徒然なるままに。

徒然に小話を載せたり載せなかったり。

散髪

2007年09月06日 | 金色のコルダ
「……よければ、土曜日――明日、一緒に練習しないか」

 帰り道、いつもの交差点。
 分かれ道であるそこまであともう少しというところで、月森が言った。

「うん、月森くんがいいなら、もちろん!
 『五度』のね、月森くんが言ってたハーモニクスが、やっぱりどうも上手くいかなくて……。よかったら、もう一度教えてくれる?」
「ああ、わかった」

 放課後2人で練習したのは、ハイドン作曲の「管弦四重奏曲『五度』第4楽章」。
 文化祭のコンサートで演奏しようと思っている曲の一つだ。
 ハーモニクスとは、通常の奏法よりも弦上に指を軽く触れさせて出す音である。
 春の校内コンクールからヴァイオリンを始めた香穂子は、表現力はあるものの、運指などの基礎的な技術がまだ追いつけていない。
 そのため、香穂子は同じヴァイオリンである月森によく教えを請うていた。
 音楽科の教師に聞いても良いのだが、アンサンブルに同じ楽器がいるのだから、練習しながら教えて貰えれば一石二鳥だ。それに、月森のヴァイオリンの技量は並大抵のものではない。師事を仰ぐにはぴったりの相手だった。
 ……もちろん、それだけが理由ではないのだが。

「月森くんに注意されたあと、一人で練習したんだけど……上手くいかないんだよねえ。
 こればっかりは地道な練習あるのみだっていうのは、判るんだけど………あ」
「どうした、日野?」

 思わず立ち止まって、香穂子は視線を彷徨わせた。

「………、ええと。ごめん、なんでもないの」
「そうは思えないが……何か気にかかることがあるなら、言って欲しい」

 真摯な表情の月森に、香穂子は困って眉根を寄せた。
 先ほど約束をしたばかりの土曜日に、用事があったことを思い出したのだ。だが別にその日でなくても構わない用事で、それを何やら心配してくれている月森に言うのは躊躇われた。

「……日野」
「ええと、あのね? ……その、美容院に行ってこようかなって、思ってたの、思い出して。
 別に、土曜日じゃなくてもいいから、いいんだけど」
「美容院に?」
「うん、そう。ちょっと、髪切ってこようかなーって」

 言うと、月森がそれは珍妙な顔をして、香穂子の長い髪を見つめた。

「…………切るのか?」
「切るって言っても、3センチくらいだよ。そんな、ばっさりとは切らないよ」
「……そうか」

 あからさまにほっとした表情で息をついた月森に、思わず笑みがこぼれる。
 ちょっと、嬉しい。

「そういえば、月森くんって、髪はどうしてるの?」
「どう、とは?」
「うーんと、例えば、美容院とか、床屋さんに行って切って貰ってる、とか」

 ああ、と合点がいったように頷く月森の横で、香穂子は遠い目をした。

「………自分で言ってなんだけど、床屋に行く月森くんって想像できない……」

 思わず呟くと、月森が微かに笑った。

「確かに、俺は床屋には行かない。……髪は、祖母に切って貰っている」
「へえ、そうなんだ」
「ああ。少し伸びたな、と思った頃に、声をかけてくれるから」
「そっかあ、いいねえ」
「ところで」
「ん?」
「その……どうするんだ? 俺は、別に構わないのだが」

 月森は、優しい。
 周囲からは色々と思われている彼だけれど、それは自分の不器用さを、傷つかないために、彼が貼り付けた盾で。

「ええとね。……じゃあ、美容院には午前中に行くから、午後からでもいいかなあ?」
「ああ、わかった」

 ……ほんとうは、人を気づかうことのできる、優しい人だ。
 そして。


 たどり着いた、交差点。

「それじゃあ、また明日ね、月森くん」
「ああ、また明日。……少し髪の短くなった君を、楽しみにしている」

 ……自分の気持ちを、まっすぐストレートに、言葉にする人だ。
 嬉しくて気恥ずかしくて、香穂子は顔を赤くして手をふった。






山なし落ちなし意味なーし。
書きたかっただけ!(爆)
お互いに片思いな2人。


月森→←日野@金色のコルダ2