トヴェルスカヤ通りは、クレムリンとサンクト・ペテルブルクをつなぐ大街道の一部です。このトヴェルスカヤ通り、クレムリンを背に、クレムリンから約600メートルくらい位置までくると、左手に赤い建物が現れます。
この建物の真ん中部分には8本の白い円柱が鮮やかに浮き上がり、また白、青、赤の三色に彩られたロシアの国旗と、戦いの聖人ゲオルギの騎馬像が龍を蹄で踏みつけている姿が描かれている赤い旗が見えます。
モスクワ市の旗です。
見るからに歴史のありそうな、意味深げな建造物。
この赤い建物が、モスクワ市行政府が入っているモスクワ市庁舎です。
1782年に有名な建築家M.カザコフによって建設された大変歴史のある建物で、この建物のベランダから、ロシア革命のリーダーであるレーニンが重要な演説を幾度かしました。
建物の壁に設置された記念板は、このモスクワ市庁舎の建物と、レーニンやロシア革命との関係の深さを物語っています。
ちなみにここは現在のようにモスクワ市庁舎と呼ばれる前は、モスソヴェトと呼ばれていました。
1937年、トヴェルスカヤ通りの道路拡張・整備計画がはじまります。
この時小さな建物は壊され、建築史上価値があると判断された大きな建物はそのまま移動されました。
モスクワ市庁舎もこの道路拡張整備計画の一環で、1939年に13.6メートル、基盤からそっくりそのまま移動されています。そして更に、1944年から1946年にかけて、2階分上に建て増しされています。つまり以前は3階建てだったのが、5階建てになったのです。
尚、そのまま移動された建物というのはこのモスクワ市庁舎だけではなく幾つかあり、トヴェルスカヤ通り6番の23000トンの建物など、何と中庭の方に50メートルも移動されています。
それも、中に500名以上の住人が入ったまま移動されたそうです。
このような事がどのように可能なのか想像もつきませんが、この出来事を検証したドキュメンタリー映像がありますので、興味のあるかたはどうぞ。
こちらから観られます=第1部(動画21分25秒)、第2部(動画21分28秒)。("Gorodskie Legendy" TV-3)
尚、第2部の冒頭で、モスクワ市庁舎の移動について検証しています。
トヴェルスカヤ通りに面している建物のアーケードの中を覗いてみてください。美しい装飾が目立つ問題の建物が今でも移動された位置に建っています。
12月4日(金)チャイコフスキー『四季の世界』のコンサート情報はこちらです。
この建物の真ん中部分には8本の白い円柱が鮮やかに浮き上がり、また白、青、赤の三色に彩られたロシアの国旗と、戦いの聖人ゲオルギの騎馬像が龍を蹄で踏みつけている姿が描かれている赤い旗が見えます。
モスクワ市の旗です。
見るからに歴史のありそうな、意味深げな建造物。
この赤い建物が、モスクワ市行政府が入っているモスクワ市庁舎です。
1782年に有名な建築家M.カザコフによって建設された大変歴史のある建物で、この建物のベランダから、ロシア革命のリーダーであるレーニンが重要な演説を幾度かしました。
建物の壁に設置された記念板は、このモスクワ市庁舎の建物と、レーニンやロシア革命との関係の深さを物語っています。
ちなみにここは現在のようにモスクワ市庁舎と呼ばれる前は、モスソヴェトと呼ばれていました。
1937年、トヴェルスカヤ通りの道路拡張・整備計画がはじまります。
この時小さな建物は壊され、建築史上価値があると判断された大きな建物はそのまま移動されました。
モスクワ市庁舎もこの道路拡張整備計画の一環で、1939年に13.6メートル、基盤からそっくりそのまま移動されています。そして更に、1944年から1946年にかけて、2階分上に建て増しされています。つまり以前は3階建てだったのが、5階建てになったのです。
尚、そのまま移動された建物というのはこのモスクワ市庁舎だけではなく幾つかあり、トヴェルスカヤ通り6番の23000トンの建物など、何と中庭の方に50メートルも移動されています。
それも、中に500名以上の住人が入ったまま移動されたそうです。
このような事がどのように可能なのか想像もつきませんが、この出来事を検証したドキュメンタリー映像がありますので、興味のあるかたはどうぞ。
こちらから観られます=第1部(動画21分25秒)、第2部(動画21分28秒)。("Gorodskie Legendy" TV-3)
尚、第2部の冒頭で、モスクワ市庁舎の移動について検証しています。
トヴェルスカヤ通りに面している建物のアーケードの中を覗いてみてください。美しい装飾が目立つ問題の建物が今でも移動された位置に建っています。
12月4日(金)チャイコフスキー『四季の世界』のコンサート情報はこちらです。