コルデア王国が王都、カルリシャに金管楽器の音が高らかに鳴り響いている。
見送る人々の歓声までが、オルフィーナの私室にまで届く。
オルフィーナは私室のベッドの上で、抱えた一角狼(クルフィア)のメイフィをぎゅっと強く抱きしめた。
ぎゅっと目を閉じて、必死で呼吸を整える。
今にも泣きわめきたい気持ちを、必死で押し込んで、代わりの笑顔をつくりだせるように。
行ってしまう―――愛しい彼が、遠い東の地へ、行ってしまう。
「姫様」
傍に控えていた侍女が、躊躇いがちに声をかける。
「そろそろ………お時間です」
ああ。
オルフィーナは深く息をつく。くうん、と哀しげに鳴いたメイフィに顔をすり寄せた。
「……姫様」
抱えたメイフィをベッドの上におろし、立ち上がる。
「ええ、ルシェーラ。……今行きます」
東の蛮族の討伐。
もう何十回目かになる遠征の将は、オルフィーナの恋人、親衛隊隊長シェタッフガルトだった。
二人の仲自体は、オルフィーナの父親、ヨグフ王も認めてはいた。
だがオルフィーナはシェタッフガルトに恋する一人の娘であると同時に、大国コルデアのたった一人の王女だった。
オルフィーナの伴侶となるということは、それは取りも直さずコルデアの未来の国王になる、ということ。
一軍をまとめ上げる力もなくば、王にはなれない―――王になる素質を、証明しなくてはならない。
だからシェタッフガルトは、東の地に赴くのだ。
――すべてはただ、オルフィーナのために。
わかっている。
わかっている……けれど。
遠征軍は既に隊列を組み、整然と並んでいた。
その一番前、頂点に、馬に跨ったシェタッフガルトの姿があった。腰には、昨日オルフィーナが彼に贈った一振りの剣。
オルフィーナは、父と母、王と王妃の二人の間に立って、彼の姿を見つめた。
(大きな目的を持ちここを発つ貴方を引き留めることなど、私(わたくし)にはできません―――)
昨日、確かに彼に言った言葉を胸の内で反芻する。
その言葉に偽りはない。
辛いけれど―――それでも。
シェタッフガルトが三人に近づく。
まず父ヨグフ王が声をかけ、次に母ユメネア王妃が声をかけて、促すようにオルフィーナの肩に手を回す。
視線が、合った。
「ご武運を…………シェール」
シェタッフガルトの手がオルフィーナの頬に触れる。優しく撫でて、彼は力強く肯いた。
金管楽器がいっそう高らかに鳴り響く。
出発だ。
「………行ってくる」
無骨なやさしい手が、離れた。
―――それが、オルフィーナの見た、最後の彼の姿だった。
グランザの兵士から奪い取った剣を、手錠に繋がれた不自由な手でそれでも無我夢中で振るう。
視界の片隅には、いつの間にか来ていたサルエリと彼に庇われたエルネラの姿。
オルフィーナはザクリ、と長い三つ編みを斬る。
「エルネラ」
呼ばれた彼女がオルフィーナを振り仰ぐ。オルフィーナは斬った三つ編みを放り投げた。
「それを……、シェールに……!」
金色が宙を舞う。エルネラが手を伸ばして、
衝撃が、オルフィーナを襲った。
(シェール……)
いとしいあなた、シェタッフガルト―――シェール。
(シェール……!)
