ソ連時代、西側から入ってくるポップス系の音楽としては、英米勢よりも、イタリア、フランス、ドイツなどの大陸系ヨーロッパ勢が圧倒的に強かったと書きましたが、・・・とは言っても、勿論ビードルズ、ローリング・ストーンズもソ連の若者には絶大な影響を与えています。
1960年代以降、所謂「ロシア・ロック」の潮流を作ったのは、やはり何といってもこの二つの英国出身のバンドでしょう。
ビードルズもローリング・ストーンズもソビエト政権からは嫌われていました。
大々的に反ビートルズ、反ローリング・ストーンズのキャンペーンも展開されていたようですが、どんなに禁止しても「禁止できないもの」というのはあるのでしょう。むしろ、禁止すればするほど、ソ連の若者にたいするビードルズやローリング・ストーンズのカリスマ的な影響力は高まっていったようです。
ちなみにビートルズの曲は、BBCラジオから入ってきました。
当時BBCの放送はソ連の当局によって電波妨害されていたのですが、それでも音楽番組は比較的妨害が少なく、雑音の中から漏れ聞こえるビートルズの曲をカセットテープに録音して聴いたり・・・というパターンで広まっていったようです。
ソ連の「ビートルズファン」は、生で彼らの公演を聴きたいと切望していました。実際にはそのファンの夢は叶わなかったのですが、あまりにもその「夢」が大きく、ついには色々なビートルズにまつわる噂を生むことになります。
その内の最も根強いもののひとつが、「実はビートルズはトランジットで通過したシェレメーティボ空港で密かに演奏したことがある」というもの。
この話、未だに信じているロシアの人が結構います。
トップの写真は旧ソ連15共和国のひとつ、中央アジアの大国「カザフスタン」のアルマティにあるビートルズの記念像。
写真はこちらからです。
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1960年代以降、所謂「ロシア・ロック」の潮流を作ったのは、やはり何といってもこの二つの英国出身のバンドでしょう。
ビードルズもローリング・ストーンズもソビエト政権からは嫌われていました。
大々的に反ビートルズ、反ローリング・ストーンズのキャンペーンも展開されていたようですが、どんなに禁止しても「禁止できないもの」というのはあるのでしょう。むしろ、禁止すればするほど、ソ連の若者にたいするビードルズやローリング・ストーンズのカリスマ的な影響力は高まっていったようです。
ちなみにビートルズの曲は、BBCラジオから入ってきました。
当時BBCの放送はソ連の当局によって電波妨害されていたのですが、それでも音楽番組は比較的妨害が少なく、雑音の中から漏れ聞こえるビートルズの曲をカセットテープに録音して聴いたり・・・というパターンで広まっていったようです。
ソ連の「ビートルズファン」は、生で彼らの公演を聴きたいと切望していました。実際にはそのファンの夢は叶わなかったのですが、あまりにもその「夢」が大きく、ついには色々なビートルズにまつわる噂を生むことになります。
その内の最も根強いもののひとつが、「実はビートルズはトランジットで通過したシェレメーティボ空港で密かに演奏したことがある」というもの。
この話、未だに信じているロシアの人が結構います。
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