徒然なるままに。

徒然に小話を載せたり載せなかったり。

猫かぶりの恋

2009年10月17日 | その他
 好きな人に少しでも良く見られたい、って思うのは、女の子として(いや、男の人だってそうだろうけれど)当然だと思う。なんでもいい、どんなことでもいい、少しでも相手の目に魅力的に見えるように、好意を抱いて貰えるように努力して、そうしてあわよくば、どうか好きになって欲しい。
 ほかの動物だって、異性に好意を抱いて貰えるように、涙ぐましい努力をするのだ。名前は覚えてないけれど、いつだったかテレビで見た鳥や魚やアフリカはサバンナの動物は、様々な方法でそれはもう必死にアピールしていた。いわんや同じ動物の人間をや。
 だけどそれと猫を被る、というのとでは、ちょっと何かが違うように思うのは、私の気のせいではないはずだ。
 たぶん。
「……ねえ、さっきの私、大丈夫だった? 変じゃなかった?」
「大丈夫だいじょうぶ、変じゃない変じゃない」
「何その気のない返事。私真面目に聞いてるのに!」
 そう言って頬をふくらませる友人は、私流に言わせて貰えば、完全に「女の子モード」だ。
 まず、服装からして違う。以前はジーンズを穿いていることもあったのに、最近はスカートばかりだ。化粧にも余念がないし、爪はピカピカに磨いてあるし、立ち居振る舞いも以前に比べたらはるかに気を遣っている。言葉遣いも幾分柔らかくなった。
 つまり、とにかく全体的に「女の子」なのだ。
「そんなに心配しなくてもさ、普通にしてればいいじゃん」
「それは、……そうかも、しれないけど」
 ああもう、どうしてくれよう、この子。
 恋は女を変える。
 彼女と友人になって久しいけれど、つくづくそう思う。服装とか体型だとか、目に見える変化が出るのは私だって当然だと思う。だけど、変えなくていい部分だってあるのではないだろうか。
「まあ、あんたの場合、無意識なんだろうけど」
 本来の彼女は、O型らしく、良い意味で大雑把な性格をしている。最近は恋する乙女モードが入っているけれど、普段が女の子らしくないというわけではなくて、逆にそういうところが好ましいと私は思っているのだが。
 そんな彼女は、好きな相手を前にすると、それこそ借りてきた猫のように大人しくなる。特大の猫を肩に乗せて(少なくとも私にはそう見える)、顔を赤くして、必死になって出来るだけおしとやかに振る舞おうとするので、見ているこちらが時々あなたちょっといったいどちら様、と思わず聞きたくなるほどだ。
 どうしてもそう振る舞ってしまう、無意識レベルの行動なんだろうとうことは傍(はた)で見ていて判るけれど、その努力は、決まっていつも彼女自身によって台無しにされる。特大の猫の化けの皮もむなしく、だんだんボロが出てくるのだ。
 対する相手のほうは、必死に取り繕った状態の彼女ばかりを見ていて、それが「彼女」なのだと思っているわけで。まぁ、あまり上手くいったためしはない。
 ボロが出た、というか、本来の彼女がにじみ出てきてしまったわけだけど、素の彼女を好きにならないなんて、見る目のない奴らだ。
「あんたさ、猫被るの、やめたら?」
「えぇえ? 無理。無理無理無理」
 ……そんな力いっぱい否定しなくても。
「やめようと思ってやめられるもんなら、とっくにやめてる。不可抗力」
 そこまで言うか。
「でもさあ、あんたいっつもその特大の猫被って、それでも上手くいってないじゃん」
 彼女はそれを言わないでよう、と耳をふさぐふりをする。
「猫被るのがんばってやめて、素のあんたを好きになってもらいなよ」
「……私、ブスだもん」
「まーたそれを言う。あんたの弟は捻くれてて素直じゃないだけだ」
 なんでも彼女、大学に入るまでずっと、一つ下の弟にブスブス言われてきたらしい。なんて弟だ。会う機会があったら一発殴りたい、もちろんグーで。女の子のガラスのハートをなんと心得る。
「あんたは可愛いよ。ちゃんとオシャレだって化粧だって頑張ってるじゃん。ダイエットだってやってるんでしょ」
 とどのつまり、彼女は自分に自信がないのだ。ブスだデブだ言われてきたせいでネガティブになっている。だから好きな相手を前にしても、本当の自分を曝け出すことができない。
「ううう、でも」
「今までも言ってきたけど、素のあんたを見て、それで幻滅するような奴は見る目がないんだから」
「……それってさ、友達の欲目とか言わない?」
「言わない。むしろ猫被ってるあんたが寒い」
「……心が痛い……」
 胸元をおさえて、さめざめと泣くふりをする彼女を見ながら、私は一つため息をつく。
 なんだかなぁ。
 本当に、私は彼女は可愛いと思うし、いい子だと思うのだけど。これで上手くいかないのだから、世の中何か間違ってる。
 願わくば、ありのままの彼女を受け入れてくれる白馬の王子様(寒っ)が、いつか彼女の前に現れてくれますように。――いや、彼女の好きな彼が、本当の彼女を好きになってくれますように。





