徒然なるままに。

徒然に小話を載せたり載せなかったり。

hold up ~ (~を遅らせる)

2006年08月18日 | ゴーストハント
 カランコロン、と軽やかな音をたててドアを開けると、応接用のソファに座って読書中の人物と目があった。
「あ。ナル――」
「遅い」
「~~~っ、すみませんねえっ!」
 酌量の余地もない一言に、予想はまあ、していたんだけれど、思わず声を張り上げる。
「誠意を感じられませんね、バイトの谷山さん?」
「人身事故があって、電車が遅れたの!」
 投げやりにそう言って、麻衣は眉根をよせた。いくら厚顔不遜でナルシストで冷酷無情な奴だとは思っても、相手は上司で雇い主である。神妙に続ける。
「――遅れてすみませんでした、所長。……ナル?」
 いつもの場所に荷物を置いて振り返る。本から顔を上げた彼と再び目が合った。
「人身事故?」
「え。あ、うん。その場に居合わせた訳じゃないけど」
「――そう」
 呟いて、ナルは本を片手に立ち上がる。
「ナル?」
「麻衣」
「うん?」
「――お茶」
「はーい」

go with~ (~と調和する)

2006年03月31日 | ゴーストハント
 渋谷サイキックリサーチ、通称SPR所長の日本名渋谷一也、本名オリヴァー・デイヴィスことナルといえば、真っ先に思い浮かぶのは黒、だ。
 春だろうが秋だろうが冬だろうが、過ごしにくいことで評判の真夏の真昼でも、上から下まで黒一色。見てるこっちが暑苦しくて仕方がない。
 黒以外の服を着たナルを見たことなんて、片手にも満たない。PKを使って入院したときと、美山邸のときのパジャマと、ナルがあたしの手に『落として』いった写真の中の、ナル。
 以前は、どうして黒い服ばかり着てるんだろうって、不思議だったけど。
 今は、その理由を知っている。
 ナルが直接、そう言ったわけではないけれど。

 喪服、なのだ。
 双子の片割れ、ジーンへの。

 カチャリ、と所長室のドアが開いて、その当の本人が顔を出した。
「麻衣。お茶」
「はーい」
 言うだけ言って、奴は再び部屋に籠もってしまった。
 高価いお茶っぱで淹れても美味しく淹れても「美味しい」の一言も言わない、本当にお茶の淹れ甲斐のない奴だけど、無反応でも最初の頃よりはマシな反応だから、あたしは美味しく紅茶を淹れる。ついでに自分の分も淹れちゃおうっと。

 オフィスの給湯室は、今ではあたしの第二の城だ。お茶くみはあたしの仕事の一つだから、当然とも言える。
 ゴールデンタイムで美味しい紅茶を淹れながら、さきほどのナルの姿を思い出す。
 今日もナルは上から下まで黒一色。
 でも、写真を見る限りでは、前は黒一色って訳でもなかったんだろうな。
 そういえば、男の子って服はどうしてるんだろう。自分で選ぶのかな。でもナルがお店で自分で着る服を選んでるところって………ちょっと、想像がつかない。色は基本的に、あまり派手じゃなくて着れさえすればなんでもいいってタイプだと思うけど。
 お母さんが、買ってきてくれるのかな。一度だけ見た――というか会った、ナルのお養母さん。優しそうな人だった。それが一番ありえそうだ。ジーンと一緒に、二人仲良くナルの服を見繕って来て、それでナルは文句を言えなくて。

 ――ジーン。

 ごく当たり前に、彼の存在が思考に入り込んできている。そのことに気がついて、あたしは緩みかけていた頬が強張るのを感じた。
 夢でしか会ったことのない、現実では決して会うことのない、もういない人なのに。
 どうして当たり前のように、こんな風に思えるんだろう。
 切なさがこみ上げてきて、目を閉じた。

go into ~ (~を説明する)

2006年03月04日 | ゴーストハント
 ――夢を、見た。


 二三度瞬きを繰り返して、麻衣は深く息を吐いた。
 眼前に見えるのは、夜闇に覆われた見知らぬ天井。そろりと首を動かすと、隣に同じく布団に入った真砂子と綾子の姿が見えた。
 静かな寝息が聞こえる。
 麻衣は静かに起きあがると、腕時計を見やった。午前3時。
 起きるには早すぎる時間だったが、とてもすぐに寝直せるとは思えなかった。

 ―――……!

