バーチャルリアリティ奥儀皆伝(2)

2019-07-26 | バーチャルリアリティ解説
「VR技術の構成要素の3つ目は、インタラクティブ性ということ。」

 前回の「奥儀皆伝(1)」 には、セガの 8人乗り Motion Ride「AS-1」(正式な披露は1992年2月)の公式第1作『MUGOO!』についてのトリビア、そして、そのコンテンツの開発者であるダグラス・トランブルさんが特許を取得した体験劇場の没入技法などを話しました。『MUGOO!』の製作をきっかけに、セガ AM5研の開発チームは、(1) 視野の3分の2のところに観客が視覚からのリアリティを感じる「しきい値」があることや (2) 揺動デザインのノウハウを自分たちの奥義として、独自開発作品に使いこなすことできたのです。

 (ただし、AS-1のスクリーン・サイズ自体は、上記の(1)の特徴を知る以前の設計でしたから、1635mm × 805mmのスクリーンへのレーザーディスクからの投影というWさんとHさんが考えてくれた仕様で、前列4人+後列4人の前列のみが大画面の迫力でした。プロジェクターは、どこのメーカーだったでしょう? 鉄道に乗せて使用するなどの振動がある環境を想定して製作され、揺らしても故障しないものだと聞きました。その他のAS-1の設置サイズなどについは、販売カタログの一部を上に載せておきます。上記(1)の 視野の 3分の2以上という効果は、Joypolisでは『ザ・クリプト』や『激流 ~ワイルドリバー~』などの作品に生かされています。)

 この『MUGOO!』が礎となって、『(マイケル・ジャクソンの)スクランブル・トレーニング』(1993年)や『メガロポリス』(1993年)などのセガの名作が生まれるのですけれど、その話は、もう少し先に、改めて。。。
 ここでは先ず、AS-1 『スクランブル・トレーニング』というアトラクションによってセガのVR大型アトラクション技術が完成した、ということだけを簡単に述べて、先に進みたいと思います。

 ところで、私の考案した「VR技術の構成要素」の図は、VR=バーチャルリアリティ、マルチメディア、ビデオゲーム、CG映画などを一枚の図表に重ねて示せる、とても便利なモデル( スケッチパッド型メディアの統合モデル )になっています。1993年から、講演の中で紹介しています。( 雑誌掲載の初出は 1995年でした。)このモデルについては、『バーチャルリアリティ学』(コロナ社、2010年)の、筆者が担当した節( p.273、初版第1刷に矢印の誤植があるので注意)に掲載してあります。


 このモデルの上半分は、「映画」についてのリアリティを表わしています。

□ 1953年に20世紀FOX社が工夫したシネマスコープ映画の没入感は、こうでした。

        縦横比「1 : 2.35」の 大画面に      スクリーンの向こう
        映写された映画『聖衣』など。      に観客が見ている
  <観客>   大場面で観客の没入感を高める   ←   物語の世界

 「シネマスコープ」という上映方式は、試行錯誤の結果の偶然で、トランブルさんが後に発見することになる視野の 3分の2という「しきい値」を超えたことで、観客には深い没入感=臨場感 が得られました。映画のスクリーンは、ただの白い壁です。そして、映画館で観客どうしが「今日はスクリーンの反射率が、とても良かった」という会話をする事は、まずありません。
 観客は「シネマスコープ」のスクリーンの向こうに、監督のこしらえたバーチャルな世界を「リアルな存在として」見てしまうのです。

 無料でお茶の間に届くテレビ番組によって、映画館から観客が急激に減ったことに危機感を持った1950年代のアメリカの映画産業は、画面を大きくする事で「リアリティ」を獲得して、観客離れをくいとめました。そして、21世紀には、映画は 3Dになることで観客の映画館離れを くい止めようとしています。

□ 1963年にアイバン・サザランドが発明した「スケッチパッド」に始まる没入感は、こうでした。

        PCの小スクリーン(モニター)        スクリーンの向こうに
        上に表示されている表計算        操作者が見ている
        3+3 = 6 などのドット表示   ←  Excelなどのシート
                                ↑
<操作者>     キーボード             ――――――