講義で書いたショート。
他の人が書いたエッセイをもとに小説を書く、というものでした。

keep one's fingers crossed (~の幸運を祈る)

2006年08月28日 | その他
 コルデア王国が王都、カルリシャに金管楽器の音が高らかに鳴り響いている。
 見送る人々の歓声までが、オルフィーナの私室にまで届く。

 オルフィーナは私室のベッドの上で、抱えた一角狼(クルフィア)のメイフィをぎゅっと強く抱きしめた。
 ぎゅっと目を閉じて、必死で呼吸を整える。
 今にも泣きわめきたい気持ちを、必死で押し込んで、代わりの笑顔をつくりだせるように。
 行ってしまう―――愛しい彼が、遠い東の地へ、行ってしまう。
「姫様」
 傍に控えていた侍女が、躊躇いがちに声をかける。
「そろそろ………お時間です」
 ああ。
 オルフィーナは深く息をつく。くうん、と哀しげに鳴いたメイフィに顔をすり寄せた。
「……姫様」
 抱えたメイフィをベッドの上におろし、立ち上がる。
「ええ、ルシェーラ。……今行きます」

 東の蛮族の討伐。
 もう何十回目かになる遠征の将は、オルフィーナの恋人、親衛隊隊長シェタッフガルトだった。
 二人の仲自体は、オルフィーナの父親、ヨグフ王も認めてはいた。
 だがオルフィーナはシェタッフガルトに恋する一人の娘であると同時に、大国コルデアのたった一人の王女だった。
 オルフィーナの伴侶となるということは、それは取りも直さずコルデアの未来の国王になる、ということ。
 一軍をまとめ上げる力もなくば、王にはなれない―――王になる素質を、証明しなくてはならない。
 だからシェタッフガルトは、東の地に赴くのだ。

 ――すべてはただ、オルフィーナのために。

 わかっている。
 わかっている……けれど。


 遠征軍は既に隊列を組み、整然と並んでいた。
 その一番前、頂点に、馬に跨ったシェタッフガルトの姿があった。腰には、昨日オルフィーナが彼に贈った一振りの剣。
 オルフィーナは、父と母、王と王妃の二人の間に立って、彼の姿を見つめた。

(大きな目的を持ちここを発つ貴方を引き留めることなど、私(わたくし)にはできません―――)

 昨日、確かに彼に言った言葉を胸の内で反芻する。
 その言葉に偽りはない。
 辛いけれど―――それでも。

 シェタッフガルトが三人に近づく。
 まず父ヨグフ王が声をかけ、次に母ユメネア王妃が声をかけて、促すようにオルフィーナの肩に手を回す。
 視線が、合った。

「ご武運を…………シェール」

 シェタッフガルトの手がオルフィーナの頬に触れる。優しく撫でて、彼は力強く肯いた。

 金管楽器がいっそう高らかに鳴り響く。
 出発だ。

「………行ってくる」

 無骨なやさしい手が、離れた。




 ―――それが、オルフィーナの見た、最後の彼の姿だった。








 グランザの兵士から奪い取った剣を、手錠に繋がれた不自由な手でそれでも無我夢中で振るう。
 視界の片隅には、いつの間にか来ていたサルエリと彼に庇われたエルネラの姿。
 オルフィーナはザクリ、と長い三つ編みを斬る。
「エルネラ」
 呼ばれた彼女がオルフィーナを振り仰ぐ。オルフィーナは斬った三つ編みを放り投げた。
「それを……、シェールに……!」
 金色が宙を舞う。エルネラが手を伸ばして、



 衝撃が、オルフィーナを襲った。



(シェール……)

 いとしいあなた、シェタッフガルト―――シェール。

(シェール……!)

 ごめんなさい、けれどもこのコルデアにオルフィーナはただ一人、一人居ればいいの。
 ごめんなさいファーナ、どうか逃げて、生き延びて―――オルフィーナの名を懐(いだ)いて、どうか、この国を。

(もう一度……あなたに―――)

 ズブリ、と腹に生えた槍が引き抜かれ、オルフィーナは崩れ落ちる。
 処刑台の周りに集まっていたコルデアの民の怒号が、悲鳴がいっそう湧き上がる。

「いやああああ! 姫様!」

 エルネラ。エルネラの悲痛な叫びが聞こえる。
 どうかエルネラ、あの人が傷つかないよう私のことを伝えて―――…

 ああ、シェール。遠い東の地の、あなた。


 周囲の喚声が遠くなる。エルネラの泣き声も、サルエリの宥める声も。
 オルフィーナは静かに、目蓋を閉じた。



シェタッフガルト×オルフィーナ(本物)@オルフィーナ/天王寺きつね