「日本人論」を語っているうちは状況は変わらないでしょう。

一方、成功事例がぽつぽつ出て来て「あいつも起業したから俺もやらないと損」みたいな雰囲気が出てくると状況は一変すると思います。最近Twitterが流行しはじめたら「新宿でカレーなう」とかみんながはじめるあれです。こんどは気軽に起業するな!というブログのエントリーが増えるかもしれません。
外食産業も (みしょう)
2010-03-20 22:24:28
初めて見ました。
私もアラサー世代ですが、現在
飲食店を経営しています。

今回の件は、問題点こそ違えど
ベンチャーに限らず
外食産業全体にも言えることです。
 
ベンチャーと違い
小資本で始められる点では
外食産業は良いのですが
外食産業界は利益率が低いというのは
よく知られるところです。

それを何も考えず、独立する人間が
本当に多い。
敷居が低いこともあり、雨後の筍のごとく
生まれては消え、またそれを繰り返す。
 
私は大学時代、全く畑違いの建築を選考していましたが、人との縁があったことで
この世界に入り、独立して10年が経ちます。
 
その間、多くの人間が独立するのを見て
多くの人間が失敗してきました。

独立するのが目標なのか、独立して
その先に外食産業の今後や現在の
日本の食文化をどういう風にしたいのか
その青写真が少なからずない人は
引いて言えば
何も考えず、ビジネスとして捉えることもなく
この世界に入った人は間違いなく食われます。
 
外食産業界の独立にかんして
一番の問題は
社会よりも制度よりも
利益率の低さよりも
労働生産性の低さよりも
雨後の筍のごとく、何も考えずに
ただ店を出す人たちを減らすことなのじゃないかと思ってしまいます。

 

Unknown (痴本主義者)
2010-03-20 22:57:00
ヨーロッパでは起業は少ない。しかし商人や職人の子どもが職業をそのまま継いでいることが意外に多いようだ。日本をヨーロッパ型にするにはこのケースを社会が大切にすることが重要なのだが、それはもう手遅れ。子どもに継がせずに、わざわざサラリーマンにしてしまったのだから。
Unknown (通りすがる人)
2010-03-20 23:15:27
拝読させていただいた中で気になるポイントがあったのでコメントします。

コメント欄で意見が分かれるのは、Lilacさんのおっしゃるところの仕組みやシステムが文化や慣習とどの程度一体なのかというところでの見方の違いによるものだと思います。

例えば政治主導を念頭に置いた仕組みは、有識者からの意見聴取・議員や関係団体への根回しという官僚主導と批判される一連の仕組みと比べて、おそらくretrospective にみればより上っ面なものにすぎず、我々の社会に「根付いていない」ものです。もちろん、40年もかければさすがにその政治主導を包含するような文化や価値観が醸成されるんでしょうけど。

問題はここで、アングロサクソンや大陸欧州という二つのチョイスしか提示されていませんが、デンマークやノルウェーのような北欧あるいはオランダ・スイスは大陸欧州のモデルに入るのか、という議論と併せて、日本は何故「日本モデル」ではいけないのか、という反論に対して説得力がないように見える点です。

もちろん現在の景気や減退する競争力を持って根拠とされるるんだと思いますが、他方で仕組みやシステムあるいは制度を他方でやや甘いように見えます。

戦略文書自体は確かに実際の仕組みや制度よりは変えやすいですが、変えやすい分誰も信じてないんだと思います。他方で、本気で予算や諸般の法制と連動させようとすると、国レベルでこういうものは書けなくなります。

変えられるところから変えるというプラクティカルな考え方でいらっしゃるし、アングロサクソンを目指すべきだと立場を明確にして議論していらっしゃるので、この手の細かな話はブログ故に省略されていらっしゃると思いますが、訪問者も多いようなのでコメントいたしました。
Unknown (Lilac)
2010-03-21 01:23:00
一部のみ返信いたします。

