脳内出血になっても、フツーのおばちゃんに戻りたい

35歳で脳内出血で倒れた「わたし」のリハビリ記録&その後

ひとことの重み

2007-02-15 13:00:01 | 幼稚園で
ちょうど去年の今頃、私はまたまた忙しく行動していました。
幼稚園も3学期に入り、そろそろ卒園&入学準備。
で、私たち鳩ママは、最後の公演に向けて練習をしていました。
この、鳩ママのことについては後日。。。
と同時に、またまたママさんコーラスにも参加していたのです。

卒園式の前に、お楽しみ会というのがあり、そのときに鳩ママもママさんコーラスも発表ということになっていました。

ママさんコーラスは今回も有志のお母さん方が参加したのですが、ほぼ前回のメンバーと何人か初めて参加の人。やはり、これで最後ということもあり、参加する人は若干ですが増えていました。

1月半ばから、ほぼ1週間に1度のペースでコーラスの練習がありました。その合間をぬって鳩ママの練習。
ほぼ毎日幼稚園に行ってる状態

さて、コーラスの練習があったある日の帰りのこと。
息子と同じクラスの子のお母さんと帰り道が同じになりました。もちろん、そのお母さんもコーラスに参加していますが、今回が初めてでした。
そのお母さん、最初は不参加のつもりだったのですが、仲のいいお母さん友達に誘われたことと、やはり最後だということもあり、自分で 不参加参加 と記入しなおしました。私はその場にいました。

で、帰り道。
「もう嫌になってきたワ。みんな、シンコペーションのリズムも取れへんのやから。もうちょっときちんと歌って欲しいわ。」
と愚痴り始めたのです。
曲目に「手のひらを太陽に」があったのですが、どうもその曲のことらしい。
「こんなん下手なんやったら、ママさんコーラスなんて参加するんじゃなかったわ」



参加すると書き直したのは、ご自身の意思ではなかったのでしょうか?

そのうえ、
「こんなんやったら、本格的なコーラスの団体に歌いに行こうかしら」

またまた、ん

誤解を招くといけないので・・・
別に私はこのお母さんの悪口を書こうというのではありません。
何か勘違いされてるんじゃないかなあ、と思って。。。

考えてみてください。幼稚園のお母さんの集まりです。すべての人たちに、専門的な音楽経験があるわけではありません。ですから、ママさんコーラス、お世辞にもメチャメチャ上手いとはいえません。でも、毎週、忙しい中を、余程の用がない限り、ほとんどのお母さんが練習に参加してるわけです。子供たちに
お母さん、歌ってるよ
っていう姿を見せてあげて、子供たちを喜ばせてあげようという思いの表れだと思うんです。
ママさんコーラスの主旨は、やはり子供たちを喜ばせてあげようということ。
だから、特別上手くなくてもいいと思うんです。
このようなことを、このお母さんに言いました。

そして、私自身も、リズムがおかしいと気づいた点があり、こっそり指揮者のお母さんに伝えました。すると、その指揮者のお母さんは、ここはこうですよって、みなさんに指導してくれたわけです。

私の考え方はおかしいのかなあ。

で、私。
「鳩ママでもこのあいだ、楽器の演奏したし、歌も歌ったりしたけど、ブラバン(吹奏楽)やってた人間としては、正直、下手くそだと思う。もっと上手い演奏が出来たらなあって思う。でも、子どもたちを喜ばせるということが目的だから、プロみたいに上手な演奏じゃなくてもいいと思う。もしホントにプロみたいな演奏を要求されるのであれば、鳩ママなんてやってる意味ないんじゃないですか?」
って。

それに対しては何も応えず。。。

そして・・・

「ところで住田さん、クラリネット吹けるんやね。」
「ええ。でも右半身がこんなだから、右手がいうこときかないし、もう無理。かろうじて、左手で押さえて出る音だけならなんとかなるけどね。だから、かわいそうやけど、楽器は家で寝てるようなもん」
「そんなん、まだいいやん。私なんかチェロやってたけど、倉庫に眠ってるもん。ああ、もったいないワ」

ん?