 つまり、この図は、ビデオゲームやマルチメディアの構成図でもありました。モニタ画面は、一般には当時の13 - 14インチのテレビの画面でしたから、大画面で得られる没入感=リアリティについては、小画面からは得られません。マルチメディアの与えるリアリティは、視覚からではなく、プレイヤーがキーボードやジョイスティックを操作したとき、その変化が直ちに画面の変化になって反応することから、プレイヤーは「能動的な没入感」を得たのです。ビデオゲームでは、キャラクターの動きや音や舞台背景の変更、カメラ視点の変更などが、プレイヤーの操作に反応して、直ちに画面に反映しました。

□ [再掲]  そして、AS-1 『スクランブル・トレーニング』の実現した没入感は、こうでした。


 ※ AS-1 の入力装置は、ミサイル発射のための 手元にあるスイッチでした。

 ですから、テーマパークVRアトラクションを分かりやすく説明すると、ディズニーランドの『スターツアーズ』の画面を、もっともっと大きくして、その画面に向かってのシューティングゲームができるよう工夫されたアトラクションだ、と言って間違いではありません。
 テーマパークVRアトラクションの定義としては、① テーマパークに設置されている大画面システムで、② 視覚+音声+揺動などの多感覚が活用されていて ③ インタラクティブ性があり、観客が登場人物=プレイヤー として何かのミッションを演じて物語の進行に直接に関与しているアトラクションである、ということになります。
 実際、AS-1の2年前にテーマパークVRアトラクションとしては世界で初めて公開されたナムコ社の『ギャラクシアン³』(1990年)では、大きな壁の映像に向かってシューティング・ゲームのできることが大変に爽快でした。シューティングで高得点をあげたチームが、たしか、次の場面に進めたのだったと思います。

 しかし(あわてて指摘しておきますが)これは、必ずシューティング・ゲームでなければいけない、ということでは無くて、例えば、セガの『ザ・クリプト』というCAVE型VR アトラクションでは、大きな音にプレイヤーが驚いて振り向くと、ちょうど振り向いた方向の視野に、岩石の巨人のCG映像がリアルタイムに描画・投影され、襲って来るところが見えました。これも、インタラクティブ性による面白さです。ですから、『ザ・クリプト』は(ミサイルや電子銃の発射ではなく)視線をトリガーとしたインタラクティブな VRアトラクションだった、とも説明できるのです。
 AS-1『スクランブル・トレーニング』のミサイル射撃の判定方法などについては、また稿を改めます。

□ AS-1 『スクランブル・トレーニング』についてのトリビア

 トランブルさんのチームは、マイケル・アリアスさん ただ一人を東京に残し、2週間ほどで全員がアメリカに帰りました。そこで、次作として(アメリカ・チームを含まないで)セガAM5研のメンバー主体での AS-1の新作に取り組んで、完成したのが『スクランブル・トレーニング』でした。
 乗客は、8人全員が宇宙パイロットの訓練生になって、宇宙での「安全な」ミサイル発射訓練にのんびり参加するのですけれど、いきなり実戦に巻き込まれます。新人2年目の社員の植村比呂志さんが書いてくれた秀逸なシナリオは、強力な助っ人の佐々木建仁さんによって映像化され、SW8や エヴァの映画版などにまで「引用」されるほどの名戦闘場面を生みました。訓練生である乗組員(観客)たちは、宇宙空間で一致団結して、襲ってくる敵宇宙戦闘機からの攻撃にミサイルで反撃するのです。録音スタジオに私と植村さんが出向いて、英語ネイティブの若いナレーターに英語版を吹き込んで貰っていたので、海外に多くの台数のAS-1が輸出されました。マイケル・ジャクソンさんが92年の世界ツアーのときに 大ファンとして 大田区のSEGA本社を表敬訪問して下さったとき、「出演料は無料で良いので、この作品には是非出演したい」という話になったのは、AM5研の開発倉庫のAS-1にこの英語版が準備してあったからでした。

