徒然なるままに。

徒然に小話を載せたり載せなかったり。

go into ~ (~を説明する)

2006年03月04日 | ゴーストハント
 ――夢を、見た。


 二三度瞬きを繰り返して、麻衣は深く息を吐いた。
 眼前に見えるのは、夜闇に覆われた見知らぬ天井。そろりと首を動かすと、隣に同じく布団に入った真砂子と綾子の姿が見えた。
 静かな寝息が聞こえる。
 麻衣は静かに起きあがると、腕時計を見やった。午前3時。
 起きるには早すぎる時間だったが、とてもすぐに寝直せるとは思えなかった。

 ―――……!

 怒り、悲しみ――憎悪。自分のものではない感情。
 実際に現実としてこの耳で聞いたわけではないのに、今でも深く心の内にあの叫びが轟いている。
 何度見ても、こういった夢は――つらく、かなしい。
 そして。
 また会えた、彼――同じ顔なのに、けれど全く違う、彼。
 もう一つ息をついて、麻衣は立ち上がった。




「麻衣?」
 かけられた声に振り返って、麻衣は目を瞠った。
「――ナル」
 黒衣――といってもパジャマだったが――の美貌の青年がいつの間にか背後に立っていた。
「眠れないのか」
 静かな問い。麻衣は慌てて首を振った。
「違うの。一回寝たんだけど、目が覚めちゃって。――それで、お茶入れてたの。ナルも飲む?」
「ああ」
 理由がわかると、ナルはとたんに麻衣に興味をなくしたようだった。視線が麻衣から離れる。
「……もしかして、あたし、起こしちゃった?」
「そう」
 彼の応えはそっけない。
「あっちゃー……ごめん、折角寝てたのに」
「別に」
「そお? ならいいけど」
 コポコポ、と紅茶を注ぐ音がやけに大きく感じられた。夜だからか――それともナルと一緒にいるからなのか。
 カップを手渡し、ナルが一口含み、麻衣が一口含むと、ふいに闇色の瞳が麻衣を見た。
「……“見た”のか」
 麻衣の仕草が止まった。硬直している間も、ナルの視線は離れない。
 おもむろにカップを置くと、麻衣は目を伏せた。
「――うん、見た、よ……」
 答える声が掠れる。
 麻衣が見た夢はただの夢ではない。ポスト・コグニション―――過去視、あるいは過去夢。
 加えて、今は調査中だ。見た夢の内容は今後の調査に深く関わってくる。麻衣には報告の義務がある。
 ナルに、説明しなければならない。
「――麻衣」
 言外に、話せ、と促される。
 話さなければならない、ああでも、けれど。

 ――麻衣。

 彼に、呼ばれた。……自分の名前。
 同じ遺伝子、同じ顔だけれど、ナルとは違う人。
 もう、この世のものではない人。

 のろのろと、口を開く。
「……ジーンに、会ったよ」