エピソード2
『底なし沼』(2)
(『底なし沼』へのご案内も併せてどうぞ)
(『底なし沼 』(1)も併せてどうぞ)
頭の中では自分に都合よく、自分の村まで真っ直ぐに繋がる道を勝手に作り上げている。ところがそんな空想はすぐさま覆されて、道はほぼ直角に、大きく左へ折れていた。(え?これじゃあの知らない村を、来た道を後戻りするのと同じじゃないか。全然近道じゃないかもしれない…)そんな不安がよぎった。今さら後戻りするのも得策とは思えず、不安なまま進んだ。
道はやがて一層、手や足で、絡みつくツル状の草を掻き分けながらの獣道に変わり、くねくねと蛇行し方向感覚が崩れそうだった。正しいかどうかは分からないが、不安ながら自分の村の方へ少しずつ近付いている気はした。まだ陽は落ちず、明るいのが救いだった。
子どもの感覚だから、何分歩いたか、どのくらいの距離なのかなんてわからなかった。思い返してみると、獣道に進み入って10分程度のような気もする。突然目の前から一まとまりの木が消えて、その中心から奥の方にどんよりとした水が見えた。道はその淵を回るように続いていた。淵と言っても、朽ちた倒木や、大きく引き裂かれたように折れた枝が覆いかぶさって、水と地面の境目がどこなのかわからないような状態だった。
いちいはどこかで耳にした底なし沼の話を思い出した。(底なし沼って、本当に底がないんだろうか。)素朴な疑問だった。良からぬ危険な匂いのする好奇心が頭を擡げた。すぐさまその辺に覆いかぶさり絡まっている枝から、できるだけ長そうなものを選んで、引っ張り出した。あちこち絡まった枝は、山の主に囚われているかのように、そう容易くは思い通りに取り出せない。少しぬめっとした、変な草や茸が生えた不気味な枝を力一杯引っ張った。きしむように引きずり出される枝は時々乾いた音を立てて折れながら、ずずっと、そしてやがて諦めたようにするっと足元に横たわった。
いちいは、横から出た細かい枝を払い一本の棒状にすると、足元に気をつけながら、澱んだ水に近付いた。そして、その枝の先端を、恐る恐る澱みの中に差し込んだ。木の棒はするすると、おそらく半分ほどが水の中に手応えもなく吸い込まれていった。恐怖からか好奇心からか自分では分からないが、少しぞくぞくした。更にこちらから向こう側へ棒は45度程の角度でずずっと沈んでいく。腕をいっぱいに前へ突き出して棒の端ギリギリを持ち、更に押し込んだ。もう棒を押し込む力が作用しない状態になっていたが、棒は水面からまだ1m位は出ていた。2.5から3メートル近くあったと思うその棒だが、今思うと、斜めに突き刺さっていたから、随分沈んだように見えていただけかも知れない。でも好奇心でわくわくしているいちいの脳にそん冷静な判断ができる筈もなく、ただもうその先を確認したいというその思いばかりに囚われていたのだった。
「もう少し…、もう少し…。」足先は無意識のうちにじりじりと、地面とも水面とも区別のつかない沼の際ににじり寄っていた。つま先にぐっと体重が掛かり力が入った瞬間だった。突然足元がぐらりと不安定に揺らいだ。いちいはとっさに飛び退いた。ふんわりとした腐葉土とは明らかに違う、その飛び退いた足跡には、じんわりと水が滲みていた。はっと冷静になると手に棒はなく、驚いた拍子に思わぬ力が加わったのか、さっきまで握っていたとは思えないほど離れた所にひょっこりと突き刺さっていた。もはや到底手の届きそうな距離ではなかった。本当に不思議なことだが、ついさっきまで持っていたと思えないほど離れた場所だった。
(次回につづく…)
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