上野山みどりのシャンソン日記

シンガーみどりの歌声日記です。随時更新中!

風と共に、時は去りぬ…♪

2009-11-27 19:31:29 | 日記
 三田の町並みも、もうすっかり秋の装い。赤や橙から黄へと、木々が競い合う色のグラデーションの美しさに、運転中でもつい目が釘付けになってしまう。おーコワッ
 秋分の日に生まれた母は、秋枝という名であった。母がいなくなってから、毎年秋分の日に母を思い出し、冬の気配が忍び寄るまでは、なんとなくではあるが、母を感じながら日々を過ごしているようだ。そのせいか私は、春の木漏れ日よりも秋の陽だまりが好きだ。ま、私もそろそろ色づいてきたという事か?熟女??誰も言ってはくれないから、自分でそう思っておこう。まだまだ、散りたくはない…

 ブログも前回から既に一週間経ってしまった。
なんという時の速さよ 資料などの整理を終えてホッとしたのもつかの間、どういうわけだか、シンガポールの23歳の留学生シルビアを3日間預かる事になってしまい、今週火曜の朝に彼女と家の前で抱き合い、さよならするまでの4日間は、とんでもなく慌ただしく、だが楽しい日々でもあった。ひたすら下手な英語で、身振り手振りを交えて必死に喋り捲る私と、英語も韓国語も達者で、パソコンを使わせると、スカイプで国にいる家族や多くの友達と中国語で喋り捲る彼女 彼女の倍くらい生きてきた私は、母国語さえ時々ままならぬ輩である。ああ、情けないこっちゃ
 しかし、我が家のダイニングでのディナーショウは、彼女にとってかなり衝撃的であったようだ。ディナーはお好み焼き ショウは、私のピアノの弾き語り 曲は彼女が大好きだというカーペンターズの『Yesterday Once More』と、ロバータ・フラックの『優しく歌って』を演奏した。突然『ドッキリカメラ』のように始まったショウに、シルビアは何度も「Oh Oh」と言葉を失くすほど興奮しながら、喜んでくれた。いつか再会する日が来るかどうかは分からないが、きっと彼女にとって、日本での楽しい思い出の一つになってくれただろうと思う

 残念なのが、初来日のシルビアは、日本語が全くダメなので、ブログを観てもらえないという事である…。あ、そういえばシンガポールに帰ったら、日本語を勉強するっていってたような?…期待せずに待つことにしよう
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どうにも止まらない…!

2009-11-19 13:58:26 | 日記
 もう、リンダの歌のようである。

 一昨日ホームセンターで、前にチラッと見かけて気になっていた整理ボックスを、ついに買ってきてしまったばっかりに… 

 まずは、部屋のあちこちに散在していた視聴覚資料(CD&DVD)を、それぞれ古い順に並べていった。考えてみると有名アーティストのアルバムなんかはケースと一緒に歌詞カードが入っていたりするし、ジャケット写真もあったりで、それを捨ててまで整理ボックスの不織布シートにしまうなんて、まるで無印商品にしてしまうようでキゼツないものだ。では、今回は自分の成長記録として、過去に録音や録画をして頂いた、老後の楽しみにしかならん代物を整理することとしよう そう、これほど恥ずかしいものは他にないのだが、これほど貴重な資料もないと言えるのだ。自分を客観的に観たり、歌を聴いたりして、問題点をつぶさに見つけ、反省しながら次への教訓に出来るのだから

 2001年からチャリティコンサートが始まったのだが、第1回は録音や録画などにまで到底気が回らず、ひたすら集客と出演者とのやりとりで駆けずり回っていた。なので、録音は2002年以降開始し、録画は2004年以降となった。それ以外にも市内でのライブ活動がコンスタントに増えて行ったので、結構整理のしがいがある量になった。プラスチックケースが百個以上要らなくなってしまったが、捨てるのももったいない。だからといって不要な物たちに、限りある収納スペースの中で幅を利かされるのも我慢ならないものである。このケースも人にCDを渡す際に役立つかもしれないと、普段は滅多に開けない引き出しに仕舞い込む事にした。

