波士敦謾録

岩倉使節団ヨリ百三十余年ヲ経テ

TBS制作の『タイガー&ドラゴン』を視て

2005-08-05 01:22:51 | 雑感
 日本のTBSが今年4月から6月にかけて放映していた『タイガー&ドラゴン』(http://www.tbs.co.jp/TandD/)を知るきっかけとなったのは,糸井重里の網頁『タイガー&ドラゴンwithほぼ日テレビガイド』(http://www.1101.com/TandD/index.html)だった.結局全11回を通しで視たのは番組終了後一ヶ月程経った先週だったが,やはり放送と並行して視なくて幸いだった.と言うのは,放送と並行して視ていれば,次週の回はどうなるのか等あれこれ揣摩臆測して貴重な時間を浪費していたに違いないからだ.
 大学入学後のTV無しの10年間が始まる前は,大衆演芸物は落語を含めてあれこれ満遍なく視ていたと思うが,かといって古典落語に強い関心をもっていたわけでもない.落語をある程度知ることになったのは,TVではなくニッポン放送の早朝ラジオ番組「早起きも一度劇場」だった.東京の放送が四国の片隅で聴ける時間帯は,当時,夜から早朝に限られていて,深夜放送の「オール・ナイト・ニッポン」が朝5時終了して暫くの間は何とか聞ける電波状態だった.5時から確か短い報道番組が間にあったのか,それとも番組の冒頭に報道が挿入されていのか忘れてしまったが,「オール・ナイト・ニッポン」の後続の番組が「早起きも一度劇場」だった.「早起きも一度劇場」は,落語,浪曲その他の古典的録音を放送していた番組で,番組の冒頭には「東京オリンピック」で日本が女子バレー・ボールで優勝した瞬間の実況中継が挿入されていた.五代目古今亭志ん生の「火焔太鼓」や「唐茄子屋政談」を最初に聴いたのも当該番組で,『タイガー&ドラゴン』の第一回の元ネタである「芝浜」や浪曲の二代目広沢虎造の十八番「清水次郎長伝・石松三十石船」も当番組で知った.TVを持っていなかった10年間は,新宿の末廣亭(http://www.suehirotei.com/)で生の落語を一度観ただけで,落語とは殆ど縁が無かったが,故滝田ゆう氏の古典落語を描いた漫画を読んだのは此のTV無しの時代だった.
 『タイガー&ドラゴン』の各回において,元ネタの古典落語を当時(江戸時代)風に再現したものが含まれていたが,1970年代前半,古典落語をネタにした御笑い時代劇が何処かのTV放送網で日曜日夕方放映されいた.今でも覚えている配役が,岸部シロー(四郎)が演じていた若旦那で,「酢豆腐」の回では酢豆腐を食べさせられたり,「幇間腹(たいこばら)」の回では俄か覚えの鍼を幇間に打っていた.
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