――夢を、見た。
二三度瞬きを繰り返して、麻衣は深く息を吐いた。
眼前に見えるのは、夜闇に覆われた見知らぬ天井。そろりと首を動かすと、隣に同じく布団に入った真砂子と綾子の姿が見えた。
静かな寝息が聞こえる。
麻衣は静かに起きあがると、腕時計を見やった。午前3時。
起きるには早すぎる時間だったが、とてもすぐに寝直せるとは思えなかった。
―――……!
怒り、悲しみ――憎悪。自分のものではない感情。
実際に現実としてこの耳で聞いたわけではないのに、今でも深く心の内にあの叫びが轟いている。
何度見ても、こういった夢は――つらく、かなしい。
そして。
また会えた、彼――同じ顔なのに、けれど全く違う、彼。
もう一つ息をついて、麻衣は立ち上がった。
「麻衣?」
かけられた声に振り返って、麻衣は目を瞠った。
「――ナル」
黒衣――といってもパジャマだったが――の美貌の青年がいつの間にか背後に立っていた。
「眠れないのか」
静かな問い。麻衣は慌てて首を振った。
「違うの。一回寝たんだけど、目が覚めちゃって。――それで、お茶入れてたの。ナルも飲む?」
「ああ」
理由がわかると、ナルはとたんに麻衣に興味をなくしたようだった。視線が麻衣から離れる。
「……もしかして、あたし、起こしちゃった?」
「そう」
彼の応えはそっけない。
「あっちゃー……ごめん、折角寝てたのに」
「別に」
「そお? ならいいけど」
コポコポ、と紅茶を注ぐ音がやけに大きく感じられた。夜だからか――それともナルと一緒にいるからなのか。
カップを手渡し、ナルが一口含み、麻衣が一口含むと、ふいに闇色の瞳が麻衣を見た。
「……“見た”のか」
麻衣の仕草が止まった。硬直している間も、ナルの視線は離れない。
おもむろにカップを置くと、麻衣は目を伏せた。
「――うん、見た、よ……」
答える声が掠れる。
麻衣が見た夢はただの夢ではない。ポスト・コグニション―――過去視、あるいは過去夢。
加えて、今は調査中だ。見た夢の内容は今後の調査に深く関わってくる。麻衣には報告の義務がある。
ナルに、説明しなければならない。
「――麻衣」
言外に、話せ、と促される。
話さなければならない、ああでも、けれど。
――麻衣。
彼に、呼ばれた。……自分の名前。
同じ遺伝子、同じ顔だけれど、ナルとは違う人。
もう、この世のものではない人。
のろのろと、口を開く。
「……ジーンに、会ったよ」
二三度瞬きを繰り返して、麻衣は深く息を吐いた。
眼前に見えるのは、夜闇に覆われた見知らぬ天井。そろりと首を動かすと、隣に同じく布団に入った真砂子と綾子の姿が見えた。
静かな寝息が聞こえる。
麻衣は静かに起きあがると、腕時計を見やった。午前3時。
起きるには早すぎる時間だったが、とてもすぐに寝直せるとは思えなかった。
―――……!
怒り、悲しみ――憎悪。自分のものではない感情。
実際に現実としてこの耳で聞いたわけではないのに、今でも深く心の内にあの叫びが轟いている。
何度見ても、こういった夢は――つらく、かなしい。
そして。
また会えた、彼――同じ顔なのに、けれど全く違う、彼。
もう一つ息をついて、麻衣は立ち上がった。
「麻衣?」
かけられた声に振り返って、麻衣は目を瞠った。
「――ナル」
黒衣――といってもパジャマだったが――の美貌の青年がいつの間にか背後に立っていた。
「眠れないのか」
静かな問い。麻衣は慌てて首を振った。
「違うの。一回寝たんだけど、目が覚めちゃって。――それで、お茶入れてたの。ナルも飲む?」
「ああ」
理由がわかると、ナルはとたんに麻衣に興味をなくしたようだった。視線が麻衣から離れる。
「……もしかして、あたし、起こしちゃった?」
「そう」
彼の応えはそっけない。
「あっちゃー……ごめん、折角寝てたのに」
「別に」
「そお? ならいいけど」
コポコポ、と紅茶を注ぐ音がやけに大きく感じられた。夜だからか――それともナルと一緒にいるからなのか。
カップを手渡し、ナルが一口含み、麻衣が一口含むと、ふいに闇色の瞳が麻衣を見た。
「……“見た”のか」
麻衣の仕草が止まった。硬直している間も、ナルの視線は離れない。
おもむろにカップを置くと、麻衣は目を伏せた。
「――うん、見た、よ……」
答える声が掠れる。
麻衣が見た夢はただの夢ではない。ポスト・コグニション―――過去視、あるいは過去夢。
加えて、今は調査中だ。見た夢の内容は今後の調査に深く関わってくる。麻衣には報告の義務がある。
ナルに、説明しなければならない。
「――麻衣」
言外に、話せ、と促される。
話さなければならない、ああでも、けれど。
――麻衣。
彼に、呼ばれた。……自分の名前。
同じ遺伝子、同じ顔だけれど、ナルとは違う人。
もう、この世のものではない人。
のろのろと、口を開く。
「……ジーンに、会ったよ」