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LAZY HEAD

自分、ホジナシですから・・・

小坂町

2012年11月26日 | Weblog
ここは、終わってしまった世界。

鉱山事務所でお昼ご飯を食べられる店を聞いたついでに、大館行きのバス乗り場を尋ねたところ、「ここの裏です」と言うので、教えられたバス停に行ってみると、またしても「大館」の2文字はどこを探しても見当たらず。

どうなってんの?この町は。

…まあ、ふだんは皆さん自家用車で動いているのでしょうね。バスに乗らなければバス停についてあいまいな説明しかできなくても、それはやむを得ないでしょう。
観光施設として観光客に対する態度としては、それは問題があるけれど。

そのバス停からさらに少し歩いた所に、「青銅館」というレストランがあります。
歩いているうちに雪が激しくなってきました。

「うわー、すごい雪になっちゃったね」
「は?」
「へ?」
「こんな雪、別にすごくもなんともないわよ」
まあ、そりゃあそうなんでしょうけど。

「青銅館」でお昼を食べ、とうとうスマホで検索してみることに。
バスを走らせている秋北バスのサイトで「長根山運動公園」行きのバスが大館駅を経由するということを突き止めました。
店のマスターに確認するとそのとおりだったので、ようやく懸案は解消。
そう、誰も嘘なんかついていなかったのでした。ただ説明がまったく不足していただけで。

町役場の前なら絶対にバスが通るだろう、と見込んで、小坂町役場へ行ってみることにしました。
小さな町なのですぐに着きましたが…



完全に終わってます、この町は。
町役場の前の通りなのに、シャッター商店街と廃屋ばかり…廃屋でなければ、廃屋と見まごうボロ家でしょうか。そして、誰も外を歩いていません。
本当は、小坂線の線路を挟んだ反対側、康楽館や鉱山事務所のさらに向こう側にある国道の方が開けたので、町の中心もそちらに移ったからなのですが、それでも町役場だけが居残っている、といった感じです。

写真1枚目
秋田県内最古の映画館だそうです。「花園館」。
看板は傾き、上映は隔週の日曜日のみ、という、もはや存在意義が不明な状態になっていますが、それでも町の子は来るのでしょうか。

写真2枚目
「おや、こんな町に立派な体育館が?」と思ったら、「除雪センター」だそうです。
かつては体育館かホールだったのでしょうが、今は除雪車でもしまってあるのでしょうか。

写真3枚目
町役場の隣の郵便局、の跡。
なかなかおしゃれな建物ですが、郵便局ですら役場を見捨てて移転したようです。

「…終わってるね」
「…終わってるわね」

でも、きらいじゃありませんよ、こういう風情。
夜歩くのはちょっと怖そうですけど。

さまざまな思いが去来する中、13:54発のバス(数分遅れてきましたが)に乗り、小坂町を後にするのでした。

小坂鉱山事務所

2012年11月26日 | Weblog
続いては、駐車場を挟んで隣接する「小坂鉱山事務所」へ。
ルネッサ~ンス(死語)な美しい建物です。



亡き宮脇俊三氏は、「正面に広場がある建物は、どんな建築であってもある程度は観賞に耐えうる」というようなことを書いていますが、そんな意地悪な見方を差し引いても、この小坂鉱山事務所は美しい建物だと思います。

入っていきなり2階に通じる順路の螺旋階段があり、受付窓口が廊下を左に行った所にある、という造りはどうかと思うのですが…
勝手がわからなくてまごまごしていると、何を勘違いしたのか窓口から係員が「タダ見は許さん!」とばかりに、今にも飛び出してきそうな体勢でこちらの様子をうかがっています。
なら最初から受付を通ってから入れるようにしておけばいいのに。

受付を済ませて2階へ上がると、いきなり
「お客様、よくいらっしゃいました」
と声をかけられます。
見ると、香港映画に出てくる日本人のような男性が立っていました。
誰だったかなあ…落語家でこういう顔をした人がいたような気がするのですが…

って言ってもわかりませんよね。

実は彼は観光ガイドで、おそらくは小坂町の職員だと思われます。
ふと見ると、同行者は苦虫を噛み潰したような表情。
そして、それは私も同じこと。
「あーあ、捕まった~!」
という感じです。

