見えない鳥の存在: Blog版

Blog: L'oiseau Invisible
blog目的が途中から激変してしまった

呟き そのメモ

2015-05-26 | Bruxellesの原稿

昨日こういうものを見つけた。
A View from Tokyo on Regional Political-Military Developments
当然全部読んだが、ここは要点だけを引用しておこう。

ーAbe delivered a speech at the US Congress on April 29 and the following is what he said and it is crystal clear: “Post war, we started out on our path bearing in mind feelings of deep remorse over the war. Our actions brought suffering to the peoples in Asian countries. We must not avert our eyes from that. I will uphold the views expressed by the previous prime ministers in this regard.” The day before the speech, Abe stated to President Obama as well as to the world, including his fellow conservatives in Japan, that the Abe Administration would not revise the Kono apology on comfort women.
 The fact that Shinzo Abe himself said that is significant. Now that Abe said before the U.S. Congress that he will uphold the previous prime ministers’ statements that Japanese conservative or right wing politicians may no longer be able to effectively challenge the Murayama statement. This could, hopefully and finally, contribute to the making of a minimum national consensus on history issues which is indispensable for Japan (especially for the parliamentarians in the Japanese Diet), in moving forward to start pursuing a real international reconciliation with our Asian neighbors.ー

これが安倍政権の一貫した「積極的平和主義の正体」
もう左翼だけでなく右翼も保守も国を挙げて、ババを掴んだ手で、日本国民の口の中にババをこじ入れ、今あらゆる手段をつかって無理やりにそのババを胃の中に飲み込ませようとしている。
Abe's  speech at the US Congress on April 29に関して、やれ発音が悪い英語が下手だ、などどーーーでもいい、(左翼のスパイ紛いの保守による)的逸らし発言はあったが、
核心を突いた批判的発言は保守の誰からも一切無かった。

国家の名誉を守るために言論で戦ってきた保守とは、一体なんだったんだろう。
左翼そこのけ、とばかりに、自国及び祖先を陥れるために、保守の近似値100%が狂騒状態だ。ここまで来ると左翼もスパイも完全に顔負け、出る幕もないだろう。筆者の宮家氏は安倍総理夫人の教育係だそうだ。スパイではない。保守論壇の中央にいる気鋭の求められる論客である。

安倍総理は以前にもそういうことがあった。
参照1:慰安婦問題謝罪は安倍政権に致命傷
参照2:Abe expressed apology .concerning comfort women
参照3:You Tube:

関連記事:コメント18番目 こちらに若干の内容あり

さ・よ・な・ら 荒野の咆哮は、そろそろ止めにします。

Valley of the Dolls (1967)

2015-05-22 | Bruxellesの原稿

Valley of the Dolls (1967):
梅雨が近づいてきた。身動きできないその時期には、この映画を見よう。
とりあえず、Blogに保存。
今は時間が無くて、読みたい本も読めない、見たい映画も見れない、
ことのほうが多い。
不健全な梅雨を生きて乗り越えるために、少しづついまから、
保存していこう。身体を守る武器倉庫としてのBlog ペイジ。
楽しさや、喜びや、感動が身を守る武器になってくれますように。


別室の上映会(26) 異邦人 カミュ(2)

2015-05-20 | Bruxellesの原稿

まだまとめて書く準備は整っていないのだが、メモをひとつ残しておく。
私は小説でも、評論でも、参考書でも、雑誌は特に、読んだあとは処分することにしている。本に埋もれるのでなく、スッキリと暮らしたいからである。
なのに、どういうわけか、今日「生きたフランス語会話」というとても古い本を見つけた。1961年2月 雪の日に、長塚隆二、と「はしがき」にあるから、50年以上前の本だ。
その4頁で「街娼婦的英語と大差のないすさまじいフランス語や、アルジェリアの土人的フランス語で甘んじているのは、とんでもない心得違いである」という文章に出会って、仰天した。アルジェリアの土人という言葉が、フランス語の先生の口から、すんなり出てくるような時代だったのだろう。

「異邦人」という物語で、私が一番違和感を感じるのは、作者が被害者の立場を完全に物語から除外していることだ。ムルソーには被害者を悼む気持ちが完全に欠如していて、カミュには被害者に名前を与える神経すらない。行方不明になったサラマノの犬に筆を与える程にも、無残に殺害された被害者に筆を与えていない。
勿論人間生命の尊重もくそも無い。

