波士敦謾録

岩倉使節団ヨリ百三十余年ヲ経テ

今年の終わりに

2005-12-31 23:53:23 | 雑感

今年もあと数時間を余すだけとなった.米国の建前と乖離した選挙・投票実態について触れたのが,約三ヶ月前の9月だったが,その後,このような状況について比較的知名度の高い米大学教授が以下のような著書を今秋上梓した.

Fooled Again: How the Right Stole the 2004 Election & Why They'll Steal the Next On Too (Unless We Stop Them) by Mark Crispin Miller.
New York: Basic Books, 2005.

同著者の網誌は以下のとおり:
http://markcrispinmiller.blogspot.com/

当該主題については,米国人でありながら英国の報道機関を通して活動しているGreg Palastの網站でも扱われている:

http://www.gregpalast.com/columns.cfm

米国の電子投票の問題については,以下の団体が老舗的存在で,電子投票機業界と米共和党系政治家の密着ぶり等が同団体のBev Harrisによる単行書"Black Box Voting:Ballot Tampering in the 21st Century"において暴露されている:

http://www.blackboxvoting.org/

また,以下のVotersUnite.Org等も電子投票についての有益な情報を提供している:

http://www.votersunite.org/

上記のMark Crispin Millerは,一昨日Air America Radio(http://www.airamericaradio.com/)のMike Malloyが代替登板した番組に電話登場したが,彼によると同書の全米地方営業で或る書店で販促署名会を行った際,昨年の米大統領選挙本選で民主党候補になったJohn Kerry米上院議員と遭遇したそうだ.昨年の選挙では再集計を強く要求せず「敵前逃亡」したとみなされている彼に対して,電子投票の問題その他について敢えて質したところ,同上院議員は当該話題についてそれなりの関心を示し,状況改善については意見が一致したらしい.後日,署名会で会話について同教授が他所で述べたところ,同議員の事務所から会話を否定するような公式声明が出されたとか.また,同教授によると左翼系の老舗雑誌Nationも如何様電子投票や選挙・投票妨害については沈黙を守ったままだとか.公民権擁護の砦とみなされている左翼系媒体,言論人,政治家がこのような自己欺瞞的沈黙を守り,如何様電子投票機の導入が民主党の最後の牙城とされる北東部の州で今後進行すると,南部等で出来した事前調査結果を覆すような破天荒な選挙結果が来年以降見られるかもしれない.例えば,2008年の大統領選挙に彼是取沙汰されている紐育州選出のClinton上院議員は来年再選の年になっている.紐育州,特に保守的なUpstateの郡において来年11月の投票日までに如何様電子投票が浸透すれば,大統領選挙どころか,自州での再選すら果たせず惨敗という結果もそれなりに現実的な予想となる.
 現実志向の左翼人が,公民権については保守的な連中よりも敏感な筈にもかかわらず,選挙・投票妨害の存在に沈黙している様をみていると,現米政権に嵌められた対伊拉克(Iraq)軍事介入賛成と同等のものを感じてならない.選挙上現実的な選択肢とは見做されない,左端的な「組合同伴者的かつ空想平和主義的人権派」と十把一絡げされることを恐れる余り,より中道的な旗幟を鮮明にするため,本心以上に保守ぶることが間違いの始まりなのではないか.より現実的(tough)な選択肢(候補)として見做されたい為に,自分本来の立場とは多少離れた所に位置付けする身の程知らずの慣れない「突っ張り」を米現政権に足元を見透かされて上手く釣られてしまったのではないか.