いや、熱心に説明してくれるのは良いのです。
説明を聞かなければわからないようなこととか、教科書ではまず知ることのできないような人のつながりとか、「歴史秘話」的なことが聞けたのは面白かったし、ありがたいのです。
この日記を書いている時点ではすっかり忘れてしまっていますが(笑)。

ただ、重い荷物を背負ったまま1時間もガイドさんの思うがままにあっちにこっちに引き回され、自分が見たいものは見ることができないというのは、まったく面白くないのです。
と思っても、ガイドさんは善意でやっていることなので苦情を言うわけにもいかず、それがまたさらにストレスになったりして。

「なら、ガイドさんと別れた後で見たい所をゆっくり回れば?」
と思ったアナタ。
重い荷物を背負ったまま1時間もあっちにこっちにさんざん引き回されてくたびれた後で、お昼近くでお腹も空いてきたのに、そんな状態でやる気が起きますか?

お腹が(いつもより余計に)空いたので、この小坂鉱山事務所内にあるレストラン「あかしあ亭」でお昼を食べようと思っていたら、あろうことか「冬期休業」。
冬じまい早いなあ。
それほど寒い山の奥に、東京にもなかった電気・水道完備の社宅アパートがあり、県下初の総合病院があり、先端設備の芝居小屋があったなんて、幻みたいな話です。

ところで、男達が集まるヤマなら、当然に歓楽街があったはずだと思うのですが、その話は出ませんでしたねえ。
まあ、家族で住んでいれば悪所には足を向けにくいでしょうが、若い独身男もいたでしょうし、どうしたんでしょうね。
野付半島の大歓楽街「キラク」とは違って現役の町ですし、自治体としてはあまり大っぴらに語りたくはない話題なのでしょうが、遊廓発の文化も侮れないものがありますのでね。その辺の話も聞きたかったかと。

康楽館

2012年11月26日 | Weblog
「少々痛い予定外の出費」とはいうものの、タクシーに乗れば、運転手さんからいろいろな情報を得ることができます。路線バスではなかなかそうもいきません。
情報料込みと考えれば「痛み」も和らぐでしょう。

そのタクシーの運転手さんから、
「小坂町からなら、大館行きのバスがありますよ」
との情報を得たので、何もない十和田南に戻るのはやめ、教えられたバス停に行ってみましたが、バス停には「大館」の「お」の字もありません。

「ガセか!」

こんなときはスマホでちょいちょいと調べればよさそうなものですが、昨日は何もしていないのに半日でバッテリーが死にかけたほどなので、余計な操作はなるべくしたくありません。
あ、GPSとカメラ使ってたか(^_^;)。

そう、そして今なら声を大にして言えます。

「ガラケー最高!」
と。

目の前の小坂駅跡には目もくれず、康楽館を目指します。
康楽館。
日本最古の芝居小屋にして、国の重要文化財。
一時期は時流に押されて寂れたものの、大歌舞伎の招致に成功するなどして今や見事に復活を遂げた話は有名です。



見学料を払って入館。
あいにく今日は芝居の公演中とのことで、楽屋は見せてもらえませんでしたが、芝居の幕が下りるまで案内係を待つために、2階席に上げてもらいました。しばし新劇を観賞。

ごめん、新劇は何が面白いのかよくわかりません。
単に肌に合わないだけなのですが、よくわかりません。
役者さんが一生懸命に演じていることはわかります。
舞台と客席が近いのもいいですね。寝てると見えちゃいますけど(笑)。

幕が下りて、案内が来て、奈落から切欠(すっぽん)と回り舞台装置を見て、後は大歌舞伎の時の扁額を見て、それでおしまい。

あっけない見学コースでしたが、特筆すべきは、まだ新幹線も高速道路も想像すらできなかった明治時代に、東京から遥かに離れた秋田縣の山奥に、実に豪勢な芝居小屋が建てられたという事実なのです。

