
先日カルロス・ブーザーのクリーブランド初凱旋試合がありました。
スカパーで放送されたので、ゲームをご覧になった方も多いかもしれません。
で、その試合中ブーザーがものすごいブーイングを浴びていたことにお気付きになりましたか?
では、知らない方のために、ブーザーvs.キャブズファンの仁義なき戦いの歴史を振り返ってみましょう。
今年晴れてオールスターにも選ばれたブーザーですが、ドラフト時の評価は意外に低く、2巡目指名にまで落ちてしまいました。
しかしチームの評価もあまり正確なものではないので、ギルバート・アリーナス、マイケル・レッドなどといった有名選手も、ドラフトでは2巡目の指名だったりするんですね。
で、2巡目だと何が悪いのかというと、それは契約条件です。
1巡目の選手は、指名された順位によって入団4年目までの年俸額があらかじめ決められています。
いつぐらいに才能が花開くかわからない若手選手にとって、たとえすぐに活躍できなくても、ある程度先まで年俸が保証されているのは安心できます。
チームにとっても、いい若手選手を平均より安い年俸額で数年押さえておけるので、経済的なわけです。
一方2巡目の選手は何の保証もありません。
ただ指名されたというだけで、契約するかどうかはチーム次第になります。
契約期間も金額もチームの意向で決まり、契約しないという選択肢もあります。
FA(フリーエージェント)の選手とほとんど同じ扱いですね。
だからシーズン前のキャンプなどで、FA選手とロースター枠を争ったりして契約を勝ち取らないといけないため、1巡目選手とは扱いがまるで異なります。
ブーザーの場合、名門デューク大出身である程度実力を認められていたこともあり、当時の2巡目選手としては珍しい3年契約を勝ち取っていました。
1年目で既にシーズン途中から先発に上がり、10.0点、7.5リバウンド、FG53.6%と立派な数字。
2年目には不動のスターターとなり、15.5点、11.5リバウンド、FG52.3%とさらに成績アップしました。
そしてこのブーザーの2年目にあたる03-04シーズンは、あのルブロンが入団した年。
未来の躍進を約束されたような若手コンビの結成にチームもファンも期待が大きく膨らみました。
ルブロン自身もブーザーを評して、「生涯僕のPFでいてほしい」と宣言するほどでした。
そんなわけで、「3年目は早くもオールスターか?」なんていう声も出始めたブーザーは、2年目が終わるとキャブズとの再契約交渉に入ります。
3年契約は結んでいたものの、それは2巡目のルーキーとして結んだ相場の低い金額のもの。
ブーザーの代理人(エージェント)は、「活躍に見合ったそれ相応の年俸が欲しい」とチーム側に訴えました。
3年契約の3年目はチームに選択権があるチームオプションであったため、その低い金額のチームオプションは破棄し、その代わり新たな高額の再契約を結んだ方がお互いにとって良いと主張しました。
キャブズの経営陣もこの考えに同調しました。
ブーザーの活躍度合からして、確かに今の年俸では割りに合わないという言い分もわかる。
それに2巡目の掘り出し物なので、高額の再契約を結んだにしても、FAで獲ってくるよりは安上がりだ。
こうしてキャブズはブーザーの3年目のチームオプションを破棄し、新たに6年4000万ドル(約48億円)という再契約を結ぶことになりました。
しかし、ここから事態は急転します。
キャブズが3年目のチームオプションを破棄した瞬間、ブーザーはあろうことか別のチームへトンズラを図ったのです。
キャブズの提示額をはるかに上回る6年6800万ドル(約82億円)というMAX金額で、あっさりジャズと契約を結んでしまいました。
これに焦ったキャブズ側は「約束が違う」と怒りますが、ブーザー側は「そんな約束をした覚えはない」とそ知らぬ顔。
「言った」「言わない」の骨肉の争いへと発展していきました。
しかし契約社会のアメリカにおいて、書面上での契約がなければ口約束は無効も同然。
結局ブーザー側が勝利し、まんまとMAX契約を得てジャズへの移籍が決まりました。
だが、そもそもキャブズ側が自分から低額の3年目オプションを破棄する理由などどこにもありません。
だから当然、そこにはブーザー側の主張によって動かされたという状況証拠があるわけです。
なので、ブーザー側が「言ってない」と主張することは、すなわち「キャブズ側が勝手にオプションを破棄した」と言っていることになります。
