波士敦謾録

岩倉使節団ヨリ百三十余年ヲ経テ

領土拡張が国家を危機に陥れる秋(とき)

2005-08-21 16:44:24 | 雑感
 先週米主流報道媒体は,加沙(Gaza)地区における不法残留の猶太人(Jew)が排除される様子に時間枠を割いていた.同地において当局の命令に従わず強制排除された連中の殆どが,愛媛県・杉並区等の歴史教科書採択で暴れまわっていた余所者の過激派と同じく,同地への元々の入植者ではなく,政府の撤退方針に反対の連中が俄かに世界中から同地に流れ込んで当局に抵抗していたのだった.
 一週間前のNY Timesの日曜版に掲載されていた記事で,今回の撤退が決定された背景として二つの理由を挙げ,そのうちの一つが,世界から以色列(Israel)に期待した程の大量の移民がなく,かつ,巴勒斯坦人(Palestinian)の出生率が猶太人の其れを大きく上回っているため,大以色列主義により占領地区を本土に併合すると,巴勒斯坦人を以色列国民として認めるか,それとも国際的な批判を被り国家の存亡を懸けること覚悟で彼等を国外追放処分をするか,という厳しい選択に追い込まれ,たとえ前者を選択しても一人一票という民主主義国家の原則を守れば,前述の出生率の格差で拡大した以色列内において猶太人が近い将来少数派に転落するという破天荒な未来像しかない.よって,猶太人の多数派が維持できそうな現在の領土で満足することが肝要で,かつて大以色列を目指して占領地への猶太人入植を唱道した連中により,今正に,国家の存亡を懸けて同政策の撤回が進められている,という皮肉な結果となった.
 今回の撤退の二番目の理由として,前掲のNYT記事では,巴勒斯坦人側の自爆攻撃等による抵抗の激しさとそれに対する以色列側の軍等における厭戦気分を挙げていた.なぜ巴勒斯坦人を力ずくで封じ込めることに以色列軍が躊躇するようになったか,以色列は男女とも兵役の義務があり,志願による職業軍人でない者が暴徒鎮圧の最前面に押し出されるわけで,国民全体に戦意が漲(みなぎ)っていない状態であれば,社会の縮図である徴兵の戦意が低いのも当たり前で,各種の徴兵忌避の手段が編み出されているようだ.
 NYTの記事では触れていなかったが,猶太系の以色列人の人口構成が変化していることも此の背景にあると思われる.数年前に見たCBSの報道番組60 Minutesで放映された報告では,以色列では世俗的猶太人の出生率が急速に低下する一方で非世俗的猶太人の出生率が急増していて,問題は,後者は宗教上の理由で兵役の義務を回避できる点にある.即ち,兵役に就ける人口割合が低下する傾向にあり,このままでは,国民の自己犠牲による国防意識が低下し,建前上,民主主義の国である以上,多数派=非世俗派の支配するところとなり,念仏を唱えていれば国は大丈夫というような亡国の思考が国に蔓延してしまうのではないか,これは猶太人にとって何時か来た国家滅亡への道ではないか,という世俗側からの批判だった.
 もし,日本が1941年の日米衝突を回避していたならば,どのように朝鮮半島,台湾,そして満洲国の将来像を描いていたのだろうか.台湾にしろ,朝鮮半島にしろ,和人が多数派でなかった以上,何時かは自治区,そして独立という道をとらざるを得なかったはずだ.連邦国家の道を求めたならば,国名の「帝国」を削除しなくてはいけなかっただろう.また,満州国を日露間の戦略的緩衝国,丁度,露西亜が支那との間に緩衝国として1921年に創り出した蒙古のように仕立てるのであれば,満洲国政府への日本側からの官僚の派遣廃止,関東軍の撤退が不可欠だったに違いない.この点については,中川八洋氏の「遅すぎた満洲事変」論が全てを語っていると思う(『大東亜戦争と「開戦責任」』(『近衛文麿とルーズヴェルト』の再刊本)参照).世界の歴史を見れば分かるように,米国ですから,政変による布哇の編入は言うまでもなく,自国の太平洋戦略を左右する巴拿馬運河を自国の意のままに使用するため,哥倫比亞(Colombia)の一州であった 巴拿馬(Panama)で「独立運動」を俄に創出させて,1903年に独立国家(実質米国の傀儡国家)に仕立て上げ,国際的な認知を得ることに成功したのだった.此の様に手本とすべき前例が多々存在していて研究・学習可能だったにもかかわらず,日本の満洲国建設の過程を見ていると,露西亜のような残虐非道も躊躇しない力任せによる共産化でもなく,米のような民族自決の錦の御旗を振り翳して国際法や国際的常識に出来だけ従って傀儡民主国家を創出するような狡智さも不十分という,自国の本音が赤裸々な剥き出状態のままの中途半端な建国に終わっていて,当時の日本人の戦略的思考の限界を如実に示している.
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