「こういう造りというのは、もともとどこから来たのでしょうか。」
「さあ?やはり東京の方がらでながっだですがね?」

2階から見ていて、舞台が広いことはわかりました。回り舞台は直径が10メートルもあるのだそうで、それを2人でがかりで回すのだとか。

回り舞台です。
頭の中で「♪ブワ~~ チャチャチャチャンチャカチャッチャチャンチャカチャッチャチャンチャンチャン~」と自動再生されていたことは黙ってました。

外に出ると、灰色の空に雪が舞っていました。
「あやすか!雪だべさ!」
「『あやすか』は、おばさんが使う言葉よ。それと、いい加減な方言を混ぜないの」
「自分、ホジナシですから・・・」

秋田では11月に雪が降るのは当たり前なのでしょうか。
それほど寒い山の奥に、康楽館は建っているのです。

十和田南

2012年11月26日 | Weblog
湯瀬温泉の駅前は、見事に何もない所でした。
案内地図を見ると、駅から温泉ホテル街に続く道には、ごく小規模ながらも一応商店街があることになっているのですが…いつ建てられたんだかわからない案内地図でしたけど…


そんな終わってしまった町を往復して、8:46発の大館行に乗り、9:16着の十和田南で下車。9:32発の小坂町行バスを待ちます。

と、ここで妙なことになりました。

時刻通りにバスが来たので乗り込んだのですが、走り出すと反対側から「小坂町」と書いたバスが来るではありませんか。
あれ?と思って車内からサボを見ると、「→鹿角花輪駅」と書いてあります。
間違って反対方向行きのバスに乗り込んでしまったのでした。
あわてて降車ボタンを押し、誤乗した旨を告げるも、運転手はぶつぶつと文句を垂れてから(秋田弁なので私にはさっぱりわかりませんでしたが)きっちり次のバス停まで走って、ようやく間抜けな旅行者を降ろしてくれたのでした。

十和田南の駅からは1キロほど離れたでしょうか。一応は店舗や住宅が建ち並んではいるものの、むしろ田んぼの隙間に建っていると言った方がいいような、ただでさえ交通量の少ない所です。こんな所では路線バスはおろかタクシーなど期待するべくもありません。
こうなれば駅まで歩いて戻るしかなく、思わぬウォーキングをするハメになってしまいました。

「んー、『何もない』ってのは余計なお世話だけど、こういう所を歩くのも楽しいね」
「知らない土地を歩くのは楽しいわよね」
「ほら、見てあの建物」
「あ、おもしろーい」
「建築のことは知らないから何とも言えないけど、ああいうのっていいね」
「いろいろな建物が見られて楽しいわね」

十和田南も、駅前にはほとんど何もない、素寒貧とした所です。
「十和田湖の南」だと言うつもりでしょうか、実際には「北軽井沢」と同じく僭称地名なのですが、わずか1軒とはいえ食堂があったり、バスやタクシーもあるのですから、湯瀬温泉よりはまだマシでしょう。
一応は観光の拠点になっているわけですし。
もっとも、観光客らしいのは私たち2人だけでしたが。

駅に戻ってバス停の時刻表を見ると、本来乗るべき9:32発の小坂町行きの直前、9:29に鹿角花輪行きがあったのでした。これには気づいていませんでした。
どうやらこの鹿角花輪行きが少し遅れてきたので、勘違いしてしまったようです。

つーかさー、行き先を確かめないで乗ったのは悪いけれど、こんな遅延する要素が皆無な土地で3分も遅れて来るんじゃないっつーの。

幸いなことにタクシーが1台いたので、小坂町まで乗って行くことにしました。
2, 950円。少々痛い予定外の出費です。

花輪線

2012年11月26日 | Weblog
さて。
その湯瀬温泉ですが。

最も手っ取り早いのは、盛岡から花輪線だと思います。

が。
東北新幹線は、23日の午前中には空席がほとんどありませんでした。
と言うか、我々が旅行計画を立て始めたのが11月に入ってからでしたので、2週間前では指定券など残っているはずもなく。

朝から出かけられないとなると、その後の行程も大きな制約を受けてしまいます。
しかし、幸か不幸か、花輪線の本数が異様に少ないので、乗るべき新幹線も必然的に限られてくることがわかりました。
途中での寄り道はあきらめて宿に直行することにして、夕方に湯瀬温泉駅に着く花輪線の列車を選ぶと、東京をお昼頃に出る新幹線に乗ればよいことになり、幸いその時分の列車には空席が残っていました。11:56発。