 そこまでなら良かったのだが、整理魔の性分にいったん火が付くとこれがもう、どうにも止まらないのだ パソコン周辺の棚に手を付け、更に一つ一つのファイルの中まで物色し始めていった。過去のイベントで回収したアンケートも膨大な量である。ここ3年くらいのは置いておく事にした。新しいお客様も今年はかなり増えたので、お客様名簿も作り直したくなってきた アカン、アカン 確か今年の春に初めてエクセルで何時間もかけて名簿作りに奮闘したのだが、後になって友人から、「あるソフトを使って名簿を作れば、簡単に住所をシールにしたり、縦書きや横書きも自由自在に出来るのに。」と聴いてショックを受けたのもまだ記憶に新しい。しばらくはこのまま我慢することにしよう。

 そしてこの勢いで、部屋中の引き出しと名のつく場所を、片っ端から整理していった。

 そして…今、私は、この5年ほどの間に整理せずに溜めてあった順不同になった写真を見つけてしまい、コタツの天板の上にカルタのように敷き詰めてしまっているのだ

 写真に日付はないし、これを記憶をたどって並べていくには、どれほどの時間を要するだろう…

 ああ…、どうにも止まらない

 

 
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深緑先生を偲んで…。

2009-11-15 22:52:28 | 日記
 昨日は大阪のとあるホテルで、今年の8月末に亡くなられた、私の憧れて止まない師匠、『深緑夏代』さんを偲ぶ会が行われた。私はまだ、たった3年ほどしか歌の手ほどきを受けられなかったが、何十年来のお弟子さん方や、ご友人方が集まり、先生の遺影に一人ひとりが献花をし、黙祷を捧げ、先生がお好きだったビールで献杯をし、先生の歌声をBGMにそれぞれが思い出を語り始めた。また、先生の若かりし頃からの秘蔵のビデオをスライドで鑑賞したりしていくうちに、あちらこちらで涙する人も…。スクリーンの中の『深緑夏代』は、強く、優しく、愛に溢れて輝いていた。改めて先生の偉大さを痛切に感じるひとときであった。

 思えば昨年1月に、私は西宮の芸術文化ホールでの発表会に参加し、師匠と同じ舞台で唄うという、とんでもない経験をさせてもらった。生涯でただ一度の事となってしまったが、忘れられない大変名誉な出来事であった。月に一度のレッスンは、いつも10分あるかないかで、それはもう、教室はピンと張り詰めた緊張感たっぷりの空気のなかで、生きた心地がしないものだった。ただ、芸文の発表会が近づいた頃に、思いがけず30分ほどかけてステージングのレッスンをして頂いたのが、私にとっては目からウロコの、最高に有難い経験であった。舞台の袖に立ち、イントロがなってからの出方、タイミング、姿勢、客席への目線、歩き方など、まさしく越路吹雪とコンビを組んだ師匠であり、宝塚歌劇の後輩、鳳蘭や黒木瞳…、宝塚に疎い私には名前が他には浮かんではこないが、なんせ一万人の弟子を育てたと新聞に書かれたほどの師匠である。あの時の、私に向けられた真剣なお姿が今も目に焼きついて離れない。プロもアマも、どんな肩書きのある人もない人も、全く分け隔てなく接する、ただ、歌を愛する者を愛して止まない人であった。

 来年4月には、芸文で先生の追悼公演があると聞いた。先生の弟子なら出演可能だそうだ。再びあのホールに立てば、先生は聴いていて下さるだろうか?優しい微笑みを浮かべて…?それとも、レッスンの教室でリズムが狂うとすぐさま机を叩かれた、あのカナヅチを持って…?!

 師匠の後を、私も一歩ずつですが歩かせて下さい。
       
                             合掌 
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新たな変化が…♪

2009-11-09 23:17:32 | 日記
 犬も歩けば棒に当たる。んいやいや、引っ込み思案で怖がりであった私も、人生の半分を過ぎるあたりから、かなり図々しく大胆に立ち回るようになったものである コンサートの企画・運営・集客・出演と、小さいイベントではあるが、毎年こなしていくのも徐々に楽になってきた上に、今年は初アルバムをリリースしてしまったのだから、母が生きていたら腰を抜かしたに違いない

