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LAZY HEAD

自分、ホジナシですから・・・

ビールを飲みに行く前に

2008年09月27日 | Weblog
胃カメラ飲んできました。

来週はオクトーバーフェストに行こうってぇのに。

しかし、胃カメラというやつは、何度飲んでも慣れませんな。
知人に「好物」とまで豪語する猛者がいますが、その域に達するまでにはあとどのくらいかかることやら。
…それはそれでイヤなんですけど。

「目開けてください。閉じてると力入っちゃいますからねー。」
と女医さんは言うものの、黒くてぶっといナニを無理矢理口の中に突っ込まれているわけですよ。見たかないですって、そんなモノは。
「耳の穴から手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタ言わせ」てくれた方がまだマシかな、という気にもなりますよ。
…それはそれでまたイヤなんですけど。

終了後、かなり長いこと待たされてから診察室へ呼ばれたら、今日は担当医が不在につき代診の先生だったのですが、
「すみませんが、僕じゃわからないから、来週また来てもらって、担当医の判断を仰ぐことにしましょう。」
と言われてずっこけました。まさか「ひも医者」じゃないでしょうね。せめて「雀医者」にしてくれないかなあ…
それはそれでまたまたイヤなんですけどね。

スイス鉄道ものがたり

2008年09月10日 | Weblog
というわけで、先日購入した『スイス鉄道ものがたり』を読んでいます。

ストーリーは、おじいちゃんが2人の孫を連れてスイス旅行をする、というものですが、「アルプスの少女ハイジ」のような、牧歌的な光景を想像してはいけません。
このおじいちゃん、スイスに着くなりいきなり鉄道に乗りまくるのです。と言うか、スイス滞在中はほとんどの時間で鉄道に乗っています。2人の孫を連れて。
普通なら孫が退屈しそうなところですが、そこは"教育"が行き届いているのでしょう、孫もイヤな顔一つせず、それどころか何の疑問もなく鉄道オンリー旅行を楽しんでいたりして。
なんと素敵な家族ではありませんか(笑)。

作品内ではスイスの自然保護への取り組みを高く評価していますが、日本では政治家と土建屋が、悪代官と越後屋よろしく結託して自然を荒らして回ることに余念がない、というようなことは書いていません。子供向け絵本ですから書く必要もないのでしょうが、こういう機会にこそ、幼い子供たちに政治不信-すべての政治家はただ一人の例外もなく私利私欲のみで動いている現実-を教えてやるべきではないでしょうかね(笑)。

黒岩保美さんの絵

2008年09月09日 | Weblog
黒岩保美さんといえば、鉄道画家として知らぬ人などいないほどの方ですが(「鉄」なら、ですけど)、実はあまり絵を見たことがありませんでした。あるいは、しょっちゅうどこかで目にしていたから、逆に気づかなかったのかも知れませんが。

先日の宮脇俊三展で、初めて原画を見る機会を得ました。これも「黒岩保美さんの絵」として意識して見た初めてだったかも知れません。
定規など使わないフリーハンドで描かれたイラストでありながら、その精緻さに唖然。光線の使い方も巧く、写真では撮れない、イラストならではの表現手法であることはわかっていながら、写真よりも「リアルさ」があります。

その迫力に圧倒されて、絵の前からしばらく動けずにいました。
お見せできないのが残念(笑)。

帰宅してから、おそらく唯一新品を入手可能な『スイス鉄道ものがたり』をネットで購入。
以前、甥っ子に買ってやったことがあるつもりだったのですが、後で聞いたら、その本はなぜか母親が持っていました(笑)。
しかし、やはり印刷では表現できていません…原画は画用紙に描かれているので紙表面の凹凸がほどよい陰影を生み出していたのが、コート系の紙にオフセット4色印刷ではつるつると平板で、「ただのイラスト」に成り下がってしまっているのでした。

1枚でいいから原画が欲しいなあ、などというのは傲岸不遜のきわみであり、また、1枚でさえ買うことなどできないでしょうから、どこかで展示会でも開催してくれないものか、と思ったりして。
なんだか人生ものすごく損をしていたような気がします。

どんどん橋、落ちた。

2008年09月08日 | Weblog

杉並区と三鷹市の境にかかる「牟礼橋」。
古くは「どんどん橋」とも呼ばれていたのだそうで、この場合の「どんどん」とは水の流れの激しいさまを表現したものだとか。
あまりの流れの激しさに、時たま橋が落ちることもあったようで、その様子は古い童謡にも歌われていたりします。
"Don don Bridge is falling down~"という、お馴染みの歌ですね。
…なぜ古い日本の橋の歌がイギリスに残されているのかは、わかりませんけれども。
もちろん大嘘ですよ。

確かに、いつのことだか文士が身投げしたこともあると聞くから、その頃は水の流れも豊富だったのでしょう。今のささやかな流れとは比べるべくもありません。


橋の向かって右側の茂みの陰に「どんどんはし」の石碑が建つ。
実はその上に橋の由緒来歴が書かれていたのですが、よく読めませんでした。

すぐ目の前は人見街道で、クルマが行き交ってはいるものの、ここだけは切り取られたように静かなたたずまいの、なんとも不思議な空間でした。

もったいないお化けをむしろ召喚したいくらい

2008年09月07日 | Weblog
世田谷文学館からの帰り道は、玉川上水を散策してみることにしました。
来るまで知らなかったのですが、杉並区久我山付近の玉川上水は鬱蒼とした緑に覆われています。夏なので木陰の道は気持ちが良く、「天然のクーラー」とは何とも使い古された言葉ではありますが、他に形容のしようもありません。静かで落ち着いていて、とても良い所でした。

