マル鉄回顧録

鉄道写真・鉄道模型を始め、バスやトラックなど、乗り物中心のブログです。昔の写真はマル鉄鉄道写真館で再編集しています。

EF58122(生き延びた幸運なカマ)

2007-09-27 00:31:00 | EF58のアルバム
今日もEF58シリーズで、122号機の宇都宮運転所時代の写真をご覧いただきたいと思います。

122号機は、私が物心付いたときには既に宇都宮運転所に配置されていたようで、しょっちゅう見掛けたカマでした。

形態的には、比較的早いうちからHゴム化されていたようで、宇都宮運転所のカマとしてはイマイチ特徴的なカマではなかったようです。しかし、現在に至るまで側面フィルターはオリジナルの姿を保っています。

では、東北本線で活躍していた頃の122号機をご覧ください。


昭和60年3月 東北本線 北浦和~浦和間にて 81系シナ座を牽引する122号機


昭和60年1月 与野駅にて 81系シナ座を牽引する122号機

2枚とも、品川客車区所属のスロ81系お座敷列車の牽引に就く122号機。当時は未だ機関車運用が線別にきっちり区別されていたため、暖房装置を必要とするスロ81系が東北本線や高崎線(信越筋を除く)に入線するときは、EF58型が限定運用されていました。これは夏場など暖房を必要としないシーズンにおいても、頑なに守られ続けました。
したがって、このシナ座を牽くEF58の写真は、他の号機にも多数存在しています。



昭和60年3月 東北本線 与野駅にて ヌマ座を牽引する122号機

ヌマ座は既に12系化されていたため、基本的には牽引機を選ばない客車なのですが、私が当時局報(部内報)を毎月チェックしていた感触では、東京北局管内に乗り入れてくるときはまず良くEF58が牽いているという感じがしました。12系オリジナル色のお座敷列車も、今ではスッカリ懐かしい部類に入ってしまいました。



昭和57年6月 大宮駅にて スハネ16回送に当たる122号機

この列車は調べていたわけではなく、大宮で写真を撮っていたら偶然来たので撮ったものと思います。そろそろ10系客車も危なくなってきた頃ですね。EF58のスマートな車体は、寝台車のような幅・高さのある客車に非常に良く似合っていたと思います。ちなみに、2両目の寝台車は、控車が連結されていないところを見ると、オハネフ13とかの可能性が強いようです。

※追加画像


昭和57年 上野駅にて 急行「津軽4号」を牽引して到着した122号機

かなり改正に近い時のようで、グリーン車がなくなり、A寝台がなくなり、わずかにマニ36とB寝台が1両だけ残った寂しい姿です。
新幹線が開業すれば、客車急行列車も殆どが消滅し、EF58の運用も縮小することが目に見えていました。それでも、この122号機は誰もが予想しないほど長く生き残ったわけですね。

このように、長年にわたって東北筋を走り回ってきた122号機ですが、分割民営化を見据えた財産分与?で東海地区に移動となり、幸運にも現役としてトロッコファミリーや工臨・ユーロなど団体列車に活躍することができました。
ただ残念なことに、昨年の半ば以来休車状態にあるようで、車籍は残っているようですが、実質は引退してしまったようです。現在は茶色塗装になっているようですね。
せっかく貴重なEF58型ですから、大事に保存していただくとともに、僚機の157号機には今しばらく頑張ってもらいたいと思います。

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2 コメント

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Unknown (シービー)
2008-11-24 16:52:24
確かに122号機にはよく遭遇してました。
やはり撮ってる枚数も一番多いかもしれないです。
こうやって画像を見ると、白黒でも映えるスタイルの機関車ですね。
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Unknown (キハ181つばさ)
2008-11-24 17:29:03
シービー様
後から気が付いたのですが、片エンドのHゴムが黒・グレーのガチャ目のようなんです。追加画像が出てきたので何れアップしますが、同じ時代でもガチャ目とそうでない写真があるので、多分、片エンドだけ変なんでしょうね。
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