14:22に盛岡に着き、15:02発。
40分の待ち時間は長すぎるかな、14:56着の「はやて」でもよかったかな、と思いましたが、実際に盛岡で下りてみると、乗り継ぐべきIGRいわて銀河鉄道に移管された旧東北本線はもう完全に「よその子」扱いで、JRの改札を出ると駅ビル内をしばらく歩かされた挙句にいったんビルの外に放り出される始末。責任の明確化かなんだか知りませんが、これほど離れていては他人の迷惑かえりみず駅ビル内をダッシュでもしないと間に合わないでしょうから、6分間での乗り換えはまず不可能でした。



花輪線に乗ったのは、何年ぶりのことでしょう。
当時はまだ「時刻表に乗る」という児戯にも等しい道楽で乗りつぶしに励んでいた頃ですから、もう17年も前のことになります。
あの日、好摩に向けて「タタタン」と軽快に下りてきた坂道を、今日はうんうんと唸りながら列車は登っていきます。

あの頃はキハ58でしたかな?
花輪線は、季節がよければ小海線にも匹敵する高原列車になるので、残暑の9月、窓を開けて爽やかな高原の空気を吸いこんだような吸いこまなかったような…あれ?どっちでしたっけ?

今日は曇っていて寒いので、窓を開けるなんて思いもよりません。と言うか、キハ110なので最初から窓は開きません。せっかく八幡平の麓を走るのですから、あの評判の悪いキハ110なんか入れなくてもいいように思いますがなあ。

16:50湯瀬温泉着。外はもう真っ暗でした。

ああ夏休み

2012年11月22日 | Weblog
今月の3連休にどこか行こう、という話になって、二泊三日のスケジュールを立ててみました。

「どこに行きたい?」
「出雲とか伊勢とか熊野とかいいわね」
「ありゃ、ホテルはどこもいっぱいだよ。新幹線も空きがないし」
「パックとかツアーはないの?」
「あることはあるけど、どれも一泊二日で2日目には東京に強制送還されちゃうね」
「あたしは月曜も休みだから、ずらしてもいいわよ」
「あれ?ずいぶん休み取れたんだね」
「だって、夏休みだもん」
「なんと!」

北国では雪が降ろうという時期に夏休みとは。
小売業は大変な仕事です。

「ねえ、どこ行くか決まった?」
「『秋田しにました。』」
「…何?」
「『秋田にしました。』にしました」
「まあ、いいわ」
「玉川温泉に行ってみたいなあ」
「玉川温泉?『あんなどご、病人が行ぐ所だあ』って言って、地元の人は行かないわよ」
「湯治場じゃないの?」
「湯治場だから病人が行くのよ」
「観光地じゃないの?」
「観光地だから他県の人が行くのよ」
「…ごもっとも」

「この湯瀬温泉なんかどうかな?『美人の湯』って書いてあるし、君にピッタリだw」
「フン。でも、湯瀬温泉は行ったことがないから、行ってみてもいいわね」
「八幡平は紅葉が期待できそうだし、そうだ、小坂町の『康楽館』も見に行こうよ」
「紅葉は終わってると思うけど、『康楽館』はいいわね」

というわけで、北国では雪が降ろうという時期に、"夏休み"の旅行計画は始まったのでした。

古本

2012年11月13日 | Weblog
11/3は神保町の古本市に行きました。

国博に行っての帰り道だったので時間も遅かったし、そもそも家の本棚が限界なので買うつもりはなかったのですが・・・
気がついたら紙袋がずっしり重くなっていました。

やれやれ、またやっちまった・・・

「こんなことなら、神保町にビル1棟借り切ってさ、上から下まで全フロアを本で埋め尽くしてみたいよね」
「いいわねえ」

読子か、君は。

で、買ってきた本達ですが、実はまだほとんどが積ん読状態になっているのです。

と言いますのも、その前によそで買ってきた『電車の運転』(宇田賢吉著・中公新書)がなかなか読み終わらなかったので・・・
タイトルは大変にそそられる本ですが、これがまたまるで面白くないのなんの。
書評を見ると案外好評なのですが、この本に高評価を与えることができるのは鉄ヲタだけです。決して万人向けには書かれていません。
いや、著者さんは万人向けに書いたつもりなのでしょうが、文章がとにかく・・・何て言うのでしょう、文体はこなれておらず、テンポも悪く、説明なしにいきなり専門用語が入ってきたりで、読むには実に苦労しました。
これほど読みづらく書かれていると、すんなりと頭に入ってこなくて・・・文章を咀嚼して飲み込もうにも「んっがっくっく」とまるでサザエさんのようなことになるので、読了するまでに1ヶ月も要してしまいました。