でも、その人の場合、その気になれば身体的には演奏できる状態にはあるわけで・・・
私の場合、吹きたくても、身体的に吹ける状態ではないわけで・・・

ちょうど分かれ道。
「それじゃあ、また」
そう言って分かれた途端、涙が溢れ出しました。

コーラスに対する言葉もそうだし、楽器のことに対する言葉も、一言は重いですよ。

もし、この記事を読まれた方で、これは違うよ~、とか、こうなんじゃない? とかいうご意見があれば遠慮なく書き込んでくださいね。お願いします。

心のリハビリ

2006-12-07 18:02:25 | 幼稚園で
鳩ママの部長のUさん。
うちの子供とUさんの息子さんが同じクラスで結構なかよし。
そうなると、親同士も自然に会話が多くなります
当然、私の病気のことも気にしてくれていて、
いろいろと相談にのってもらいました。

幼稚園の参観(1ヶ月に1度くらいある)で、お母さんと一緒にやらないといけない工作の作業が上手くできない。

何よりも、教室が2階だったので、階段の上り下りに時間が掛かる。

どうやっても他のお母さんより少しテンポがゆっくり。

そんなとき、Uさんが
「あせらなくても大丈夫」

なんだか、ほっとしました。

後の話ですが、Uさん自身、一時期息子さんのことでカウンセリングに通っていたとのこと。息子さんが、いわゆる ”問題児” で、年少さん(だから1年前かな)のときに部屋で暴れたり、親の言うことをきかなかったり、モノを投げたりという状態だったよう。
だから、ほかのお母さんからも陰口を言われ、家で涙し、何度も園長先生に話を聞いてもらったこともあるそうなのです。

でも、カウンセリングによって、自分自身の気持ちがプラスに向いてくると、
自然に子供も暴れたりすることが減ったんだそうです。
つまり、親のあせりや押し付けが子供を苛立たせているんだということがわかったそうです。

「だからね、私思うんよ。
 人間ってね、心が前向きだと
 自然とまわりが変わるし
 自分のまわりに前向きな人が集まってくる。
 だから○○さん(私のこと)も
 前向きな姿勢で頑張ってきたから
 ここまで回復できたんと違うかなあ。
 だから、あせずに、だよ。」

なんだか、自分の中でつかえたものが、ポロッと取れたような気がしました。

病院では手足の、いわゆる身体的な治療やリハビリをして、よくなっていくけれど、心の治療はしてくれません。というか、普通しないよね。

私にとって日常生活を送るということは、
同時に心のリハビリをしていくことなんだなって。
つらいこともあるけど、私なんかよりもっとつらい目にあっている人だっているかもしれない、いや、いるでしょう。
人と関わっていくことで、自分自身を見つめなおし、そして相手のいいところを吸収して自分の心にも元気が出る。

と、こんなふうに、心のモヤモヤが少し溶け始めた頃
運命の1本の電話が・・・

つ・づ・く


事情説明

2006-11-28 17:50:52 | 幼稚園で
話は前後しますが、4月の幼稚園入園に向けて、2月末だったか、説明会がありました。入園に際しての準備等の説明です。
そのときに、あらかじめ地区の役員の選出がありました。
私の住んでいる地区は、加古川でも3番目ぐらいに人口が多い地区で、今子供が通っている小学校は加古川で1番のマンモス校です。
園児は約150名。
その150名の保護者が、住所ごとに分かれます。
○番地~△番地までの人、っていう具合です。
その中から2名ずつ(だったと思う)選出するわけです。
ただし、妊婦さん・2歳以下の子供がいる人は免除という条件でした。

選ばれたらどうしよう・・・

この地区に引っ越してきて3年。
でも、フルタイムで仕事をしていたので、知っている人は皆無。
誰にも相談できない。
当然、私の体のことを知ってる人なんて誰もいない。

でも、でもね。
もし役員にあたったとしよう。
やるのが嫌なんじゃなくて、あたっても
仕事ができないと思うのよね
字は書けない。
走れない。
重いものは持てない。
結局ほかの人に迷惑かけちゃう。

「あの~、ちょっといいですか?」

思い切って告白。

脳内出血で倒れ、3ヶ月入院していたこと。
右半身が不自由なこと。
仕事ができなくて、迷惑をかけるだろうこと。

泣いたらアカンと思いながらも、
悔しさと、こういうことを喋っている情けなさとで
涙がボロボロ。

「そういう事情なら免除でいいですよね、みなさん」
と、話を進めてくれていた人が言ってくれました。

私はこれからもこうやって、自分のことを話すたびに、
恥ずかしさと悔しさと情けなさ
を感じないといけないのだろうか・・・

幼稚園に来るときは降っていなかったのに、帰りは雨。
買った制服や体操服で、右手には荷物。(腕に引っ掛けるように)
左手には自分のかばん。
だから、持ってきていた傘もさせない状態。
余計に情けなくなってきました。

この頃、退院して一応普通の生活をしているものの、
やっぱり特殊な人なんだと
まだまだ自分で殻を作っていたように思います。

このとき1つの発見。
かばんは肩掛けにしよう。
そうしたら手が空くじゃん!

後日談ですが・・・
この日の印象が強烈だったらしく、
私のことを覚えていてくださったお母さんが声をかけてくれました。
「大丈夫。みんな手伝うから」
って。

何かがはじけた

言わなきゃ、理解してもらえないんだよね。