小説発表は1942年、ノーベル文学賞受賞は1956年、カミュ43歳、戦後最年少受賞で、史上最年少受賞はキプリングだそうだ。時代背景、ノーベル文学賞の性質などが、もくもくと立ち上がってくる気がする。
かつて日本は時代の最先端を、言ってみれば創設期の国連的理念をリードする国だった、その視点を忘れずに思い出し、(順番待ちの本が10冊ほどあるので)今すぐ取りかかるというわけにはいかないが)ゆっくりと原書精読(解釈の助けにもなるので、目の調子の悪い日にはlivre audioを利用する)を開始するつもりだ。
時代を遡っておよそ100年前のその時代の日本人の視点を持って読むつもりだ。
Je suis Charlie」のまやかしの井戸の水も全部汲み出せるかもしれない。


別室の上映会(26) 異邦人 カミュ(1)

2015-05-20 | Bruxellesの原稿

Albert Camus The Stranger
English Subtitles 1967

2012年8月12日の記事を上にあげます

追記:2015年5月7日
この40数年の間に何度も本や映画に
繰り返し接しているのだが、まだもやもやとしたままだ。
最初に読んだ時に記憶に残ったのは
ムルソーが独房で読んだ古新聞の記事の内容、それだけだった。
繰り返し見ている映像は、すでに記憶に定着し始めている。
何故いま取り上げたのかと言えば、
文学的評価の根拠が何処にあるのか、どうもわからないからだ。
「異邦人」に関しては、随分沢山の評論を読み漁ったのだが
納得できるものに全く出会えないできた。
納得できない、と言うことは
私が全く違ったとらえ方しか、どうしても出来ないからだ。
思い切って今回自分の感想を書き残そうと思っている。

昔、東梅田に「ムルソー」というJazz喫茶があった。
そしてその頃、何故だか知らないけれど
サルトルやカミュは、自分にとっては一番身近な友達だった。
今から思えば、それは単に「若者の流行」に過ぎなかったような気もする。
今のところ映画に関しては、マストロヤンニとムルソーのイメージギャップ
が一番堪えている、とだけ記しておく。

追記:2015年5月8日 
今翻訳本を読み終えた。
前回読んでから10年くらいの年月が経過した。
この10年でしたことと言えばシャンソン史の研究? 
それで一点知識が加わって
前回素通りしたところの意味が、今回はすんなりわかった。
ムルソーとマリーが見た「Fernandelの映画」に関して
パッと瞬間的にFernandelの顔が浮かんで、ついでに
Fernandelの息子の顔までが浮かんだ。
馬面と言う言葉はFernandelのためにある、と言うような顔の
喜劇役者で歌手でもあるのだが、息子が親に似ずハンサム
完全に話題がそれてしまったが、Fernandelの代表曲の動画を
参考資料として右に置いておきます。Fernandel :


鐘の鳴る丘 ・ 第一篇 『隆太の巻』(1948年)

2015-05-16 | Bruxellesの原稿

鐘の鳴る丘 ・ 第一篇 『隆太の巻』(1948年)
いずれ続編を出す予定、見ないことには話にならない

追記:2015年5月17日
鐘の鳴る丘 ・ 第二篇 『修吉の巻』(1949年)
参照:エドワード・ジョゼフ・フラナガン
早々に名前が出てきた
参照:少年の町 & Boy's Town Boy's Town & Boy's Town :

鐘の鳴る丘 ・ 第三篇 『クロの巻』(1949年)

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参照&連想: Chasing a Rainbow: The Life of Joséphine Baker

追記:2015年5月20日
鐘の鳴る丘、から話は脱線するが
Joséphine Baker に関して以前調べて
記事を書いたことがあるのでリンクして出しておく。
Josephine Baker


