徒然なるままに。

徒然に小話を載せたり載せなかったり。

感傷的なワルツ

2007年09月14日 | 金色のコルダ
 本日は晴天、実に良い天気。ヴァイオリンがよく響きそう。
 今日はどこがいいかな。
 屋上、正門前、それとも森の広場?

 HRが終わってすぐに、鞄とヴァイオリンケースを手にする。

「香穂ちゃん、今日もヴァイオリン?」

 近くの席の友達が、目敏く聞いてくる。

「うん、良い天気だしね」
「でも、日差し強そうだよ~。日焼け止め、ちゃんと塗らないと後悔するよ!」

 う。それを言われると、ちょっと辛い。
 夏休みが終わって、始まった2学期。
 それなりに高校生らしく遊んだ夏休みだったけれど、ヴァイオリンは毎日欠かさず弾いていた。
 休みの間、学校だったり、近くの公園だったり、臨海公園だったり、森林公園だったり、場所は色々だったけれど。
 学校の練習室以外でも、そんな色んな屋外で弾いていたから、今年の私は結構日焼けしている。もちろん、ちゃんと日焼け対策はしてたけれど。

 ほんとうに、音楽家が併設されている学校の普通科に通っている、ただそれだけの、普通の女の子だった私。
 それがこの春、大きく変わってしまった。
 音楽の妖精、ファータを見てしまったから。
 少しもこれっぽっちも、触ったことも弾いたこともないヴァイオリンを渡されて、校内コンクールというある意味『戦場』に、私は放り出されてしまった。
 渡されたのは、『誰でも弾きこなせる』『画期的な』魔法のヴァイオリン。
 更にファータたちは、技術の足りない私に、色々なアイテムをくれた。つまりはドーピング。
 私は、まるきりのど素人。ヴァイオリン初心者。だからハンデが必要。
 ――ほんとうに?

 ……冗談じゃない、それが最初の感想だった。

 だって、ヴァイオリンは難しい。
 ピアノだって、チェロだって、トランペットだって、フルートだって、クラリネットだって、みんなそう。
 楽器を弾きこなすには、それなりの努力と、年月が必要なんだ。
 そうしてはじめて、『演奏』は得られる。
 ど素人だって、初心者だって、それくらいわかる。
 そして、私以外のコンクール参加者は、それなりの努力と、年月を積み重ねてきた人たちなんだ。

 それなのに、魔法のかかった、ドーピングした、ヴァイオリンを弾く私が同じステージで演奏する。
 これほど、彼らに失礼なことはない。

 だから嫌だと、そう言ったけれど。
 ……結局、コンクールに参加することになってしまって。
 ならば、と私は腹を括った。
 魔法のヴァイオリンを使うことも、ドーピングすることも、罪悪感はあるけれどコンクールで演奏するためにはそうするしかない。
 だからその代わりに、一生懸命練習しよう。
 魔法がかかっているけれど、ドーピングしているけれど、それでも私自身は賢明に練習したんだと言えるようにしよう。
 セレクションは計4回、これを頑張って乗り切って、終わらせよう。

 そう思ったけれど。

 コンクールが終わっても、私はヴァイオリンを終わらせることはできなかった。
 もう、音楽を手放すことはできない。
 音楽を、ヴァイオリンを――私は、こんなにも好きになっていた。


 HRが終わって人でごった返す廊下をぬけ、エントランスへ向かう。
 今日は練習室の予約を取っていないから、必然的に練習は屋外で、ということになるのだけど。
 どうしようかな。
 一応屋内の練習場所には音楽室や講堂というテもあるのだけど、やっぱり日陰のある森の広場がいいかな。音楽室はオケ部がいるし。
 エントランスを抜けて、外に出る。
 うん、森の広場に行こう。

 足を踏み出しかけて、止める。音楽科校舎、桜館を振り返った。

「日野? どーしたんだ、そんなところに突っ立って」
「うん、ちょっと……」

 これから部活のクラスメイトが、不思議そうに通り過ぎていく。
 構わずに私は桜館を――正確にはその桜館の一番上、屋上を睨む。

 音が、する。
 孤高で、研ぎ澄まされた、遥か高みを目指す音。

 ――行き先変更。
 私は一直線、桜館を目指した。



 桜館の階段を駆け上がって、屋上の扉の前で、深呼吸。息を整える。
 ノブを手にかけ少しだけ、ほんの少しだけ、音を立てないように開ける。
 それだけで圧倒的な音が流れ込んでくる。その音と、少し開けた隙間から、その音の発生源を探る。ここから見える範囲には、いない。
 もう少しだけ開けてみる。いない。
 慎重に屋上へ踏み出して、ドアを閉める。
 上を仰ぐ。
 音は上から響いている。そっと伺って、私は屋上の2階(という表現も変だけれど)で陰になっている場所を探して、座り込んだ。

