マル鉄回顧録

鉄道写真・鉄道模型を始め、バスやトラックなど、乗り物中心のブログです。昔の写真はマル鉄鉄道写真館で再編集しています。

新年撮影初め本番:千代田線6000形・203系篇

2008-01-09 05:15:41 | 写真撮影
またまたまた平成20年1月5日、新年撮影初めの続きです。
Swallow Angelさん http://do-raku-oyaji.cocolog-nifty.com/blog/ 、Lineさん http://diary.jp.aol.com/qegbrh4/ 、シービーさんhttp://www.blogmura.com/profile/170182.html と私の4名による撮影隊の一行は、最初の撮影地である京浜急行電鉄「六郷土手駅」から、八丁畷経由で浜川崎支線、南武線、小田急線と乗り継ぎ、「和泉多摩川駅」→「喜多見駅」と撮影し、「代々木上原駅」で昼食の後、23区を大横断して成田線「小林駅」へと向かいます。

撮影の順序が前後してしまうのですが、小田急線内と成田線「小林駅」付近での撮影の後、帰途で東京メトロ千代田線6000形とJR203系の写真を撮っていますので、少ないですがご紹介したいと思います。

まず営団地下鉄(帝都高速度交通営団)6000形は、千代田線の開業となる昭和43年に誕生して以来、平成2年度の最終増備車まで試作車を含む36編成が製造されています。
試作車から40年近くの月日が経つわけですが、今まで1両の廃車も出ていないということですから、地下鉄車両の歴史の中でも非常に信頼性・耐久性の高い車両であることが
分かります。

外観上で大きく分類すると、前期形の2段窓車と後期形の1段下降窓車が外観の特徴になっていますが、更新により2段窓→1段窓改造車もかなりの数があるようです。
また、行き先表示のLED化も実施されており、7次に亘る形態的・機能的な特徴に輪を掛けて、改造による外観上の特徴も加わり、非常に研究し甲斐のある形式のようです。

私はこれらの点について詳しくはないので、解説することはできませんがご了承下さい。


平成20年1月5日 小田急線 和泉多摩川駅にて 東京メトロ 6104

小田急線内に乗り入れている千代田線車両。
6104は、昭和46年の霞ヶ関開業に際して誕生した第1次量産形の初期車両になります。元は天地の高さが小さい2段窓でしたが、天地が小さいまま1段窓に改造され、ドア窓も初期の小さいままであるのが特徴です。この車両は、行き先表示のLED化も施工されています。



平成20年1月5日 常磐線 我孫子駅にて 東京メトロ 6024

こちらは、全ての行程が終わった帰り、乗り継ぎの我孫子駅にて撮影した6000形。
写真の6024は、千代田線用に在籍した5000形を東西線に転用させるために増備された4次量産車で、この次形から天地の大きい1段窓で、ドア窓の寸法も大きくなるなど、洗練された後期形の車両となっています。
撮影では滅多に逢うことができない「取手行き」に遭遇しました。


次に、国鉄型203系です。
昭和59年、103系1000番代車の置き換え用として誕生した、千代田線用独自の形式です。国鉄201系がベースとなっているアルミ車体車で、1次形0番代と2次形100番代があり、台車などに特徴があります。
誕生からまだ25年も経過していないのですが、E233系への置換えが発表されており、103系1000番代の時代から今なお活躍している6000形に比べ、非常に早く淘汰されてしまうようです。


平成20年1月5日 常磐線 我孫子駅にて

まだそんなに古い感じのしない203系ですが、乗り心地はメトロ車と比較して数段激しい感じがします。とても空気バネとは思えないような。
201系が殆ど淘汰されてきた現在、廃車時期としては不思議ではないのですが、メトロ6000形がまだまだ活躍しそうな雰囲気ですので、その歴然とした寿命差を感じます。

時間があれば試作1編成のみの207系900番代を撮影したいところですが、結果的に逢うことはできませんでした。どうも、帰りの電車ですれ違った様でした。
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12 コメント

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Unknown (金太郎)
2008-01-09 06:49:36
6000系がデビューしたのは昭和46年だったんですね。いまだに活躍しているのは賞賛モノでしょう。亜流の7000や半蔵門線の8000も現役だし営団の車両は息が長いですね。203系は今後廃車になるのか転用されるのか処遇も気になります。201系ベースという事は時代にそぐわないので廃車ってことでしょうか?
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Unknown (line)
2008-01-09 19:38:07
小田急新4000系増備で1000系も地下鉄直通仕業で見かける確立が少なくなりました。
綾瀬に顔を出す1000系の記録も早めにしとかないといけませんね。
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Unknown (シービー)
2008-01-09 19:51:23
まだ職場からのコメントです。
常磐緩行線内に走行している車両のなかでも、メトロ06系はまだ撮ってないです。
これだけは、なかなか当たらないのですが、通勤の時に来たりします。
いつのまにか姿を消してもわからねいですね。何しろ1編成ですから。
6000形は今見ていても、斬新なスタイルで思い切った設計をしてるなぁ~って思います。
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Unknown (キハ181つばさ)
2008-01-09 21:47:09
金太郎様
私が初めて武蔵野線に乗って遊びに行った昭和47年当時、普通に走っていたわけですから、本当に長生きしていますね。まだ置換えの計画は無いようですよ。
6000は結構撮りましたが、7000に関しては本の数枚、8000に至っては一度も撮ったことがないので、今後の課題です。
203系は転用するところが無さそうですから、201系と同じ道を辿ることになるでしょう。
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Unknown (キハ181つばさ)
2008-01-09 21:49:24
line様
そうなんですか。もう1000系に影響が出てしまうのですね。
これは益々綾瀬に行かなきゃいけなくなりましたな。
ちなみに、日曜日は待ち合わせに遅刻しそうになって、北綾瀬に寄れませんでした(没)。
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Unknown (キハ181つばさ)
2008-01-09 21:52:28
シービー様
お仕事お疲れ様です。
この間の06系は惜しかったですね。時間に余裕があれば撮れたのですが。
私も現在は常磐線方面に目が向いているので、冷めないうちに行動に移さなければと思っています。
しかし、本当に6000形が40年近く前のデザインとは思えませんね。今でも斬新なスタイルに見えます。
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Unknown (Swallow Angel)
2008-01-09 23:06:52
6000系、昭和46でしたか~。初めて乗った時は、なんて揺れない電車なんだろうと思いましたね。木目調の内装も落ち着いててシックなイメージでしたね。
当時としては片目の顔って斬新でしたね。
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Unknown (キハ181つばさ)
2008-01-09 23:42:45
Swallow Angel様
私が初めて同車を見たのが小学校4年生のときでした。異次元の車両のような感じがしました。
当時は左右非対称の顔を持つ車両というのは、大正時代くらいの電機しかなかったようですので、殊に電車としては非常に斬新なスタイルであったと思います。
シービーさんのおっしゃっていたように、字幕車は相当少ないようですので、機会があったら撮影をお奨めいたします。
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Unknown (京都人)
2008-06-29 17:14:48
6000系は最高 取手まで行きますが、

今までには、

柏行きと、多摩急行を、


撮影しただけですので、

また、取手行きも、

撮影したいです。

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Unknown (こう)
2008-07-17 13:57:49
6000系が登場したのが、昭和46年で、

6000系 ハイフン車 6000-1

は引退後も保存されますし、

6000系 最終増備車は、

平成 2年なので、

まだ、新しい車両ですね。

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