格好つけてるわけじゃないんですが、昔からいわゆる「ベストセラー」を手にとるというのは抵抗があり、『窓ぎわのトットちゃん』や『五体不満足』とか読んだことない本がたくさんあります。天邪鬼なのか慎重なのか、佐藤優氏の『国家の罠』も世評が高かったのを知りつつ、文庫化されてようやく読みました。
昨年からこの本が話題になっているのは気になってはいました。中2の頃から愛読していた『噂の真相』は日本で唯一の検察ウォッチング可能な雑誌でしたから、許永中や伊藤寿永光といったイトマン事件の主役たちと共に、しょっちゅう記事に出てきたヤメ検弁護士の名前は見たことがあったのです。でも田中森一氏が本当はどういう人だったのかわからなかったのです。「悲しきヒットマン」などの原作で知られる山口組の顧問弁護士・山之内幸夫氏あたりと同類視して、どうせキワモノ金満弁護士なんだろうと誤解していたようです。
著者は産経新聞のインタビューで執筆動機について、こう語っています。
出版した「反転」については、そもそも売ろうと思って書いたわけじゃない。当初は、自分の事件について語れば弁解になり言い訳になり、男としてみっともないから放っておいたんや。でも、やっぱり自分の子供なんかが、そういう目で見られるわけ。不憫(ふびん)に思い、少なくとも周りの人たちには事件の真実を知ってもらいたいと考えるようになった。
昨年は80年代・バブルのことを、このブログでもカテゴリーができるほど書いていて、バブル回顧ブームウォッチャーを自認していたにもかかわらず、この本をスルーしていたのは不覚でした。『反転-闇社会の守護神と呼ばれて』はめちゃめちゃ面白い。こんなエキサイティングな自伝とは滅多に出会えるものではありません。書店で手にとって立ち読みしていたら、大阪地検特捜部時代のくだりが面白くて止まらなくなり、買って一気に読了してしまいました。そういえば私は小学校の卒業文集の、将来の夢という欄に「検察官」と書いた少年だったのでした。
著者の田中森一氏は長崎の平戸の極貧の農家に生まれ、苦学して司法試験に合格して検事になります。大阪地検特捜部から交流人事で東京地検特捜部に移り、退職してからは弁護士として「闇社会の守護神」と称される伝説的な存在となりました。そして、古巣の検察に睨まれた彼は「国策捜査」により、詐欺罪に問われ有罪が確定しつつある状況にあります。
タイトルの『反転』というのはなかなか秀逸で、色んな意味が込められています。
電気・ガスもない「江戸時代のような生活」だった生育環境 ⇔ 長者番付に載るほどのリッチマン
大阪地検特捜部勤務 ⇔ 東京地検特捜部勤務
公訴権を独占する国家権力の行使者 ⇔ 闇社会の守護神
正反対のものに転じる人生はドラマティックであり、こんな経験をされている人は他にいないだろうと思います。著名な政治家の名前も実名で出てきますし、バブル紳士と呼ばれるあの時代の主要プレーヤーのほとんどと関わりがあるのが凄い。でも世にヤメ検弁護士は数多いますが、彼がこれだけその筋から頼られたのは、単に辣腕だったということだけでなく、苦労人の非エリートゆえに弱者への温かい視線があったからだと思います。著者曰く、大阪のヤクザは在日や地区出身者が多く、たいていが差別されて育った経歴の持ち主のようで、事実親しかった許永中や伊藤寿永光も在日韓国人です。アウトローの住人は自分に向けられる視線についてはとりわけ敏感なはずです。
また、山口組5代目の若頭だった宅見勝氏との交流譚が随所に出てきて、非常に興味深いものがあります。本書によると、山口組のような大組織では組長はいわば天皇陛下のような象徴的な存在であり、組の運営はもちろん、他のヤクザ組織との外交交渉から抗争の指揮に至るまで、ほとんど全てがナンバー2である若頭の統括に委ねられているのだといいます。したがってその権力は絶大で、宅見組長は当時のオールジャパンの裏社会に君臨するドンといわれていた人物です。大手商社やゼネコンが、大型工事を計画する際には事前に宅見組長に話を通すのが習いになっていたという話や、実際に政治家と会談する機会も度々だったという話まであるほどです。この超大物フィクサーとツーカーの仲が、著者の仕事をスムーズにするのに大いに役立っていたのです。