「なんだか知らないけどチーム側が勝手にオプションを切った。だから他のチームと契約する」と。
しかし明らかにブーザー側は策略を練って、それを実行に移したとしか思えません。
ジャズと契約した素早さからして、事前に下交渉をしていたのは確実ですし、そのためにどうにかしてキャブズとの“安契約”から抜け出そうと一芝居打ったという見方が自然でしょう。
口約束を信用したキャブズ経営陣が甘かったと言われればそれまでです。
でもチーム側は、安年俸で頑張ってくれたブーザーに対する“温情”からそうしました。
それが手のひらを返したように裏切られたわけです。
たとえは悪いですが、「物乞いに小銭を恵んであげたら、そいつが実は強盗だった」みたいなノリです。
この裏切り行為だけでも十分非難されて余りあるのですが、もう一つキャブズファンを激怒させた要因がありました。
当時のキャブズのオーナー、ゴードン・ガンド氏の存在です。
地元の名士であるガンド・オーナーはクリーブランドのファンに愛され、キャブズのホームコートはガンド・アリーナと呼ばれていました。
そしてこのガンド氏は盲目だったのです。
ブーザーのオプションを破棄することにリスクが伴うことは経営陣も掌握しており、当然反対意見もありました。
しかし最後に決めるのは最高権限者であるオーナーです。
温和な人柄であるガンド氏は、ブーザーの主張を信じ、オプションを破棄するという決断を下したわけです。
それもこれも全ては「活躍してくれたブーザーのために」でした。
ブーザーはこのオーナーの厚意をも裏切ったわけです。
これには地元ファンも怒り狂いました。
人の良い老紳士という風体のガンド氏が、盲目というハンデがあって普通の人よりも何かと他にお金もかかることがあるだろうに、それにもかかわらず地元ファンのためにと、当時激弱だったキャブズに自身の財産を費やしてくれている。
クリーブランド市民はそんなガンド氏に人知れず感謝の念を抱き、それゆえオーナーは地元で愛されていました。
だからこそ、「盲目で体の不自由なお爺ちゃんを、自分の金儲けのために利用してダマすのか」となったわけです。
怒りが頂点に達したファンは黙っていられず、ついには“金の亡者”となったブーザーを非難する専用サイトまで出現しました。
ブーザーという名前に、“負け犬”を意味するルーザーを引っ掛けた、『carlosloozer.com』です。
このサイトでは“ブーザーと金”“裏切り者ブーザー”をモチーフにしたユニークなイラストなどが載せられています。
(※タイトル画像は“TWO FACE=2つの顔を持つ=裏切り者”という意味)
そして怒れるファンたちはその反撃の機会を伺い、地元クリーブランドでのジャズ戦を手ぐすね引いて待ち構えていました。
しかしジャズでの最初の2シーズンは、ちょうど(?)ケガなどがあり、ブーザーがキャブズのホームコートに姿を見せることはありませんでした。
一部にはブーイングされるのが嫌で、ケガを理由に避けてるだけじゃないのか?という噂が出ていました。
そして3年越しのリベンジマッチが実現したのが、3/17のUTAH@CLEVELANDの一戦でした。
地元ファンはブーザーがボールを持つたびに容赦ないブーイングを浴びせ続けました。
試合も大詰め、第4Q残り30秒を切った場面でブーザーがフリースローを獲得。
79-73と6点差でキャブズがリードし、FTを2本決めれば4点差へと迫るこの場面。
ファンはこの日一番とも言える強烈なブーイングを浴びせ、見事にFTを2本とも失敗させました。
試合もこのまま82-73でキャブズが勝利し、地元のファンはようやく溜飲を下げました。
今年はオールスターにも選出され、来夏のオリンピック大陸予選のアメリカ代表候補にも呼ばれそうなブーザーですが、クリーブランド市民にとってはいつまでも“負け犬ルーザー”として記憶されるのでしょう。
追記:ちなみにこの“悪魔の契約”を企てたブーザーの代理人、ロブ・ペリンカは、その後ファンのみならず、同じ同業者のエージェントやNBA本部からも批判を浴びたため、ブーザーとの代理人契約を解き、所属していた大手エージェント事務所SFXも離れました。しかし、ほとぼりが冷めた(?)半年後には再びブーザーの代理人に戻り、SFXにも復帰しています。なんだかまるで、郵政民営化に反対した議員を復党させた自○党みたいですね。ちなみにこのペリンカは、コービーの代理人でもあるというのもちょっと笑えます。いろいろと悪い、いやウマイ手を使ってるんでしょうねえ・・・・