ねこ・ネコ・nekoな日々

ネコ6匹+陸ガメ4頭+ヒト2人、鯉・金魚・熱帯魚とメダカ
毎日ドタバタ大騒ぎのネコ屋敷です・・^^;

おジャムのこと

2018-08-18 10:18:55 | ジャム
おジャムが空へ飛んでいってしまってから すでに3週間です。


箱、好きだったよね。。


もう思い出になったか?・・と問われるとそれはNO
たぶん、どれだけ月日を重ねても「もう大丈夫」ってことはないと思う。

ジャムを保護したのは2006年7月。
ワタシがこのブログを開設したのは2006年の5月だったので、
彼女の猫生は、全部このブログに収まってます。

ブログすごい。



ジャムは12歳でした。

保護したとき、すでに8匹の猫と暮らしていた私たち。
エイズキャリアだってことが確定して、正直、どうしようと戸惑ったのですが、
ネットで知識を蓄えるうちに、
「血が出なければ大丈夫なんだね」と思うようになりました。
(エイズは血液感染なので・・)

実際、他のコと差別はしなかった。
(いつしか贔屓にはなっていたけれど・・)

幸い、ジャムはおとなしいコで、
他のコとケンカすることもなく、外に行くこともなく
群れることもなく一人も大丈夫だったので、
(相手から寄って来られても逃げないけど、自分からは行かない・・)
この12年「あ、マズイ」と思ったのは たぶん1度だけ。

どちらかと言えば虚弱体質で、
もともと眼振はあったし、
数年前から車酔いするようになったし、
免疫も弱かった、とは思う。

去年からは通院に負担をかけないように、
自宅から一番近い、ワタシの足なら5分で行けちゃう動物病院に通ってました。

自転車の後ろにキャリーを乗せて、そ~っと、そ~っと移動する。

5分の道のりを倍以上かけて行きましたが
それでもリバースすることがありました。

環境の変化にも敏感だった。。

ワタシが彼女を「おジャム」と呼んでいたのは、
ちょっと触れただけでも壊れてしまいそうなイメージがあったから・・なのかもしれません。

そんなジャム、仔猫にはモテモテでした。


ジャム、むぅ



むぅの兄弟たち




ジャムと暮らせた12年間、ワタシは色々体験し、いっぱい学びました。
エイズなんて、ちゃんと観察し、ちゃんと対処すれば、怖いことはないと思う。

できればもっと一緒にいたかった、と思うし、
もっとワタシができることがあったかもしれない。


ジャムが亡くなったことを動物病院の先生へ報告に行った翌朝・・




動物病院からお花が届きました。


すごいね、ジャム。
アナタ宛に、お花が届いたよ。

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2 コメント

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Unknown (ねこうち。)
2018-08-18 15:42:34
いつまでも、どれだけ経っても、むしろ時間が経つほど、鮮明になっていきますよね。
子猫との写真はいいですね!
子猫も何か感じてるんでしょうね、他の猫にない何かを。
エイズキャリアだったから身体弱かったのかしら?
でもマーキャットさんちじゃなかったら、12年も生きられなかったのではないかな?幸せだったと思いますよ。
贔屓になっちゃうのもわかります!
それだけ印象にも残りますよね。
別れはずっとずっと先であってほしいよね。
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Unknown (マーキャット)
2018-09-01 15:08:15
体、きっと弱かったんでしょうね。
どのくらい?と聞かれても、具体的には出てきませんが・・・。
でも、風邪ひいたり、真菌になったり、車酔いしたり・・
思い返すと色々あったかもしれません。
でも、そんなに特別扱いした記憶はないんですよ。
常に、ワタシの頭の隅の方には、ジャムはどこで寝てるのか、とか、どこで一日を過ごしているのかとかはありました。
・・それが贔屓なのかもね。
どんなコもそうですが、別れはず~っと、ず~っと先がいいです。
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