建築弁護士・豆蔵つれづれ

一級建築士・弁護士・豆蔵自身の3つの目線で、近頃の建物まわりネタを語ります。

追加・増額の制限条項が及ぶ範囲に限界はあるか?

2017年06月27日 | 裁判

建築弁護士の豆蔵です。

「請負」とは、一方がある「仕事」の完成を約し、相手方が対価である「報酬」の支払いを約する、という契約です(民法632条)。
「仕事」も「報酬」も、約束するのに足りる程度の特定されている必要がありますが、
ご存じのとおり、建築の場合は、進めながら内容が変わっていくケースが多く、さらに契約時には「仕事」の内容が曖昧である場合もあり、
追加・変更の工事費をめぐる紛争が生じる、というのがお決まりのパターンとなっています。

では、契約書の中に、工事費の追加・増額(契約変更)を一切認めない、という条項が入っていた場合はどうなるか?
請負人は、その条項を承知の上で(リスクを見越して)契約を締結したのだから、その条項に拘束されます。
そうはいっても、当該条項は、新たに発生する項目も含めて、「いかなる増額をも認めない」という趣旨ではない、という解釈があり得ます。
裁判所も、無かったものを追加した項目については、認める場合があります。

契約時から、発注者の追加が「盛り放題」と分かっていれば、誰も受注する者がいなくなって発注者側も困ります。
建設業法の「不当に低い請負代金の禁止」や独禁法に抵触する可能性も出てくると思いますので、制限条項での縛りは無制限ではない、という理解の方が妥当だと思います。

さて、ここからが本日の本題です。
東日本大震災の復旧・復興工事に当たっては、スピードを優先し、早期に数年後までの長期的な見通しを立てる必要がある等の事情により、
公共工事における従来のパターンである(契約)設計→(契約)工事の別発注、以外の様々な発注方法が模索されてきました。
設計はおろか現況の被害調査もまとまっておらず、内容として非常に不明確なまま、完成まで一括の発注も行われたケースも多いと思いますが、追加費用の清算がされている分には問題ありません。
問題は、追加・増額の制限条項が入っていた場合です。

川崎市のコンサートホールの天井崩落事故後の復旧工事(19億弱)に関し、請負人が5億円を超える追加代金を請求していた訴訟で、5000万円を市が支払う内容で和解が成立する見通しとのこと。
川崎市資料(平成29年4月27日)

市は、「設計・監理費及びエ事費は契約金額を限度とする。したがって、 設計内容及び工事内容に変更や追加等が生じても増額に伴う変更契約は行わない。」
「要求条件に合致させるために必要となった工事は当然のことながら 本件契約上、原告においてなすべき工事であって、変更(増額)する追加項目ではない。」と主張していました。

この「要求条件」が配付されたのが、平成23年6月30日の入札公告時。
同年8月10日に入札が行われ、同年8月24日に仮契約が締結されています(10月6日に市議会の議決を経て本契約)。

一方、この事故については、震災の翌年である24年3月に日本建築防災協会による詳細な報告書がまとめられ、天井落下の機序や原因などについて分析がされていますが、
その中間報告書が提出されたのは23年の9月で、要求条件が提示された時期よりも後です。

また、要求条件の内容は、優れたホールの音響を変えないことと「震度7」にも耐えられる、といった性能発注的な内容だったと記憶していますが、
その結果、施工された天井は、客観的に、従前のものとは全く別モノと評価できるものです。
川崎市資料その2(平成24年報道発表)

和解金額「5000万円」を高いとみるか、安いとみるか。
これは、人、立場によって様々だと思います。

川崎の駅前に立地するこのコンサートホールは、本当に素晴らしいです。
この素晴らしい音響を実現するために、ホールも天井も、非常に複雑な形状をしており、復旧はもちろん、当初の工事の際も、英知を結集して取り組まれたのだと思います。

なお、当初工事の法的責任をめぐる裁判は、未だ係属中となっています。

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