中央公論と言えば宮脇俊三。
宮脇俊三と言えば名文家として知られていますが、彼をして名文家たらしめたのは、音に聞こえた名編集者だったればこそ。
いかに平易で明快な文章を書くか、氏の言葉を借りれば「つるつるとのど越しの良い文章」ということになりますが、その大変な努力の甲斐あって、私たちは氏の名文を読むことができ、また、そんな「名文」を読み慣れた身としては、こんな読みづらい本を出されては著者だけでなく、担当編集者の力量をも疑ってしまいます。
宮脇俊三亡き後の中央公論は、ここまで落ちぶれ果てたのかと。

実在の人物とは何ら関係はありません

2012年11月06日 | Weblog
先日科博で買ってきたアオウミガメのぬいぐるみに、名前をつけてやりました。

「『カメとアンコー』なんてのはどうだい?」
「どっちがどっちなのよ」
「『かめぶち』『ゆか』は?」
「いいかげんその兄妹から離れなさい」
「『かめやま』『ローソク』」
「面白くない」
「『かめやま』『モデル』」
「縁起でもない」
「『かめやま』『すけきよ』」
「もっとわかるネタにして」
「『かめだのあられ』『おせんべい』」
「あたしは『オランダせんべい』が好きだな」
「なおわからんわ!」

「よし、わかった。子亀は『かめじろう』にしよう!」
「どうして?」
「え?だって、なんとなく語呂とか語感がいいじゃん」
「そう。で、親亀は?」
「そりゃあ、『かめじろう』の親なら当然『だんしろう』でしょうよ」
「却下」
「えーっ!?」

結局、親亀は「かめたろう」、子亀は「かめじろう」になりましたとさ。
もっとも、普通に「大きいの」「小さいの」と呼んでおりますけれども。

科博

2012年11月03日 | Weblog
ついでに科博に寄ってみると、なんと入館無料。さすがは文化の日です。
って、国博では普通に入館料を徴収していたような?
私らは「招待券」だったので気にもしませんでしたが。

で、科博のミュージアムショップで、前から少し気になっていたアオウミガメのぬいぐるみを買いました。



それだけ。

この子たちはふかふかした手触りで、とても気持ちがいいのです。
お顔がちょっとだけブサイクですけどね(笑)。

出雲のように幕が開き

2012年11月03日 | Weblog
私としては、中国展なんか見なくてもこっちだけでも良かった「出雲-聖地の至宝-」展へも足を延ばしました、と言っても、国博で同時開催中。

見どころは、10分の1スケールの古代出雲大社のミニチュア。
ご存じの通り、かつての出雲大社は48メートルもの高さを誇っていました。ミニチュアとはいえ4.8メートル、2階建て家屋にも匹敵する大きさは圧倒的です。

「実物だったら、高所恐怖症の人はおっかなくてしかたなかったろうね」
と、高所恐怖症のケのある私ら2人は、想像するだけで足をすくませてしまいます。

本殿へつながる長~~~い階段。
登るのはまだいいと思うんです。
下りられません(笑)。

あとは、出土した銅剣やら銅鐸やらがずらりと並べられていたものの、そこをスルーしてしまうとあっさり見終わってしまうので、それほど大がかりな展示というわけでもなかったのでしたが・・・

出雲大社にはいっぺん行ってみたいと思っています。
一度、近くまでは行ったことがあるのですが・・・一畑電気鉄道に乗りに「出雲大社前」の駅までは。
もちろん、時刻表を駆使しての乗り潰しが目的でしたから、降りてまたすぐに同じ電車で折り返したので、出雲大社にまで足を延ばしている余裕などなく。
そんなあくせくした旅ではなく(もっとも、そんなのを「旅」と呼んでいいのかどうかは別として)、まともな観光旅行をしてみたいものです。