音次郎の夏炉冬扇

思ふこと考えること感じることを、徒然なるままに綴ります。

最終講義

2008-01-26 23:41:36 | 身辺雑記
今日は家族でお出かけし、父親の「最終講義」を観に行ってきました。普通のサラリーマンは60歳の誕生日を迎えたら、そこでハイさよならとなるわけですが、大学教授は定年退職の年齢になっても、学校の授業年度というものがあるため、翌年3月末まではお勤めできちゃうわけです。ただし入試が終わって卒業式および謝恩会と、今後はもう授業がありません。70歳まで何とかやってきて、ようやく隠居生活に入りますから、これが学生の前で行う最後の講義となります。

いわゆる「最終講義」は、超高名な学者であれば一般聴衆向けの記念講演的なものになるでしょうし、官学アカデミズムの泰斗であったりすれば、自らも大学教授である高弟たちに囲まれて重々しく執り行われるのでしょうが、父の場合は普通の授業に年配の聴講生が若干混ざっているという感じで、ざっくばらんなものでした。大学近くで待機する母親に子どもたちを預けて、夫婦で教室に潜入してきました。

プロ野球選手やJリーガーも「引退試合」ができるプレーヤーなど、ごくごく一握りです。一部上場企業の社長でさえも、退任の際にそんな機会を持てる人など滅多にいないことを考えると、こうして現役学生のみならず、卒業生や以前奉職していた大学の教え子にも予め告知して興行を行うことができる(自著本のサイン会まである・・・)大学教授という仕事の終幕は、かなり華々しいものです。

学校行事でのPTA代表挨拶や共通の知人の結婚式でのスピーチなど、昔から人前でしゃべることに関しては安心して聴いていられたものでしたが、こと授業となると未だかつてナマで目撃したことはありません。でも息子の一人としては、曲がりなりにもこれで長年食わせてもらったわけですから、最後の最後に講義を一度覗いてみるのも一興だと思ったのです。

それでも齢70で本当に大学の講義なんて出来るのか? という素朴な疑問が拭えませんでした。なぜなら年末年始に帰省したときに、同じことを何遍も訊いてきたり、横になる時間がめっきり増えたりと、これといった大きな疾病はないものの、さすがに急速な衰えを感じざるを得ない場面が少なからずあったので、せっかくの晴れの舞台で途中倒れたり、頭真っ白状態で立ち往生したりしねえだろうなあという心配があったのです。

そんな身内の不安をよそに、父は90分の間、聴衆を飽かせることなく熱のこもった授業を展開しました。日頃の緩慢な動作や、すっかり悪くなった滑舌の主とは全く別人のような姿を目の当たりにして、ちょっと吃驚しました(゜д゜) それは老いとは関係ない職人芸ともいえるし、「自分の好きなこと」を長年仕事にしてきた人だけが持つ凄みなのかもしれません。

それにしても、久しぶりに大学で講義を聴きました。といっても在学中もあまり授業に出席していなかったんですが(´∀`;)、大学の教室は教師を見下ろすことになるのだなあと改めて感じ入りました。階段状の座席構造がコロシアムや劇場に近いので、講義をする者は上からの視線に耐えなくてはいけません。したがって大学教員には「演じる」要素が多分に求められるのではないかと。 反対に小中高の授業は教壇から教師が生徒を見下ろす形になりますが、これは管理や統率の必要性が強いからでしょう。

城山三郎の『今日は再び来らず』の中に、こんな予備校経営者の持論が出てきたことをふと思い出しました。


「わたしは、理想的な予備校教師としては、五つの資格というか、五人分の人格が必要だと考えているのです。つまり、当然のことながら、学力学識の豊かな学者でなくてはいけません。もっとも、それがあまりにも学究的(アカデミック)であったり、ひとりだけで突っ走ってしまうタイプでは困りますがね」

「次によき教師は、芸者であり、役者でなくてはならない。つまり、生徒の心をのみこんで、楽しませてやる。演技、演出ということも考える。踊りを踊れというのではなく、表現を豊かにして、客を飽きさせないこと、広い意味で、名優であり、芸達者でなくてはいけない」

「易者であり、医者でもあること。入試問題を占うだけではなく、受験界全体、あるいはその生徒の未来を見渡して、適切な忠告を与えてやれること」

「いちばん大切なのは、熱意です。わたしは、教育とは情熱だと考えています。これがなくては、どんなに五人分兼ね備えても、どうにもならない。逆に、情熱さえあれば、必ず、今言ったような能力が、次々に芽をふいてくるものなのです」



①学者
②芸者
③役者
④易者
⑤医者

上記は予備校講師としての資質を説いているので④はちょっと特殊ですが、それ以外はどんな教師にもあてはまると思います。でも①~⑤より上位にくるのが「情熱」だと言っているんですね。

私の家族は弟も高校教員なんですが、彼らを常々見ていると教師に最も必要な資質とは、「kindness」ではないかと思い知らされます。その昔、「卒論書けましぇ~ん」とせっぱつまった学生から自宅に何度もかかってくる電話に対して、それはもう懇切丁寧に対応していた父の後姿が目に浮かんでくるし、弟も残業代がつかない補習に延々付き合ったりしているようです。こういう親切なところを、生憎私は持ち合わせていないので、やはり教職には適性がなかったんでしょう。

講義終了後の茶話会では、新刊本のサイン会が別教室で行われ、現役・OG合わせた長蛇の列ができました。終了まで1時間半近くかかったそうです。作家のサイン会とは違って、いちいち話し込んだり記念撮影するので、なかなか終わらないのです。われわれ家族は別会場に移動して、国立大学時代初期の教え子の方の集まりに参加させていただきました。30年前の卒業生の皆さんはもう50代になっており、時の流れを痛感しましたが、大阪や名古屋からも駆けつけてくださった方もいたようで、父も母も感謝感激の面持ちです。

当時の私は今の長男と同じくらいの学齢でしたが、あのくそ狭い3DKの官舎のどこに、あれだけ大勢の学生さんたちをお招きするスペースがあったんだろうと、今考えると実に不思議ですが、お互い若かったから貧しくともエネルギーが横溢していたんでしょう。昭和50年代でしたが、大学教師と学生に限らず、会社の上司がしきりに部下を自宅に招いて酒を飲み、奥さんの手料理を振舞っていた活気のある時代だったのです。

たいていの人は、家と外で全く違う顔を見せるものですが、家族には不評だった父のあまりの熱狂的な人気に当てられて、帰り道にしみじみ考えてしまいました。


あのう、家庭でも会社でも不人気な私はどうすれば・・・(;´Д`)/

まあ、その分お客さんに好かれればいいんでしょうけどね。



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2 コメント

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Unknown (kochikika)
2008-01-28 22:26:18
エントリのタイトルがかっこいいです。
それから、羨ましいですね。お父様も音次郎さんも。
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ありがとうございます (音次郎)
2008-01-29 05:38:46
>kochikikaさん、こんにちは。
お褒めいただき恐縮ですが、父に云わせると、70歳定年といっても、30歳くらいまで親や奥さんのスネを齧っていた教員は、同世代の人よりデビューが遅いので、これでようやく帳尻が合うんだそうです。
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