 今月,また今春頃より続々と暴露されてきた米現政権を取り巻く闇の存在は,2001年の9月11日事件以降の「戦時下」において,政権との協調(野合)の道を選択し,政権に白紙委任状を与えてしまったた野党民主党に後悔・慙愧(ざんき)の念を今抱かせているに違いない.「『戦時下』とは言え,法を超えてあそこまでやるとは思わなかった」米現政権による国内の野放図的電話盗聴が今月になってNY Timesにより漸く暴露された.報道の内容はともかく,米国の主流報道媒体の死体(しにたい)的状況の証左になっているのが,この記事を同紙が現米政権に譲歩して一年程握り潰していたという背景だ.昨年の選挙前に同紙が報道していたならばどうであったか.NY Timesを左端紙呼ばわりする日本の保守系網誌をよく目にするが,安易な常套句の受け売りであることが分かる.
 米政権が内国の電話盗聴を法で決められた特別裁判所に対する「事前あるいは緊急時の事後の仁義」を切らず野放図に実施するようになった背景が,恰も点が繋がって線になるという感じで徐々に明らかになりつつある.2003年の3月末に米軍等が伊拉克に軍事介入する直前の同月初頭,国連の安全保障会議の理事国が盗聴対象になっていたことが英紙Observerで暴露された.そして,今春,米国代表国連大使の米国連邦議会上院での承認過程で指名候補が上記の国連での盗聴や国務省等の政府関係者に対する盗聴にも関与していたことが明らかになった.そして今月,9.11事件以降現政権の行っていた電話盗聴の多くが,法的な手続きを経ていないことがNY Timesにより明白になった.現政権がなぜ事後承認手続きをも認めた特別裁判所の過程を通さず盗聴を勝手に始めたかであるが,反米過激派の破壊工作を挫くための喫緊(きっきん)の盗聴ではなく,対伊拉克軍事介入の地均し・情報収集の一環として国連の他国外交官や政権内部関係者に対するものであったため,裁判所の否認を受けることが多くなり,よって国家安全保障という「錦の御旗」的大義名分による適当な解釈により裁判所を迂回して勝手気ままに盗聴を始めたのではないか,と推測する情報が網路上で見られるようになった.野放図な盗聴が昨年の大統領選挙の際に活用されたのかどうか等については不明だが,1972年,1980年の大統領選挙の際に共和党側から民主党候補に対して行われた非合法情報収集を思い出すと,あれこれ揣摩臆測されても仕方ないであろう.
 21世紀の今,自由民主主義の唱導国として自負して止まない国ですら,「戦時下」においては,国家安全保障を楯に,盗聴にしろ,拷問による情報収集にしろ法治の土台を揺るがした政治が行われている.ましてや60数年前の日米開戦後日系米国人の憲法で保障された権利を無視して,内陸等の強制収容所に送り込んだ実績を持つ国であり,更に,40年程前まで非白人の公民権にあれこれ制限を加える州法が国の憲法解釈上認められ,白人が黒人を殺害しても無罪放免が異常ではなかった国なのだ.この程度の建前と本音の乖離に驚いていてはいけないのかもしれない.
 現在伊拉克で進行中の旧政権担当者の裁判は,日本人に極東軍事裁判の意味を再考させる格好の教材と思われるが,米国の対伊拉克政策の一周期の終焉をも示唆している.或る駆け出し中の暴力を厭わない活動家を育てて伊拉克の大統領にまで盛り立て,自らの対伊朗(Iran)政策の失敗を伊拉克の軍事行動によって埋め合わせようとしただけでなく,二股をかけて両者の疲弊による傷み分けを画策した.科威特(Kuwait)との油田騒動で両者の蜜月は終了し,かつての戦略的相手は悪の権化に祭りあげられ,挙句の果てには物理的に一撃抹殺されるところであったが,極東軍事裁判の東條英機同様,将来米国に逆らう者への見せしめとして,裁判という「市中引き回し」という曝しを十分経てから,処刑(場合によっては無期懲役)にされるに違いない.米国自ら怪物を育て飼い主の手を噛めば処分するという過程は,米国の裏庭的存在の中南米では当たり前であったが,1979年伊朗では,前例を覆す原理主義政変があり,伊朗は当該周期から離れてしまった.来る2006年,あれ程肩入れした伊拉克が「合法」的に,1930年代の独逸同様,憲法を停止して伊朗同様の国体を目指したり,支那の三国志よろしく,二ヶ国足す一地域に実質分裂状態に陥る可能性がないとは言えない.当該二ヶ国が米軍に対してどの程度その出来にかかわる恩義を感じるかによって来年以降の米軍駐留の命運が決定されるに違いない.
 © 2005 Ichinoi Yoshinori. All rights reserved. [Last Update:12/31/2005/ EST]