ごめんなさい、けれどもこのコルデアにオルフィーナはただ一人、一人居ればいいの。
ごめんなさいファーナ、どうか逃げて、生き延びて―――オルフィーナの名を懐(いだ)いて、どうか、この国を。
(もう一度……あなたに―――)
ズブリ、と腹に生えた槍が引き抜かれ、オルフィーナは崩れ落ちる。
処刑台の周りに集まっていたコルデアの民の怒号が、悲鳴がいっそう湧き上がる。
「いやああああ! 姫様!」
エルネラ。エルネラの悲痛な叫びが聞こえる。
どうかエルネラ、あの人が傷つかないよう私のことを伝えて―――…
ああ、シェール。遠い東の地の、あなた。
周囲の喚声が遠くなる。エルネラの泣き声も、サルエリの宥める声も。
オルフィーナは静かに、目蓋を閉じた。
見送る人々の歓声までが、オルフィーナの私室にまで届く。
オルフィーナは私室のベッドの上で、抱えた一角狼(クルフィア)のメイフィをぎゅっと強く抱きしめた。
ぎゅっと目を閉じて、必死で呼吸を整える。
今にも泣きわめきたい気持ちを、必死で押し込んで、代わりの笑顔をつくりだせるように。
行ってしまう―――愛しい彼が、遠い東の地へ、行ってしまう。
「姫様」
傍に控えていた侍女が、躊躇いがちに声をかける。
「そろそろ………お時間です」
ああ。
オルフィーナは深く息をつく。くうん、と哀しげに鳴いたメイフィに顔をすり寄せた。
「……姫様」
抱えたメイフィをベッドの上におろし、立ち上がる。
「ええ、ルシェーラ。……今行きます」
東の蛮族の討伐。
もう何十回目かになる遠征の将は、オルフィーナの恋人、親衛隊隊長シェタッフガルトだった。
二人の仲自体は、オルフィーナの父親、ヨグフ王も認めてはいた。
だがオルフィーナはシェタッフガルトに恋する一人の娘であると同時に、大国コルデアのたった一人の王女だった。
オルフィーナの伴侶となるということは、それは取りも直さずコルデアの未来の国王になる、ということ。
一軍をまとめ上げる力もなくば、王にはなれない―――王になる素質を、証明しなくてはならない。
だからシェタッフガルトは、東の地に赴くのだ。
――すべてはただ、オルフィーナのために。
わかっている。
わかっている……けれど。
遠征軍は既に隊列を組み、整然と並んでいた。
その一番前、頂点に、馬に跨ったシェタッフガルトの姿があった。腰には、昨日オルフィーナが彼に贈った一振りの剣。
オルフィーナは、父と母、王と王妃の二人の間に立って、彼の姿を見つめた。
(大きな目的を持ちここを発つ貴方を引き留めることなど、私(わたくし)にはできません―――)
昨日、確かに彼に言った言葉を胸の内で反芻する。
その言葉に偽りはない。
辛いけれど―――それでも。
シェタッフガルトが三人に近づく。
まず父ヨグフ王が声をかけ、次に母ユメネア王妃が声をかけて、促すようにオルフィーナの肩に手を回す。
視線が、合った。
「ご武運を…………シェール」
シェタッフガルトの手がオルフィーナの頬に触れる。優しく撫でて、彼は力強く肯いた。
金管楽器がいっそう高らかに鳴り響く。
出発だ。
「………行ってくる」
無骨なやさしい手が、離れた。
―――それが、オルフィーナの見た、最後の彼の姿だった。
グランザの兵士から奪い取った剣を、手錠に繋がれた不自由な手でそれでも無我夢中で振るう。
視界の片隅には、いつの間にか来ていたサルエリと彼に庇われたエルネラの姿。
オルフィーナはザクリ、と長い三つ編みを斬る。
「エルネラ」
呼ばれた彼女がオルフィーナを振り仰ぐ。オルフィーナは斬った三つ編みを放り投げた。
「それを……、シェールに……!」
金色が宙を舞う。エルネラが手を伸ばして、
衝撃が、オルフィーナを襲った。
(シェール……)
いとしいあなた、シェタッフガルト―――シェール。
(シェール……!)
ごめんなさい、けれどもこのコルデアにオルフィーナはただ一人、一人居ればいいの。
ごめんなさいファーナ、どうか逃げて、生き延びて―――オルフィーナの名を懐(いだ)いて、どうか、この国を。
(もう一度……あなたに―――)
ズブリ、と腹に生えた槍が引き抜かれ、オルフィーナは崩れ落ちる。
処刑台の周りに集まっていたコルデアの民の怒号が、悲鳴がいっそう湧き上がる。
「いやああああ! 姫様!」
エルネラ。エルネラの悲痛な叫びが聞こえる。
どうかエルネラ、あの人が傷つかないよう私のことを伝えて―――…
ああ、シェール。遠い東の地の、あなた。
周囲の喚声が遠くなる。エルネラの泣き声も、サルエリの宥める声も。
オルフィーナは静かに、目蓋を閉じた。
シェタッフガルト×オルフィーナ(本物)@オルフィーナ/天王寺きつね