 怒り、悲しみ――憎悪。自分のものではない感情。
 実際に現実としてこの耳で聞いたわけではないのに、今でも深く心の内にあの叫びが轟いている。
 何度見ても、こういった夢は――つらく、かなしい。
 そして。
 また会えた、彼――同じ顔なのに、けれど全く違う、彼。
 もう一つ息をついて、麻衣は立ち上がった。




「麻衣?」
 かけられた声に振り返って、麻衣は目を瞠った。
「――ナル」
 黒衣――といってもパジャマだったが――の美貌の青年がいつの間にか背後に立っていた。
「眠れないのか」
 静かな問い。麻衣は慌てて首を振った。
「違うの。一回寝たんだけど、目が覚めちゃって。――それで、お茶入れてたの。ナルも飲む?」
「ああ」
 理由がわかると、ナルはとたんに麻衣に興味をなくしたようだった。視線が麻衣から離れる。
「……もしかして、あたし、起こしちゃった?」
「そう」
 彼の応えはそっけない。
「あっちゃー……ごめん、折角寝てたのに」
「別に」
「そお? ならいいけど」
 コポコポ、と紅茶を注ぐ音がやけに大きく感じられた。夜だからか――それともナルと一緒にいるからなのか。
 カップを手渡し、ナルが一口含み、麻衣が一口含むと、ふいに闇色の瞳が麻衣を見た。
「……“見た”のか」
 麻衣の仕草が止まった。硬直している間も、ナルの視線は離れない。
 おもむろにカップを置くと、麻衣は目を伏せた。
「――うん、見た、よ……」
 答える声が掠れる。
 麻衣が見た夢はただの夢ではない。ポスト・コグニション―――過去視、あるいは過去夢。
 加えて、今は調査中だ。見た夢の内容は今後の調査に深く関わってくる。麻衣には報告の義務がある。
 ナルに、説明しなければならない。
「――麻衣」
 言外に、話せ、と促される。
 話さなければならない、ああでも、けれど。

 ――麻衣。

 彼に、呼ばれた。……自分の名前。
 同じ遺伝子、同じ顔だけれど、ナルとは違う人。
 もう、この世のものではない人。

 のろのろと、口を開く。
「……ジーンに、会ったよ」

glance at ~ (~をちらりと見る)

2006年02月25日 | ゴーストハント
「…………」
 視線をモニターからちらりと移して見たものの有様に、麻衣はそちらに視線を向けたことを酷く後悔した。

 怖い。めっちゃ怖い。
 真っ黒な不機嫌オーラが今にも見えてきそうな勢いだ。
 しかも霊が出ているわけでもないのに、心なしか寒い。絶対に気温が下がっている。
 いつもは何の感情も移さない秀麗な顔が、今は唇に薄く笑みを貼り付けている――ただし、口元だけ。目は勿論笑っていない。
 それが、余計に……怖い。

 麻衣はさりげなく、本当にさりげなく、彼――ナルから一歩ずつ遠ざかった。
 触らぬ神ならぬ、触らぬナルに祟り無し。
 よほど先程の霊の態度が気にくわなかったらしい。ナルのプライドは富士山よりもエベレストよりも高い。

――なんで今ここ(ベース)には他に誰もいないんだっっ!

 心内で叫んでも、今は出払ってしまっているイレギュラーズが戻ってくる気配はない。
 普段機材の前に陣取っているリンは仮眠中だ。

 誰か、来てくれないかなあ……

 二人っきりなのは嬉しいけれど、でもこんな二人っきりは遠慮願いたい。
 ナルとは反対の方向に顔を向けて、麻衣は遠い目をしてみた。