ソマチッド理論

2015-05-14 | 死神との綱引き

ソマチット:
懐かしい名前に出会った。私の父は1960年に胃がんで亡くなったが、そのとき治療薬としてSICが用意されていた。しかし、手術でふたを開けると、患部を切り取って取り出せない状態だったので、何もせずにすぐにふさがれた。つまりその時点で、治療が放棄されたのだ。久々にSICという名前を見て、父の手術の当日のことを思い出した。父は手術後一週間もたたないうちに亡くなったような気がする。父の手術の日、私は家でひとりで、病気で寝ていた。父の葬儀の日は、医者に往診に来て貰って、きつい注射を打って辛うじてお焼香だけは出来たが、焼き場へは行かずに親戚の家でぜーぜーいいながら、やはりひとりで寝ていた。
小学5年生だった。私はあの父の娘であることを今も誇りに思っている。


ガストン・ネサンの「ソマチット論」

ソマチッドに関する日本ソマチット学会の公式見解

ソマチッドは生命の前駆体か?電子とソマチッド

ガン治療器(AWG電子照射機)

Fanciful Claims for 714X

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ソマチッドとUFOと同じ扱いだけど
何に効果があるのかも良くわからないけれど
住所があるので、追記:

追記:2015年7月2日
ソマチッド療法の解説


British Imperialism - 又は白人の横暴

2015-05-13 | Bruxellesの原稿

British Imperialism - Documentary
期待したような視点のFilmではなかったが
視点の拡大と言う意味で見る価値は充分あった。
タイトルから想像すると、かなり物足りない。

A History of Racism :
A documentary which is exploring the impact of racism

2015年5月10日
参照:Bartolomé de las Casas
参照:The Tempest
参照:古代ギリシアの奴隷制

What Scientific Racism Did to The Blacks World Wide

2015年5月13日
参照:「人間改良計画」の闇
参照:Hans F. K. Günther
参照:Tasmanian Genoside

ちょっと話が逸れるけれど:
1st Genocide of the 20th Century Namibia Pt 1
1st Genocide of the 20th Century Namibia Pt 2
1st Genocide of the 20th Century Namibia Pt 3
1st Genocide of the 20th Century Namibia Pt 4
1st Genocide of the 20th Century Namibia Pt 5
1st Genocide of the 20th Century Namibia Pt 6
参照:ヘレロ・ナマクア虐殺
2015年5月14日 現代のナミビア?
Days in Namibia & Days in Namibia 荒野の石くれ


kunta kinté "RACINES" 

2015-05-04 | Bruxellesの原稿

長編映画なので、少しづつおいていきます。
とりあえずフランス語版が見つかったので。

Épisode 1 (parties 1/2)
Épisode 1 (parties 2/2):

前から見たいと思っていた「ルーツ」
日本でTV放映された時は、見ていない。
後に一部、レンタルビデオで見た記憶がかすかにあるのだが。

追記:2015年5月5日
kunta kinte
Épisode 2 : L'arrachemen (parties 1/2)
RACINES
Épisode 2: L'arrachemen (parties 2/2)

追記:2015年5月7日
RACINES Épisode 3 (parties 1/2) ;
最初のクンタ・キンテは魅力的な俳優だったが
2番目のクンタ・キンテは、役者の顔が変わりすぎていて
イメージの変更を余儀なくされた。
顔はどちらかと言うとかなり異形で、
権威と権力をそがれたアメンホテプ4世を連想してしまった。

Racines - Episode 3 (Part2).avi 短編の方
Racines - Episode 3 (Part3).avi 短編の方

追記:2015年5月9日
Racines - Episode 4 (Part1).avi
Racines - Episode 4 (Part2).avi

追記:2015年5月19日
Racines - Episode 4 (Part3).avi
Racines - Episode 5 (Part1).avi
Racines - Episode 5 (Part2).avi

追記:2015年5月23日
最初のクンタ・キンテの役者が魅力的だったのだろうか
あの役者がいなくなった頃から内容に興味が薄らいできた。
探すのも、みるもの大変な時間を取るので
この映画はこれまでとする。
アフリカ人のたどった運命や歴史に
一時でも関心を持つことが出来れば、それでいい。

この曲を聴きながら
私の黒人の友人、Mr.Brown(アメリカ人)を思い出してみる。
日本人と聞くブルースはかっこいいが
黒人と一緒に聞くと、悲しみでやりきれなくなる。
私のもう一人の黒人の友人、カメルーン人のポールは
ブルースなど聴かない、熱心なJazz Fanだ。
この曲を聴きながらPauleのことを思い出そう。