1962年 アメリカ・イギリス 228分 アカデミー賞
トマス・エドワード・ロレンスはアラビアの情勢に詳しくアラビアに同調していた考古学者である。オスマン・トルコの支配下にあったアラビア半島で、トルコと戦っていたイギリスが、イギリス陸軍情報部員としてロレンスをアラビアに派遣し、反乱を支援した。時は第1次世界大戦が始まって2年目の1916年のことだ。
ロレンスがいかにしてアラブの人々の信用を勝ち得たか、いくつかのポイントがある。
アラビアのロレンスに見る交渉術
1砂漠を案内するハリス族の男が水を飲まないときは自分も飲まず、着いてから渡す予定の拳銃を先に渡し、男の服従を強めた。
2訓練が必要だと主張する英軍のブライトン大佐を横目に、ロレンスはまずムーランの言葉を復唱し、ムーランの教えは正しいと言ってのけた。祖国を背く行為にも見えたが、相手の信頼を勝ち得ることに成功。
3有名なシーンだが、ラクダから落ちた仲間を助けるために、ロレンスは単身今来た道を逆戻りする。彼は死ぬ運命だ、と言う将校に運命なんてないと言い切る。
4ラクダの上で居眠りしていたロレンスは、それを指摘され、最初は考え事をしていたと誤魔化すがすぐに認め、二度としないと言う。同様に攻略したアカバにお金が無いとわかったらすぐにイギリスから手配するように行動した。自らに落ち度があるときはもみ消そうとせずに行動で挽回する、という実直さを表している。
このように、映画の中では「砂漠の英雄」として描かれているが、実際には典型的な二重スパイでアカバ攻略も彼の仕事ではないという説まである。当時のイギリスは「三枚舌外交」とまで言われているが、真相はロレンスのバイク事故(冒頭のシーン)とともに葬られている。
アカバ攻略まではグイグイ引っ張られて面白かった。後半ちょっとだれてしまったかな。でも名作!
トマス・エドワード・ロレンスはアラビアの情勢に詳しくアラビアに同調していた考古学者である。オスマン・トルコの支配下にあったアラビア半島で、トルコと戦っていたイギリスが、イギリス陸軍情報部員としてロレンスをアラビアに派遣し、反乱を支援した。時は第1次世界大戦が始まって2年目の1916年のことだ。
ロレンスがいかにしてアラブの人々の信用を勝ち得たか、いくつかのポイントがある。
アラビアのロレンスに見る交渉術
1砂漠を案内するハリス族の男が水を飲まないときは自分も飲まず、着いてから渡す予定の拳銃を先に渡し、男の服従を強めた。
2訓練が必要だと主張する英軍のブライトン大佐を横目に、ロレンスはまずムーランの言葉を復唱し、ムーランの教えは正しいと言ってのけた。祖国を背く行為にも見えたが、相手の信頼を勝ち得ることに成功。
3有名なシーンだが、ラクダから落ちた仲間を助けるために、ロレンスは単身今来た道を逆戻りする。彼は死ぬ運命だ、と言う将校に運命なんてないと言い切る。
4ラクダの上で居眠りしていたロレンスは、それを指摘され、最初は考え事をしていたと誤魔化すがすぐに認め、二度としないと言う。同様に攻略したアカバにお金が無いとわかったらすぐにイギリスから手配するように行動した。自らに落ち度があるときはもみ消そうとせずに行動で挽回する、という実直さを表している。
このように、映画の中では「砂漠の英雄」として描かれているが、実際には典型的な二重スパイでアカバ攻略も彼の仕事ではないという説まである。当時のイギリスは「三枚舌外交」とまで言われているが、真相はロレンスのバイク事故(冒頭のシーン)とともに葬られている。
アカバ攻略まではグイグイ引っ張られて面白かった。後半ちょっとだれてしまったかな。でも名作!