 ヴァイオリンの旋律が、大空に吸い込まれていく。
 私の好きな音。
 彼の、ヴァイオリンの音。

 コンクールが終わっても、私はヴァイオリンを弾いている。
 まだ、明確な目標とか、そういったものがあるわけじゃない。
 将来はヴァイオリンで食べていけたらとか、付属の音大に行きたいとか、そういうのも全然考えていない。
 今はただ、ヴァイオリンを弾いていたい。だから弾いている。
 気に入った曲を練習している。
 気楽だけど、でもさしたる目標のない練習は実はちょっとだけ、つらい。
 だから彼が屋外で練習している音が聞こえたときは、なるべく聞きに来ることにしている。

 彼のヴァイオリンは、私の憧れであり、理想であり、目標だから。

 あんな風になりたい。彼のように、ヴァイオリンを弾きこなしたい。少しでも彼に近づきたい。
 だからこうして、彼の音をこっそりと聞きに来る。
 自分の目指すものを、確認するために。

 切ないメロディ。
 悲しみに身を切られるような、そんな「感傷的なワルツ」。
 彼の好きだという曲。
 そういえばコンクールの時に、「『感傷的なワルツ』位は弾けないと話にならない」と言われて、それでムキになって練習したんだっけ。
 それで私の「感傷的なワルツ」を聞いた彼が、驚いた顔をしていたのを覚えている。
 「君の解釈も悪くない」、そう言って、微かに笑ってくれたのも。

 ……久しぶりに「感傷的なワルツ」、弾こうかな。
 彼の音の補給も済ませたし、森の広場で練習しよう。
 私は立ち上がって、ドアに向かう。
 ドアノブに手をかけたところで、ふいに、音がとぎれた。

 ――え?

 思わず上を振り仰ぐ。
 コツコツと足音がして、私の顔に影が差した。

「――――、日野?」
「月森、くん」

 下をのぞき込んだ彼が私を見つけて軽く目を見張った。

「ええと。どうしたの?」
「その、人の気配を感じたような気がして――、君だったのか」

 人の気配を感じたくらいで、彼が演奏を止めるなんて。
 邪魔にならないように気をつけているつもりだったけど、悪いことしちゃったかな。

「ごめんね、邪魔しちゃったみたいで」
「いや、君が気にすることではない。――そういう君は? 練習しに来たのか」

 だったらすまない、こちらこそ邪魔をしていたのだろうか。
 私の手にしたヴァイオリンケースに視線をやって、知り合った頃に比べて大分棘の減った口調で、彼は言う。

「ううん、その、天気が良いから、来たくなっちゃって。
 そしたら月森くんがいたので、演奏聞かせて貰ってました」
「――そうか」
「それで、月森くんの『感傷的なワルツ』聞いてたら、私も弾きたくなっちゃって。
 森の広場で弾こうかな~、と思って、行こうとしたところに」

 月森くんが。
 一応、嘘は言ってない。言ってない部分も、多々あるけど。
 私を見下ろした月森くんは、何かを考えるように視線を彷徨わせた。

「……弾くのか? 『感傷的なワルツ』」
「うん、そのつもり。あ、でも月森くんの邪魔はしないから、安心してね!」
「――いや」

 うん?
 否定の言葉に、首をかしげる。

「良かったら、ここで弾いていくといい」
「え。で、でも……」

 邪魔はしたくないのが、本音なんだけど。

「いいんだ。――それに、久しぶりに君の『感傷的なワルツ』が聴きたい」

 私はあまりにも間抜けな顔をしていたらしい。
 月森くんが思わずといった風に吹き出した声を聴いて、我に返る。

「確かに、君の技術はまだまだだし、君の解釈と俺の解釈は違うが。
 ――だが、君の『感傷的なワルツ』は、悪くない。弾くというなら、俺は聴きたい」

 ……………。
 憧れのヴァイオリニストにそこまで言われて、弾かないなんてどうして言える?