@kobayashikoichi
松本さんが言うのは絶対ご謙遜だと思いますけど(笑)、
彼が何故そんな謙遜をしなくてはならないのか、というところに、現在の日本の金融業界の閉塞感を感じます。寧ろ。
しかし私は若者には起業して欲しい派です。
本人に勧めるかどうかは、本人の話をよく聞いて決めると思いますけど。

@Hidezumiさん
アメリカの起業時の資金で自己資金が多いのは確かで、確か全体の3-4割だったと記憶しています。
次に多いのが、「友人や親戚からの借金」です。
残りの一部がベンチャーキャピタルやエンジェルなどの資金です。
こういう統計を元に、「ベンチャーキャピタルは起業の助けにはなってない」と批判するアメリカ人もいます。
このような議論は、統計の取り方が問題に即してないから起こるのでしょう。

ちなみに「私が・・・」と個人化するのは想像を進めるには非常に大切ですが(当たり前ですが私はそういう想像をした上でこの記事を書いてるわけで)社会をどう変えるべきかという議論に一般化させなければ書いても意味が無いと思っております。

@通りすがる人さん
>問題はここで、アングロサクソンや大陸欧州という二つのチョイスしか提示されていませんが、デンマークやノルウェーのような北欧あるいはオランダ・スイスは大陸欧州のモデルに入るのか、という議論と併せて、日本は何故「日本モデル」ではいけないのか、という反論に対して説得力がないように見える点です。

全くその通りだと思います。
では、日本はどういう(独自の)モデルを目指せばいいのでしょうか?

個人的には、実は余り心配して無いんです。
日本は歴史的には中国、そしてヨーロッパ、戦後はアメリカに学びつつ、勝手に独自性を加えて日本のモデルを作ってきたわけで、ひとつの方向を目指してやり始めたら、日本に適したモデルに勝手になっていくのかな、と思っています。
楽観的過ぎるかもしれませんが。
科学技術戦争 (ピタゴラス)
2010-03-21 01:35:17
つい調子に乗ってコメントしてしまいます(御許しを)。

さて、「起業」につうて考える際に、それが科学技術の進歩に役立つ場合とそうではない場合に分けるべきと思います。
私は何だかんだと言っても、現在の欧米社会文化が優越しているのは、「科学技術の優位性」であり、それははるかピタゴラスに始まる論理哲学精神が基盤になっています。科学技術の応用による産業・軍事の進化は驚異的であり、他のシステムを破壊して自らのシステムを増殖させます。

ダーウィンの進化論のごとく、またカンブリア期の生物のごとく、多種多様な試行錯誤が科学技術の進歩には必要と思われます。

ですから国家戦略として見て、科学技術の研究・教育とそれの産業・軍事への応用は最優先事項と思います。

ただ理系というだけでなく、法律・会計などの分野もシステム向上のための社会的技術と見なせます。ベンチャーキャピタル・特許戦術もインテルを祖師とするITベンチャーの爆発的成長力を背景に整備されたものと思います(『インサイドインテル』ティム・ジャクソン)

だから「起業」は必要なのだと思います。
数打ちゃ当たる訳でもない (ksato9700)
2010-03-21 01:59:17
いつも楽しく読まして貰っています。

起業に関しては「しやすく」だけではダメな気がしていて、むしろ「しにくく」する事も必要なんじゃないかと思います。みしょうさんも書いているように、「しやすくする」だけじゃ能力のない人がトライして失敗するだけで、それは起業に対して「博打みたいなもの」という印象を植え付けるだけかと。実際、日本人はそういう感覚を持つ人は多いと思います。

起業を増やすのが目的じゃなくて、起業してそれが成功して次世代の産業を支えることが目的なんだと思いますが、そんな事が出来る人は極く僅かしかいない。限られた能力のある人だけ。それはアメリカでも一緒でしょう。

なので、能力のある人がサポートを受けられ、能力のない人が諦めざるをえなくなる、そんなシステムがあったら良いのかなと思います。別にテストして振り分けるという事ではなく、自然と。アメリカではそれが少しだけ上手に出来ているのかなと思います。

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