 そして新たな変化がさらに起きようとしている。

 東京や千葉の方で、私の歌を応援しようと立ち上がって下さる方々がいるのだ アルバムの販売を手がけたり、来年から早速関東でのライブを企画して下さるとの事である。にわかに信じ難い話であるが、電話で何度かお話していくにつれ、信頼のおける音楽業界に明るい人だと納得した次第だ 全国的に各地域に後援会の呼びかけまでして下さっている。アルバムでのピアノの田中さんの演奏やアレンジにも大変感激され、ライブするなら彼の伴奏でという事だ

 はたして来年はどんな事が起こるやら… 『行く年、来る年』…行く年もハラハラドキドキの今までにない充実した年であったが、来る年もさらにステップアップ出来る年にしたいものだ 気の早い話ね こうして応援して下さる方も勿論、今までずっと見守ってくださっている地域の方々にも、応援のしがいのある歌い手になれるよう、私のやるべき事はとにかく『いい歌を唄えるよう、真剣に学び続け、真摯に歌に取り組むこと』しかないのだ。

 明日は朝から岐阜の父を見舞いに行くことになった 夏に帰った時には分からなかったのだが、去年胃の全摘手術を受け、何とか普通に生活が出来るまでになっていたのに、今度は肺がんに…。電話の声も以前の威勢の良さはなく、なんとも気弱で心もとない様子だ。私で話し相手が務まるかは分からないが、とにかく会える時に会っておかないと、母の時のようにきっと後悔するだろう。

 土曜には定期ライブがあるので、金曜の夜には帰ってこようと思う 父の体調を観て、問題なければ静岡にも足を延ばしたいところだ。例のジャズピアニスト、上原ひろみの叔母にあたる私の友達が、ひとりで12枚もCDを買って周りに売ってくれたので、お礼かたがた顔を拝みに行きたいのだ。電話を入れると、「来るならあと3枚持ってきな」と勢いのある有難いお言葉 「美味いもん、たらふく食わしてやるからさー、ゆっくり骨休めにおいでよー

 アネゴというより、アニキ

 拝み倒しに行かなくては……。
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サロンコンサートを終えて…♪

2009-11-02 18:58:15 | 日記
 昨日私は、このタイトルで一時間以上かけてブログを書いた。確かに… それなのに、なまじライブの写真を載せようとしたがために、突如画面が変わり、一瞬にして努力が全て水の泡と化したのだ よもやシンデレラにとっては12時を1分でも過ぎると真夜中である ショックを受けながらも眠気に勝てず、昨夜はとっとと眠りについた

 さて、気を取り直して再びご報告するとしよう。三田屋本店2階『羽衣』での、土曜の2時スタート『ラ・モンターニュ★サロンコンサート第3弾』は、ますます定員数が増え、81名のお客様で賑わった。常設は39席というのだから、約2倍強だ 今回も山田直毅氏の脚本による、フォークソングで綴る音楽劇は大いにうけた 曲は、懐かしの『誰もいない海』、『なのに貴方は京都へ行くの』、『冬が来る前に』、『結婚するって本当ですか』、…ライブに来られなかった方で、なんとなくストーリーが読めた方もいらっしゃるかもしれないが
 私が扮する主人公〈緑子〉は、彼に捨てられても最後は死にはしなかったのである。『誰もいない海』の3番ね   …当ったり前じゃ。失恋ごときで死ぬもんかね

 あとは、新曲のカンツォーネもしっかり披露した 『コメ・プリマ』『砂に消えた涙』、そしてラスト曲の『夢見る想い』は、You Tube でジリオラ・チンクェッティの17才の歌と晩年の歌を両方チェックし、イタリア語の通訳をしているカンツォーネ歌手に発音などを習いにいっただけあって、それがとても良かったと言って下さったお客様もいた 音響に問題も多々あったが、どこで歌っても恥ずかしくない本物のプロになるには、どんな悪環境でも自分を見失わず、自分らしい歌が唄えないといけないんだろうと思いなおしている。昨日のブログでは、思いっきり言い訳タラタラのコーナーもあったのだが、そんな言い訳はするもんじゃあないよっ、と神様の思し召しか、いたずらで消されてしまったのかもしれないな

 ま、いろんな反省材料は次回に活かす事としよう


 
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