この本の外伝というべく『バブル』も思わず買っちゃいましたが、評判の良い本が出ると一斉に第2弾の依頼が殺到するも、書く時間がとれないということでお手軽な対論本が連発されるのは毎度のお約束です。(ほかに宮崎学、田原総一郎バージョンもあります) 本編に書いてあることの繰り返しが多いとはいえ、そこでも宅見組長を絶賛しているので、聞き手である夏原武氏(『クロサギ』原作者)もさすがに、「たしかにトップはソフトな人格者だったかもしれないが、末端でシノギをしている連中は随分アコギなことをしているんだから・・・」と反論していました。そういえば、高校生のときに我が家と少々縁があった、けったいなおばはんがいて、本当か嘘か「宅見さん」と親しいことをしきりに自慢する人だったのを思い出しました。このおばはんは、某大物政治家の従兄妹で私設秘書をしていたことがあるのは事実で、そんなことからもこの本にリアリティーを感じました。
最高裁判決が出る今年には、実刑が確定して刑務所に収監される可能性が高いことは本人も認めています。でも出てきたら、この方にはバブル時代の貴重な生き証人として、是非再び書いてほしいものです。古巣の検察では「田中にこんな文才があったとは」と驚かれたようですが、私にいわせると書けて当然だという気がします。東京地検特捜部のように向こうから次々と事件がやってくるところと違い、大阪地検特捜部では待ちの営業じゃ通用しませんから、著者は常に色んなところにアンテナを張り(『財界』などの微妙な経済誌を定期購読までしてネタを探していたといいます)ネタをつかんだら、文献で調べる、有識者や情報提供者に電話でヒアリングする、取材(調査)する、事件化して調書をとる・・・とよく考えれば、作家か編集者の仕事に極めて近いことをやってきてるんですね。だから、820枚(410ページ)にわたる書き下ろし大作となった本書も、読者が飽きずに一気に読めるだけの内容と構成になっているわけです。
江副浩正(不動産は値下がりする)
佐藤優(国家の罠)
田中森一(反転)
この1年で読んだ上記3冊はいずれも面白い本でしたが、司直の手にかかった人というのは、非凡で能力のある人なんですよね。今後も、こんな人がいたんだ! と瞠目させてくれるような書き手の出現を待ちたいと思います。
昨年からこの本が話題になっているのは気になってはいました。中2の頃から愛読していた『噂の真相』は日本で唯一の検察ウォッチング可能な雑誌でしたから、許永中や伊藤寿永光といったイトマン事件の主役たちと共に、しょっちゅう記事に出てきたヤメ検弁護士の名前は見たことがあったのです。でも田中森一氏が本当はどういう人だったのかわからなかったのです。「悲しきヒットマン」などの原作で知られる山口組の顧問弁護士・山之内幸夫氏あたりと同類視して、どうせキワモノ金満弁護士なんだろうと誤解していたようです。
著者は産経新聞のインタビューで執筆動機について、こう語っています。
出版した「反転」については、そもそも売ろうと思って書いたわけじゃない。当初は、自分の事件について語れば弁解になり言い訳になり、男としてみっともないから放っておいたんや。でも、やっぱり自分の子供なんかが、そういう目で見られるわけ。不憫(ふびん)に思い、少なくとも周りの人たちには事件の真実を知ってもらいたいと考えるようになった。
昨年は80年代・バブルのことを、このブログでもカテゴリーができるほど書いていて、バブル回顧ブームウォッチャーを自認していたにもかかわらず、この本をスルーしていたのは不覚でした。『反転-闇社会の守護神と呼ばれて』はめちゃめちゃ面白い。こんなエキサイティングな自伝とは滅多に出会えるものではありません。書店で手にとって立ち読みしていたら、大阪地検特捜部時代のくだりが面白くて止まらなくなり、買って一気に読了してしまいました。そういえば私は小学校の卒業文集の、将来の夢という欄に「検察官」と書いた少年だったのでした。
著者の田中森一氏は長崎の平戸の極貧の農家に生まれ、苦学して司法試験に合格して検事になります。大阪地検特捜部から交流人事で東京地検特捜部に移り、退職してからは弁護士として「闇社会の守護神」と称される伝説的な存在となりました。そして、古巣の検察に睨まれた彼は「国策捜査」により、詐欺罪に問われ有罪が確定しつつある状況にあります。
