徒然なるままに。

徒然に小話を載せたり載せなかったり。

国際電話

2007年02月28日 | 星座シリーズ
(※『牡牛座のための恋愛劇場』ネタバレ)

 午前七時、麦倉ナオトは公衆電話の前にいた。
 何故そんなところにいるかといえば、昨日大野家のおばあちゃん、しのさんが、軽い心臓発作で病院に入院してしまったからだった。そのことをアメリカはロサンゼルスにいるしのさんの息子、つまりノリミの父親に連絡しなければならないのだが。
 日本とアメリカの時差は約十一時間。今向こうは午後七時のはずで、多分ノリミの父親も家にいるだろう。
 それはまあ、いい。幸いおばあちゃんの命に別状はなかった。
 問題は、電話に出るだろう、ノリミの弟、もしくは父親だった。
(ノリミちゃんのお父さんと初めて話をする内容が、おばあちゃんが入院したことなんて……)
 もっと別の話で話したかった、とノリミが書いてくれたロスの家の電話番号のメモ用紙を見やって考える。どんな、と聞かれたら、それはまあ色々と困るのだが。
 何せ、相手は恋人の父親である。別に<お嬢さんをください>をするわけではないのだから、緊張する必要はないのだが。
「……先生……?」
 そっと呼んでくる声に振り返ると、いつもより元気のない顔でノリミがナオトを見上げていた。
「パパ、なんて言ってました?」
 う、と呻いてナオトは長い前髪をかきあげた。
「いやその、まだかけてないんだ……」
 ノリミはちょっと笑って、
「もしかして、緊張してるんですか……? 大丈夫ですよ、そんな怖い人じゃないから……」
 それじゃわたしおばーちゃんのところに戻るね、と言って病室に戻るノリミを見送って、ナオトは再び公衆電話に向き直った。
 よし、と気合いを入れる。
 更にひとつ大きく深呼吸して、ナオトは受話器を手に取った。


麦倉×ノリミ@星座シリーズ/日向章一郎

さよならを告げる

2007年02月20日 | 星座シリーズ
(※『蟹座の君を忘れたくないから』微妙にネタバレ)


 山本リョウは歩いていた。
 長年の片想いの相手、大野ノリミの家からの帰りである。……ノリミには会えなかったのだが。いや、会わなかった。どうしようもなく彼女に会いたくなって家まで行ってみたはいいものの、結局インターホンも押せずに引き返しているのだった。

 自分への腹立たしさに道ばたの大きな石を蹴る。
 石は電柱にぶつかって、ころころと転がった。

 先日、リョウとノリミは3年間通った都立T高校を卒業した。ノリミは第一志望の私立W大学に合格した。リョウはまだ合否は判らない。
 いずれにせよ、中学・高校と6年間、同じ学校に通えていたのが、これからは別々の道を歩んでいかなければならない、ということは事実で。だからこそ卒業式の前日、ノリミに何度目かわからない告白をした。出来るだけ真面目に、ありったけの想いを込めて。
 けれどもノリミの態度は変わらなかった。リョウの想いは届かなかった――振られたのだ。
(おれって、諦め悪いよなあ……)
 それでも好きだった。
 小柄で細い軀、さらさらの長い髪、大きくてくりっとした瞳に、のんびりとした仕草、まぶしい笑顔――ずっとずっと、それこそ中学生の頃からずっと好きだった。何度も告白してそのたびにつれなくされても、それでも大野ノリミという女の子が好きだった。この想いはどうすることもできない、とリョウは思う。
 けれどもそれも、もはやここまでなのかもしれなかった。
 高校2年の時にあった<蟹座>の事件の時に感じた、<いつか来るかもしれない、ノリミをあきらめる時>――それが、今なのかもしれなかった。