ところが、この玉川上水と緑地帯の命が危うい。
東京都が自動車道路の建設を始めていたのです


航空写真では写っていた家がすでに立ち退いていることがわかります。

立ち退かされる住民も迷惑でしょうが、せっかくの緑地帯が消えるのももったいない。都の説明では緑地は残すとは言うものの…グリーンパーク遊歩道を踏み潰そうという人たちが同じ口で言うことです。どこまでアテになりますやら。
便利になればなったで、私もその恩恵を受ける側になるのでしょうが、今でさえ宅地開発やら何やらでギリギリの玉川上水です。これ以上環境を破壊するのはもったいない気がします。なんとかならないものでしょうか…

宮脇俊三と鉄道紀行展

2008年09月06日 | Weblog
世田谷文学館で開催中。

liondogさんから招待券をいただいて、ようやく時間もできたので、今日行ってきました。

自宅から世田谷文学館までは、ケータイのアテにならないナビで12kmほど。アテにはならないとはいえ、それほど大きな誤差もないでしょうから、意外と近いのには驚きました。このくらいの距離なら自転車で行ってみましょう。

宮脇ファンを名乗るなら鉄道で行け?
えー、電車賃かかるじゃないですか(笑)。

片道1時間で到着。我が家からなら、電車で新宿を回ったとしても、吉祥寺-明大前経由だったとしても、さほど所要時間は変わらないでしょう。
日頃運動不足の私にとっては難行苦行の連続でしたが。

北多摩の南北を結ぶ鉄道路線は、相変わらず武蔵野線西武国分寺線です。多摩モノレールもあるとはいえ、いずれも東に偏した我が家からでは利用しにくい。エイトライナーができてくれれば多少は恩恵を受けられるのかな?とも思いますが、それなら東京外環自動車道などぶっ潰して鉄道路線を敷いてくれた方がはるかにありがたいのです。

…できもしない新線計画を熱く語ると川島令三になってしまうのでやめる。

着いてみると、1階でなにやらトークショーらしきイベントが行なわれていました。展示は2階なのでそのままスルーして上がってしまいましたが、今思えば、小池滋さんのトークギャラリーだったから聞いておけばよかった…もったいないことをしました。

今日はこの伝説の「全線完乗地図」が生で見られたのがうれしかった。
鉄道が日本列島の形をしています。いや、していました、と過去形で書かなければならないのがいかにも口惜しいのですが、かつて日本全国の津々浦々まで鉄道が敷かれていたこと、この事実から読み取れることは、実はとてもつなく大きいのです。

他にも広尾-枕崎の最長片道切符、いわゆる一筆書きで使われた乗車券の現物など、ファンにとっては正倉院の御物以上の価値のある宝物の数々が展示されていました。
しかし、私が一番心を惹かれたのは自筆原稿でした。
失礼ながら、50歳を過ぎた年配の人が書くような字とも思えないような字なのですが…それはきちんと丁寧に楷書で書かれているから。くずし字など一つもありません。原稿だから正確に読めなければ意味がない、と言うこともあるのでしょうが、それ以上に、読むだけで居ながらにしてその場の情景を目に浮かべることのできる宮脇作品の正確性の原点が、その几帳面さから垣間見えたような気がしたのでした。

よく知っていたつもりでも、今日はいろいろ発見がありました。
できれば人の少なそうな平日にゆっくりと見てみたかったのですが…あまり贅沢を言っても仕方がないですね。こういう機会をくれたliondogさんにはいずれ改めてお礼をしなければ。

夜行「ムーンライトながら」臨時化へ

2008年09月02日 | Weblog
http://www.asahi.com/national/update/0831/TKY200808310139.html

そんなに高速バスがええか?ええのんか?

確かに、大垣などという中途半端な所で下ろされても、ね…
なにせその先の本数は少ないし、米原でまた乗り換えですし、大阪到着が9時過ぎでは高速バスにはとてもかないません。
おまけにこっちは長々と9両編成で来たのに、接続する米原行きは3両とか4両とかですし。
寝不足で早朝から走らされるのは、あまり気持ちの良いものではありません。

とはいえ、夜の移動は夜行列車の方が断然楽しいのです。
寝静まった駅、すれ違う貨物列車、誰もいないのに律儀に閉まる踏切、暗い窓に額を押しつけて眺める景色はえも言われぬ興趣があって、その点、高速バスでは味気なくていけません。ナトリウム灯のオレンジが好きではないこともありますが(虫か、私ゃ)、S.A.で休憩した時に見た運転手の寝顔が、水銀灯に照らされて死人のように白くて怖かったことなんかも思い出しちゃいますし。

結局は効率が最優先なんですかねえ、何にしても。
料金が安くて、寝ている間に目的地まで運んでもらえる、というのも確かに魅力ですが、それじゃ単なる「移動」にすぎません。「旅」は乗り物から降り立った所から始まるわけではないはずなのですが、その「移動」をこそより多くの人が望んだ結果、ということでもあるのでしょうか。
この分では、「旅」どころか「旅行」という言葉さえもそのうち死語になるんじゃないかという気がします。
「移動」でコトが足りてしまうように。

とりあえず、今はまだ、多客臨時でも残ってくれたことを喜んでおきましょう。