「――つ、月森くんが、いいなら」

 精一杯、弾くまで。

 ふ、と微かに微笑んだ彼の笑みに顔が熱くなるのを感じながら、私は階段を上った。









未森の書く日野ちゃんは、
負けず嫌いのようです(笑)
この月森とは、1でのEDを迎えてません。
日野ちゃんの方は完全に月森が好きで、
月森の方は結構意識してる、みたいな感じ?


月森←日野@金色のコルダ(1と2の間)

散髪

2007年09月06日 | 金色のコルダ
「……よければ、土曜日――明日、一緒に練習しないか」

 帰り道、いつもの交差点。
 分かれ道であるそこまであともう少しというところで、月森が言った。

「うん、月森くんがいいなら、もちろん!
 『五度』のね、月森くんが言ってたハーモニクスが、やっぱりどうも上手くいかなくて……。よかったら、もう一度教えてくれる?」
「ああ、わかった」

 放課後2人で練習したのは、ハイドン作曲の「管弦四重奏曲『五度』第4楽章」。
 文化祭のコンサートで演奏しようと思っている曲の一つだ。
 ハーモニクスとは、通常の奏法よりも弦上に指を軽く触れさせて出す音である。
 春の校内コンクールからヴァイオリンを始めた香穂子は、表現力はあるものの、運指などの基礎的な技術がまだ追いつけていない。
 そのため、香穂子は同じヴァイオリンである月森によく教えを請うていた。
 音楽科の教師に聞いても良いのだが、アンサンブルに同じ楽器がいるのだから、練習しながら教えて貰えれば一石二鳥だ。それに、月森のヴァイオリンの技量は並大抵のものではない。師事を仰ぐにはぴったりの相手だった。
 ……もちろん、それだけが理由ではないのだが。

「月森くんに注意されたあと、一人で練習したんだけど……上手くいかないんだよねえ。
 こればっかりは地道な練習あるのみだっていうのは、判るんだけど………あ」
「どうした、日野?」

 思わず立ち止まって、香穂子は視線を彷徨わせた。

「………、ええと。ごめん、なんでもないの」
「そうは思えないが……何か気にかかることがあるなら、言って欲しい」

 真摯な表情の月森に、香穂子は困って眉根を寄せた。
 先ほど約束をしたばかりの土曜日に、用事があったことを思い出したのだ。だが別にその日でなくても構わない用事で、それを何やら心配してくれている月森に言うのは躊躇われた。

「……日野」
「ええと、あのね? ……その、美容院に行ってこようかなって、思ってたの、思い出して。
 別に、土曜日じゃなくてもいいから、いいんだけど」
「美容院に?」
「うん、そう。ちょっと、髪切ってこようかなーって」

 言うと、月森がそれは珍妙な顔をして、香穂子の長い髪を見つめた。

「…………切るのか?」
「切るって言っても、3センチくらいだよ。そんな、ばっさりとは切らないよ」
「……そうか」

 あからさまにほっとした表情で息をついた月森に、思わず笑みがこぼれる。
 ちょっと、嬉しい。

「そういえば、月森くんって、髪はどうしてるの?」
「どう、とは?」
「うーんと、例えば、美容院とか、床屋さんに行って切って貰ってる、とか」

 ああ、と合点がいったように頷く月森の横で、香穂子は遠い目をした。

「………自分で言ってなんだけど、床屋に行く月森くんって想像できない……」

 思わず呟くと、月森が微かに笑った。

「確かに、俺は床屋には行かない。……髪は、祖母に切って貰っている」
「へえ、そうなんだ」
「ああ。少し伸びたな、と思った頃に、声をかけてくれるから」
「そっかあ、いいねえ」
「ところで」
「ん?」
「その……どうするんだ? 俺は、別に構わないのだが」

 月森は、優しい。
 周囲からは色々と思われている彼だけれど、それは自分の不器用さを、傷つかないために、彼が貼り付けた盾で。

「ええとね。……じゃあ、美容院には午前中に行くから、午後からでもいいかなあ?」
「ああ、わかった」

 ……ほんとうは、人を気づかうことのできる、優しい人だ。
 そして。


 たどり着いた、交差点。

「それじゃあ、また明日ね、月森くん」
「ああ、また明日。……少し髪の短くなった君を、楽しみにしている」

 ……自分の気持ちを、まっすぐストレートに、言葉にする人だ。
 嬉しくて気恥ずかしくて、香穂子は顔を赤くして手をふった。






山なし落ちなし意味なーし。
書きたかっただけ!(爆)
お互いに片思いな2人。


月森→←日野@金色のコルダ2