 『スクランブル・トレーニング』の企画(ディレクター)としてシナリオを書いた植村さんは、後に SEGAの『ムシキング』などの名作を誕生させます。また、佐々木さんは この作品の後にナムコ社で『リッジレーサー』のCGチームリーダーとなり、更にセガに入社して『セガラリー』『スターウォーズ・トリロジー・アーケード』『頭文字D ARCADE STAGE』などを産みました。しかし、まだ1993年の段階では 力量が未知数だった お二人に AS-1の作品の開発を依頼したのは筆者の独断でした。秀抜な才能の持ち主に、歴史に残る良いお仕事をお任せできたのは、とても幸運でした。
 (私もさすがに、これだけの大仕事に ほとんど未経験の お二人を「やみくもに」仕事を振ったという訳では ありません。その前年の植村さんのキッズライド作品『わくわくアンパンマン』のゲーム性を、とても高く評価していました。また、大のセガファンだった佐々木さんには 建設土木関連のCG作品を見せて貰って、大変に優れた空間デザイン力を評価していました。AS-1の命運をこの方たちに託した理由は、充分な可能性を予見していたからでした。なお、お二人のお名前はマスコミ取材などを通じて有名ですので、ここでは実名で記させて頂きました。)

 ところで、マイケル・ジャクソンさんの AS-1への「特別出演」という話の顛末をもう少し詳しく書いておきます。マイケルさんにはディズニーランドの『キャプテンEO』というパークアトラクションでの主演経験がありました。とにかく SEGAの業務用機の大ファンで、自宅に実機を多数購入されてもいました。1台1600万円のR-360を AM4研の開発倉庫で体験(体感)して気に入ったので、その場で小切手を切り、自宅まで送って頂戴という話になったそうです。案内していた S開発本部長も、買いたいという話には びっくりされたことでしょう。その直後に一行は、AM5研の開発倉庫に向かいました。その場所で出たのが AS‐1に「出演したい」という急な申し出でした。
 S本部長は その場で了承し、植村さんがカリフォルニアのお宅まで お邪魔して打ち合わせるなどして、マイケルさんが AS-1の船長役で出演する『Michael Jackson's Scramble Training』という特別バージョンが作られました。さて、出演料が無料という訳にもいきません。まず、衣装はマイケルさんの方で用意して下さいという事になって、衣装代100万円をSEGAが支払うことにしました。その上で、さっきの R-360を差し上げましょうと S本部長が決めました。ということで、合計1700万円が SEGAからマイケルさんに支払われました。つまり、SEGAから見れば、AS-1は R-360 1台のプレゼントと100万円で、マイケルさんの出演を手に入れた事になったのです。この顛末が「マイケルさんが R-360を試乗するや否や購入した」という話と、「SEGAが R-360 をマイケルさんに差し上げた」という話の どちらも正解だった理由です。

 ところで、期待の新入社員、水口哲也さんもAS-1の作品作りを希望して、S本部長から了承を貰いました。これが彼の最初の成功作、AS-1の公式第3作である『メガロポリス』です。幸運なことに、トランブルさんのチームでは音響担当をされていたマイケル・アリアスさんが、セガに残って、確かAM1研のCGチームに交じって、CGを(ここで初めて)学びました。マイケルさんは、後に劇場版アニメ『鉄コン筋クリート』の監督として有名になります。水口さんが共同監督をマイケル・アリアスさんに依頼して、二人がタッグを組んで開発した体感劇場型作品『メガロポリス』は、CGの世界最高峰の国際会議 SIGGRAPH 1993で Electronic Theaterの一本に選ばれました。世界水準のCGアトラクションであることが、CGの専門家たちからも認められたのです。

 さて、この作品は、アメリカで水口さんたちが映像をVHSビデオで配って宣伝したために、仏映画『フィフスエレメント』(1997年)に、警官との追いかけっこの場面が、カメラアングルまでもそのままに完全に真似られてしまいました。草原真知子先生が、以前、神戸大学におられたとき、筆者に特別授業を依頼されましたので、その授業の最後に『フィフスエレメント』の一場面と『メガロポリス』の一場面を、細かく比較して見せて上げた事があるのですが、学生たちが、あきれていました。

 『MUGOO!』『スクランブル・トレーニング』そして『メガロポリス』と、抜群のコンテンツを世に送ったAS-1でしたが、その強力な揺動機構は、また、『米米ミュージックライド』や『VR-1』にも活用されています。そのお話については、稿を改めましょう。

バーチャルリアリティ奥儀皆伝(1)は、こちら。→ こちら

バーチャルリアリティ奥儀皆伝(3)に続きます。→ こちら

2019.07.26 武田lemon六八六八