 リョウは途中通りかかった代々木公園に入ると、ブランコの周りの柵に腰掛けた。
 ひとつため息をついて、沢野や椎奈が少しだけ羨ましい、と思う。中学生の時リョウと3人でつるんでいた2人もノリミのことが好きだったが、今ではすっかりあきらめてしまっている。
 あきらめているから、2人がリョウのように想いが届かないことに苦しむことはない。
(今でもこんなに君のことが好きなのに)
 どうすればよかったのだろう。何が間違っていたのだろう。どうしていたら、ノリミはリョウを好きになってくれていただろう?
 高校3年間、さらにその前の中学時代を思い返してみる。
 答えは出なかった。


 ……気がつくと、日がだいぶ傾いてきていた。
 1月・2月頃よりは日が長くなってきているとはいえ、まだまだ日没は早い。
 高校を卒業してしばらく、平日も休日も関係ない日々が続いているとはいえ、世間では今日は日曜日。せっかくの休日の午後を無駄に過ごしてしまった。
(帰ろう)
 一目でもノリミに会えていたなら、無駄ではなかっただろうにと思いながら立ち上がる。公園を出ようと一歩を踏み出して、しかしそこでリョウは目を瞠った。
 思わず呟く。
「――ノリっぺ」
 恋い焦がれた姿が、代々木公園の外を軽やかに歩いていた。薄暗かろうが明るかろうが遠かろうが、リョウがノリミの姿を見間違えるわけがない。
「ノ……」
 ノリっぺ、と常のように声を掛けようとして、しかし続かなかった。春物のコートの裾をひるがえして歩いていたノリミが、急に後ろを振り向いたからだった。
 ノリミの後に続いて、背の高い男が歩いている。
 ノリミは男を振り返って、リョウが今まで見たこともないくらい綺麗な表情で男を呼んだ。
「先生」


 ――リョウの中で、何かが静かにピリオドを打った。



 ノリミは後ろ向きに歩きながら男と何事か話すと、男の隣に並ぶとその腕に寄り添う。男を見上げ、<いーだ>をするみたいに小鼻に皺を寄せて笑う。
 男は腕に絡んだノリミの腕をそっとはずし、かわりにその手を取る。
 手袋をした指を絡めて、2人は同じ顔をして、笑う……。




 リョウはちくしょう、と呟くと、ブランコの柵を思い切り蹴とばした。帰ろうとしている砂場の子供達がびっくりしてリョウを見つめるが、そんなことは少しも気にならない。
「……ちくしょう」
 軀が熱い。
 怒りか哀しみか、湧き上がった激情に軀が熱くなる。
 リョウはノリミの隣にいた男を知っていた。十分すぎるくらいに知っていた。高校3年間、毎日見ていた顔だった。
 ノリミが男を密かに想っていることは気づいていた。男がノリミを憎からず想っていることも気づいていた。
 でもまさか、と思っていた。だからといって、と思っていた。
 そんなもの、はしかみたいなものだと。
 担任教師である麦倉ナオトと生徒のノリミが、想いを交わすことなんてないと。
 だから、どんなに自分の想いがノリミに届かなくても、と。
(おれは馬鹿だ)
 そうだ、だから――<蟹座>の事件の時、真実を話す牧田麻矢の話を聞きながら、麦倉はあんな顔をしていたのだ――彼女と鹿山一彦が、自分たちと同じだったから。

 どうして気がつかなかったのだろう。
 2人並んで歩く姿は、どこからどう見ても仲の良い恋人同士のそれなのに。

(どうして)

 代々木公園を出て、ノリミの家の方角を見やる。ノリミと麦倉先生の姿はもう見えない。

 ずっと遠くでそのまぶしい笑顔を見ているだけだった、中学時代。
 強引にしか近づくことのできなかった、高校時代。
 笑った顔、怒った顔、泣いた顔、リョウくん、と呼ぶ声。
 すべてがよみがえって、心の海に沈む。

(さよならだね、ノリっぺ)

 唇を噛んで、リョウはぐいと頬を拭った。

 さよなら、おれの恋。



麦倉×ノリミ←リョウ@星座シリーズ/日向章一郎