儀礼艦エルシオール、そのブリッジの司令官席で副官に見張られながら大人しく仕事をしていたタクトは、ちらりと時計に目をやった。
――標準時間で午後3時12分前。
おやつの時間まで、あと12分。
そう思っただけで急にお腹が減ってきた気がして苦笑したら、副官に不審げな顔をされたが怒られることはなかった。いい加減長いつきあいであるから、多分諦められているのだろう。楽でいいが。
それにしても、と書きかけの文書をいったん保存して考える。
あと12分。12分経てば3時。3時といえば、時空震≪クロノ・クウェイク≫以前の昔からおやつの時間だ。
そして、このエルシオールでの3時のおやつといえば。
ミルフィーユお手製のお菓子。
これはかなり美味しい。初めて彼女の料理を食べた時、タクトは本気で感動したものだった。
エンジェル隊のご飯係である彼女は、毎日のように何かしら料理だったりお菓子だったり作っている。
今日は、きっとお菓子だ。
(……問題は)
ちらりと副官を見やる。彼は彼で仕事をしている。
問題はこの、たまりにたまった仕事の山が片づかない限り、相伴に預かりに行かせてくれないだろう、ということだった。
「おまたせしましたー! 今日はキャロットケーキでーす!」
「よっ、待ってました!」
ケーキの載った大皿を持って部屋にはいると、エンジェル隊が既に揃っていた。
後からついてきたヴァニラが、小分け用の皿とフォークを並べ始める。
「ありがとう、ヴァニラ」
「……いいえ」
静かな応えと同時に、彼女の肩に止まったナノマシンペットのリスが嬉しそうに尻尾を振る。
ミルフィーユはくすりと微笑むと、改めて集まったメンバーを見渡した。ミルフィーユを入れて6人、エンジェル隊のみ。
しかしきっといるだろうと踏んでいた人の姿がない。
「あれ、タクトさんはいないんですか?」
「タクトならさっき、クールダラス副司令に捕まってたわよ」
「タクトさんのことですから、お仕事をためにためていらしたんでしょうね。今頃副司令に見張られてお仕事中ですわ」
「そっか~…」
それなら仕方ない。
上司であり、エンジェル隊の指揮官である彼は、本当に美味しそうにミルフィーユの作った料理を食べてくれる人だ。
そして、ミルフィーユの周りで起こる強運に、笑ってつきあってくれる希有な人物でもあった。
「…………」
キャロットケーキに、ナイフを入れる。7等分。うち6つがその場の全員の前に並ぶ。
「ミルフィー先輩、1個余ってますけど、それは?」
「ちとせ、野暮なことは聞くモンじゃないよ」
「や、野暮ですか?」
ミルフィーユは余ったひと皿を、そっと遠ざけた。
後で、仕事を頑張っているだろう彼に、持って行こう。