徒然なるままに。

徒然に小話を載せたり載せなかったり。

御曹司の憂鬱

2009年07月18日 | 少年陰陽師
 某月某日。藤原家の長男、藤原頼通(18)の機嫌は大変悪かった。
「頼通。そんな顔をしていると、そのうち眉間の皺がとれなくなってしまうわ」
 向かいで紅茶を飲む5つ上の姉が心配そうに言うのを、彼はむっすりとした表情のままクッキーを口に放り込んだ。
「……お父さんは、なんて?」
 先ほど父に呼ばれていたのも知っているらしい。
 もぐもぐとクッキーを飲み込んで、紅茶で流した。
「見合いしろって」
「え」
 姉の瞳がまんまるになった。21になった姉は相変わらず美人だ。
「だから。俺に見合いの話が来ているから、会ってこいって」
「……まあ」
 藤原家は、簡単に言ってしまえば金持ちだ。父は藤原グループのトップにいるし、彼はその跡取り。
 その見合いをする本人がまだ高校生である事実をさっ引いても、見合いの話があってもおかしくはない家柄である。
「……今、うちってそういえばお金持ちだったのね、て再認識してしまったわ」
「………姉さん」
 それもどうなんだろうか。
「だって、今までお見合いの話だなんてなかったじゃない」
「それはまあ確かに」
 おそらくというか確実に、見合い話が確実に実行される話として子供に来たのは初めてだ。年齢順として順当にいけば、彼よりも3つ年上の長女・彰子にも見合い話が来ていてもおかしくはないにもかかわらず。
 しかし。
「父さんが姉さんに見合い話を持ってくるわけがないじゃない」
「あら、どうして?」
「だって姉さん、見合いしたって、それがどんなにいい人でも断るでしょ。断るのが分かり切ってるのに、見合い話を姉さんに持って行くほど父さんも暇じゃないよ」
 だから、今回彼のところに見合い話が来たのが「初めて」、なのだ。
「……………………それは、まぁ、そうなのだけど……」
 白い頬を染めて、姉はなにやら紅茶をぐるぐるとかき混ぜ始めた。
 その姿を見つめながら、彼は一つ息をついた。
 そう。
 例え姉が、見合いをしたとしても―――その話を受けるはずがないのだ。
 姉には昔から、そう、それこそ生まれた頃から、正式ではないものの、両家公認というか暗黙の事実というか、そんな許嫁同然の、相思相愛の幼馴染みがいるのだ。
 自他共に認めるシスコンの彼にとっては忌々しい限りではあるけれども。
 そもそもが、父は姉の幼馴染みを―――安倍昌浩を、とっても、それはもの凄く気に入っているのだ。父の頭の中には、そもそも姉に見合いを持って行くことそのこと自体がないに違いない。姉は、そのうち安倍家に嫁いでいくものと―――
(………やめよう。)
 眉間に更に皺が寄ったのを自覚して、彼は己の思考をストップさせた。
「そういえば、その、見合いのお相手の話は聞いたの?」
「え? ああ……聞いたよ。確か、高倉の長女って」
「高倉? じゃあ、隆子さんね」
「……知ってるの?」
「ええ。気だての良いお嬢さんよ。確かあなたより2つ下だったはずだけれど」
(高1か……)
 彼が今高3だから、そういうことになる。
 良いところの家柄に生まれた宿命とはいえ、見合い。まだ高校生だというのに、見合い。
 確かに今、とりたて付き合っている彼女がいるわけでもないのだが―――
(見合いか…)
 どうしてこの言葉は、こんなにも気分を落ち込ませる効果があるのだろうかと、もう一つ頼通は息をついた。

 ちなみに。
 後日行われた見合いの席で逢った高倉隆子と、彼が後々本当に結婚することになるとは―――今は誰も思いもしない。




現代パラレル。


head for ~ (~へ向かう)

2006年07月08日 | 少年陰陽師
 階(きざはし)から雨に濡れた地面に降り立って、昌浩は青色が見え始めた空を見上げた。
 門前では、晴明と神将たちが昌浩を待っている。