タイトルの『反転』というのはなかなか秀逸で、色んな意味が込められています。
電気・ガスもない「江戸時代のような生活」だった生育環境 ⇔ 長者番付に載るほどのリッチマン
大阪地検特捜部勤務 ⇔ 東京地検特捜部勤務
公訴権を独占する国家権力の行使者 ⇔ 闇社会の守護神
正反対のものに転じる人生はドラマティックであり、こんな経験をされている人は他にいないだろうと思います。著名な政治家の名前も実名で出てきますし、バブル紳士と呼ばれるあの時代の主要プレーヤーのほとんどと関わりがあるのが凄い。でも世にヤメ検弁護士は数多いますが、彼がこれだけその筋から頼られたのは、単に辣腕だったということだけでなく、苦労人の非エリートゆえに弱者への温かい視線があったからだと思います。著者曰く、大阪のヤクザは在日や地区出身者が多く、たいていが差別されて育った経歴の持ち主のようで、事実親しかった許永中や伊藤寿永光も在日韓国人です。アウトローの住人は自分に向けられる視線についてはとりわけ敏感なはずです。
また、山口組5代目の若頭だった宅見勝氏との交流譚が随所に出てきて、非常に興味深いものがあります。本書によると、山口組のような大組織では組長はいわば天皇陛下のような象徴的な存在であり、組の運営はもちろん、他のヤクザ組織との外交交渉から抗争の指揮に至るまで、ほとんど全てがナンバー2である若頭の統括に委ねられているのだといいます。したがってその権力は絶大で、宅見組長は当時のオールジャパンの裏社会に君臨するドンといわれていた人物です。大手商社やゼネコンが、大型工事を計画する際には事前に宅見組長に話を通すのが習いになっていたという話や、実際に政治家と会談する機会も度々だったという話まであるほどです。この超大物フィクサーとツーカーの仲が、著者の仕事をスムーズにするのに大いに役立っていたのです。
この本の外伝というべく『バブル』も思わず買っちゃいましたが、評判の良い本が出ると一斉に第2弾の依頼が殺到するも、書く時間がとれないということでお手軽な対論本が連発されるのは毎度のお約束です。(ほかに宮崎学、田原総一郎バージョンもあります) 本編に書いてあることの繰り返しが多いとはいえ、そこでも宅見組長を絶賛しているので、聞き手である夏原武氏(『クロサギ』原作者)もさすがに、「たしかにトップはソフトな人格者だったかもしれないが、末端でシノギをしている連中は随分アコギなことをしているんだから・・・」と反論していました。そういえば、高校生のときに我が家と少々縁があった、けったいなおばはんがいて、本当か嘘か「宅見さん」と親しいことをしきりに自慢する人だったのを思い出しました。このおばはんは、某大物政治家の従兄妹で私設秘書をしていたことがあるのは事実で、そんなことからもこの本にリアリティーを感じました。
最高裁判決が出る今年には、実刑が確定して刑務所に収監される可能性が高いことは本人も認めています。でも出てきたら、この方にはバブル時代の貴重な生き証人として、是非再び書いてほしいものです。古巣の検察では「田中にこんな文才があったとは」と驚かれたようですが、私にいわせると書けて当然だという気がします。東京地検特捜部のように向こうから次々と事件がやってくるところと違い、大阪地検特捜部では待ちの営業じゃ通用しませんから、著者は常に色んなところにアンテナを張り(『財界』などの微妙な経済誌を定期購読までしてネタを探していたといいます)ネタをつかんだら、文献で調べる、有識者や情報提供者に電話でヒアリングする、取材(調査)する、事件化して調書をとる・・・とよく考えれば、作家か編集者の仕事に極めて近いことをやってきてるんですね。だから、820枚(410ページ)にわたる書き下ろし大作となった本書も、読者が飽きずに一気に読めるだけの内容と構成になっているわけです。
江副浩正(不動産は値下がりする)
佐藤優(国家の罠)
田中森一(反転)
この1年で読んだ上記3冊はいずれも面白い本でしたが、司直の手にかかった人というのは、非凡で能力のある人なんですよね。今後も、こんな人がいたんだ! と瞠目させてくれるような書き手の出現を待ちたいと思います。
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