徒然なるままに。

徒然に小話を載せたり載せなかったり。

hang up (電話を切る)

2006年04月21日 | 影の王国
「――うん、それじゃあ、おやすみ、月哉」
《おやすみ、瞳》
 ピッと子機のボタンを押して、電話を切る。
 切って、瞳はほう、と息をついて後ろのベッドによりかかった。
 子機を床に置いて、火照った顔に手を押しつける。
 部屋は特に寒いわけではないのに、自分の掌がひどく冷たく感じられた。
 それだけ、今の瞳の顔が熱い――もとい、赤いということなのだろう。
「ほんっとに……」
 小さく呟いて、また一つ息をつく。
「反則よね、あの声は」
 傍にいても胸の高鳴る美声だが、電話越しだとそれが耳元で聞こえるものだから、よけいに、くる。
 反則だ、あれは。

hand out ~ (~を配る)

2006年04月19日 | G.A.
 儀礼艦エルシオール、そのブリッジの司令官席で副官に見張られながら大人しく仕事をしていたタクトは、ちらりと時計に目をやった。
 ――標準時間で午後3時12分前。
 おやつの時間まで、あと12分。
 そう思っただけで急にお腹が減ってきた気がして苦笑したら、副官に不審げな顔をされたが怒られることはなかった。いい加減長いつきあいであるから、多分諦められているのだろう。楽でいいが。
 それにしても、と書きかけの文書をいったん保存して考える。
 あと12分。12分経てば3時。3時といえば、時空震≪クロノ・クウェイク≫以前の昔からおやつの時間だ。
 そして、このエルシオールでの3時のおやつといえば。
 ミルフィーユお手製のお菓子。
 これはかなり美味しい。初めて彼女の料理を食べた時、タクトは本気で感動したものだった。
 エンジェル隊のご飯係である彼女は、毎日のように何かしら料理だったりお菓子だったり作っている。
 今日は、きっとお菓子だ。
(……問題は)
 ちらりと副官を見やる。彼は彼で仕事をしている。
 問題はこの、たまりにたまった仕事の山が片づかない限り、相伴に預かりに行かせてくれないだろう、ということだった。

「おまたせしましたー! 今日はキャロットケーキでーす!」
「よっ、待ってました!」
 ケーキの載った大皿を持って部屋にはいると、エンジェル隊が既に揃っていた。
 後からついてきたヴァニラが、小分け用の皿とフォークを並べ始める。
「ありがとう、ヴァニラ」
「……いいえ」
 静かな応えと同時に、彼女の肩に止まったナノマシンペットのリスが嬉しそうに尻尾を振る。
 ミルフィーユはくすりと微笑むと、改めて集まったメンバーを見渡した。ミルフィーユを入れて6人、エンジェル隊のみ。
 しかしきっといるだろうと踏んでいた人の姿がない。
「あれ、タクトさんはいないんですか?」
「タクトならさっき、クールダラス副司令に捕まってたわよ」
「タクトさんのことですから、お仕事をためにためていらしたんでしょうね。今頃副司令に見張られてお仕事中ですわ」
「そっか~…」
 それなら仕方ない。
 上司であり、エンジェル隊の指揮官である彼は、本当に美味しそうにミルフィーユの作った料理を食べてくれる人だ。
 そして、ミルフィーユの周りで起こる強運に、笑ってつきあってくれる希有な人物でもあった。
「…………」
 キャロットケーキに、ナイフを入れる。7等分。うち6つがその場の全員の前に並ぶ。
「ミルフィー先輩、1個余ってますけど、それは?」
「ちとせ、野暮なことは聞くモンじゃないよ」
「や、野暮ですか?」
 ミルフィーユは余ったひと皿を、そっと遠ざけた。
 後で、仕事を頑張っているだろう彼に、持って行こう。

hand in ~ (~を提出する)

2006年04月17日 | スレイヤーズ
 最後の一文字を書き終えると、リナは羽根ペンを放り出して大きくのびをした。
 ずっと同じ姿勢でいたせいか、体中が固まってしまっている。肩もひどく凝ってしまった。手も疲れた。
 こういった作業は嫌いではないが、疲れることであるのは確かだし、そしてあまり健康的ではない。
 リナは魔道士協会の、いわゆる研究専門の魔道士達の見るからに体力不足な体つきを思い出して、自分で思っておきながら納得してしまった。
 何か一つの団体に所属する、ということは便利な面もあるが、時として果てしなく面倒くさい。
 リナは魔道士協会に所属する魔道士であり、結界内のどこにいてもリナの身分は魔道士協会が保証してくれる。これは旅する上でなくてはならないものだ。
 だが、それ故に生じる、報告義務――或いは、研究報告、というべきか。旅に出ている、いわゆる実践タイプの魔道士は、二三年に一度か二度あるかないかだが、報告書、或いは論文を作成して提出しなければならないのだ。これが面倒くさい。
 リナは大きく息をつくと、インク壺の蓋をきっちり閉めて立ち上がった。部屋を出て、これもまたしっかり鍵をかける。
 向かう先は、隣の部屋。
 報告書作成にかまけて、すっかり放っておいてしまった相棒が泊まる部屋。
 コンコン、とノックする。
「リナ?」
 すぐにドアは開いて、相棒が顔を覗かせる。リナを見ると、端正な顔が笑みに綻んだ。
「どうした、休憩か?」
「ううん、終わったわ」
「そうなのか」
 更に相棒の顔が笑み崩れる。よほど退屈していたらしい。悪かったかなと、ちょっとだけ――爪の先程に思う。
 中に入れてもらい、備え付けの椅子ではなくベッドにぽすんと座る。
「でね、ちょっとお願いがあるんだけど」
 リナの座った場所と、「お願い」という言葉に相棒はちょっとというかかなりナニカを期待した顔をした。
「うん?」
「肩揉んで♪」

hand A down (Aを伝える,残す)

2006年04月02日 | スレイヤーズ
 剣を、抜く。

 細身の刀身が現れる。なまくらでは決してないが、それ以上でもそれ以下でもない。
 ――この剣の価値は、刀身にはない。
 この刀身は、いわば紛い物。カムフラージュ、ともいう。
 けれどもそれでいて、必要不可欠なもの。
 ずっと、この刀身がこの剣にあればいい、とガウリイは思う。本来の使い方など、したいとは思わない。

 伝説の魔力剣、光の剣。

 そんなものくそくらえだ、と思う。何が伝説だ、何が家宝だ、と。
 思っていた。
 思っていたはずなのに――

「なんだかなあ……」

 呟いて、ガウリイは苦笑した。
 視線の先には、小柄な少女の姿。嬉々として盗賊たちをしばき倒している。
 彼女に会ってから、この光の剣は大いに役に立っている。
 通常の剣では倒せない相手――魔族たちが、リナ目当てにひょいひょい現れるからだった。
 まさか、この剣が役立つ日が来るとは思いもしなかったのだが。

「ガウリイー? ちょっと来てー」

 リナを護ることが出来るなら、それはそれでいいかもしれない、と思う今日この頃だった。


This sword has been handed down in my family for generations.