 身体の脇に力なく下ろした両の拳を、ぎゅっと握る。
 つい先程、彼女を――彰子を、引き寄せ、抱きしめたこの手。
 もう二度と、彼女に触れることはないだろうけれど。
 『護る』と、誓ったけれど。
 それでも、今は、行かなくてはならない。

 ――出雲へ。

have A in mind (Aのことを考えている)

2006年05月10日 | 少年陰陽師
 夜警から帰ると、部屋の妻戸の前に彰子がちょこんと座っていた。
「あ。昌浩、お帰りなさい」
「ただいま、彰子」
 気づいた彰子がにっこりと微笑う。昌浩もつられて微笑い返す。
 いやいやいや。
「……じゃなくて、こんな夜にこんなところで何やってるの、駄目じゃないか寒いんだから風邪引いたらどうするんだ」
 思わず説教モード。
 しかし彰子は更ににっこりと笑った。
「昌浩のこと考えていたのよ」
 昌浩はその場に撃沈した。


"What are you doing here?"
"I have you in mind"

get mixed up (頭が混乱する)

2006年01月07日 | 少年陰陽師
「…………………」

 問題をじっと見つめる。
 更に見つめる。わからない。
 教科書に目をやって、読む。問題集に戻る。やっぱりわからない。
 直線Pと直線Tがこうだからああで、それで――

「彰子、どうした? 眉間に皺が出来てるよ」

 声をかけられて、彰子ははっとなって顔を上げた。
 テーブルの向かいの昌浩がこちらを見ている。

「うん、ちょっと、図形問題がわからなくて……」
「図形? どれどれ……、ああ、これは俺も最初判らなかったなー」
「頭こんがらがっちゃって……もう、ねじれとかわかんない」

 男は空間を把握するのが得意なのだという。
 ならば女の自分に判るわけがない、と彰子は思うのだが、結局は言い訳にすぎない。
 昌浩が説明し始めたので、大人しく聞くことにした。



すいません、ねじれとかがわかんないのは未森です(爆)

get by (何とかやっていく)

2005年12月02日 | 少年陰陽師
 彰子は昌浩の部屋に入ると、大きく息をついて座った。
 安倍邸に居候を始めて早数ヶ月、彰子は今までとは180度違った生活をしている。
 藤原道長の一の姫、ゆくゆくは帝の后がねにと、蝶よ花よと生活していた頃は――それはたった数ヶ月前までの事なのだけれど――もちろん朝餉昼餉夕餉の支度などしなかったし、掃除も洗濯もしなかった。
 居候の身ではあたり前の事だし、体を動かす事は思ったより苦ではなかった。
 むしろ今までのように人を使う立場にいるよりも、こうやって働いている方が性に合っている気もしている。
 だから今の生活はとても楽しい。安倍邸の人々は皆彰子に良くしてくれるし、それに何より昌浩が傍にいてくれるのは大きい。
 それはいいのだが、家の仕事をすると言う事がこんなにも大変だとは思わなかった、と彰子はもうひとつ息をつく。女房がいない安倍邸の家の仕事は全て昌浩の母の露樹が行っていたという。すごい、と彰子は思う。彰子は未だに一人では食事の支度もままならないというのに。
 頑張らなくては、と思う。
 多分彰子はずっと、この安倍邸にいる事になるのだろうから。
 もう、東三条殿には――藤原道長の一の姫には、戻れないのだから。

 彰子はもうひとつ息をついて立ち上がると、部屋の隅に隠されていた傷ついた衣装を引っ張り出した。
 昌浩が夜警のたびに破れたりした狩衣や袴たち。
 これらを隠した当の本人――隠されていたとはいえ彰子は簡単に見つけてしまったが――の昌浩は今、宮中に出仕していていない。
 安倍邸での生活は大変だけれど楽しい。
 今までの生活は失ったけれども、彰子は自分が幸せだと思う。
 昌浩は今頃陰陽寮で直丁として働いているのだろうと思いながら、彰子は針を手に取った。