同石田王卒之時山前王哀傷作歌一首
角障經 石村之道乎 朝不離 将歸人乃 念乍 通計萬口波 霍公鳥 鳴五月者 菖蒲 花橘乎 玉尓貫 【一云 貫交】 蘰尓将為登 九月能 四具礼能時者 黄葉乎 折挿頭跡 延葛乃 弥遠永 【一云 田葛根乃 弥遠長尓】 萬世尓 不絶等念而 【一云 大舟之 念憑而】 将通 君乎婆明日従 【一云 君乎従明日者】 外尓可聞見牟
つのさはふ 磐余(いはれ)の道を 朝さらず 行きけむ人の 思ひつつ 通ひけまくは 霍公鳥(ほととぎす) 鳴く五月には あやめぐさ 花橘を 玉に貫き 【貫き交へ】 かづらにせむと 九月(ながつき)の しぐれの時は 黄葉(もみちば)を 折りかざさむと 延(は)ふ葛(くず)の いや遠長く 【葛の根の いや遠長に】 万代に 絶えじと思ひて 【大船の 思ひたのみて】 通ひけむ 君をば明日ゆ 【君を明日ゆは】 外にかも見む
右一首或云柿本朝臣人麻呂作
同じく、石田王の卒りし(逝去)とき。山前王が哀傷(かなし)みて作る歌一首
「“つのさはふ” 磐余の道を、毎朝、行っておられた貴殿は、(道すがら)あれこれ思いながら、通っていたことでしょう。
『ホトトギスが、鳴く5月には、ショウブや、タチバナの花を、玉にして貫き 【貫き交えて】 髪飾りを作ろう。9月の時雨どきには、もみじの葉を折って、(髪に)飾ろうか』
“延ふ葛の” いつまでも 【クズの根が、長いごとくに】 永遠に、絶えることなく思い 【“大船の” 思い頼みて】 (磐余の道を)通っていた、貴殿のことを明日から 【貴殿を明日からは】 あの世の人として見るでしょう」
右の一首は、或いはいわく、柿本朝臣人麻呂の作ともいう