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Mind Feeling0928-2 『コードキアス』感想

2008年09月28日 22時25分16秒 | 急行特急TH発2007年→2019年5月1日AM11:59
第2シリーズが終了した『コードキアス』。今回も考えさせられる物が多かった。
第1~第2にかけてを総括すると、いつかの『クロノクルセイド』の様に、「人類の歴史」が基になっている面があるなぁ…と思う。過去に捕われず、それは、「遠くない現代」と言うリアルタイム物も入っていた様に思う。
「ギアス」という力を得、そして、人々を統率し操る力を得た主人公が殆どその全てを1度無くすシーンは、ある意味、以前話したと思うが、何年か前の買収騒ぎの末路にしている様に思えるし、今日の最終話は、独裁者の末路を示している様に見えた。2つとも、我々人類が、足跡をつけた中にある話である事は言うまでも無い。
世界を取り巻く多くの諸問題は、独裁や統制、強制という「力」ではなく、「協議」、「協談」という2文字の中で、「解決」すべきもの、という結論が出ていた様に思う。極めて、教科書的な感じがするが、その「内容を実行する」のがどんなに「難しい」かは自明である。「国連」という組織は、まさにその「話し合い」というテーブルであり、こちらもやはり人類が布石として残したものとして今もここにある。
私は、主人公ルルーシュが友人に恋人、身内さえも1つの「自分の行動の‘‘駒,,」として、動かし利用し、頂点に立ち、少しずつそれらを無くし、全てを失った後、どんな行動をとるのか、大変気になった。何故なら、その様な事は話的にも歴史的にも見受けられるシーンであり、日々はそれでも止まらない。ましてや、物語はそこで、最終話を迎える訳ではなかったので余計だった。
彼は再び立ち上がった。策略と力を使って。ここが、物語的だなと思ったが、それでこそ、絵になる。事の詰まりで、「独裁者」となった主人公だが、彼はその先のシナリオまで描いていたのは、意外であった。
いつからかは解らないが、そんな「社会情勢」に「未来」についてを間接的に描く作品達がこの手に目立つように集まる様になってしまった。「物語を書く」という事は、その様に「社会を知る」という所から始まり、独自の色、つまり世界観を入れて描くものなのか、とも思う。
アニメは、そんな理屈を抜きに、楽しむ「エンターテイメント」 なので、あんまりあーだ、こーだ語るのも難なのだが、そんな事を思い思えた次第である。
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コメント
 
 
 
Unknown (太郎)
2008-09-29 01:30:04
これで2度目の投稿になります。
ちょっと前の記事みていたら赤い電車の記事
を見て思い出したので書いてみます。
先月の今頃、高松のほうに行きました。
その時、ペンキを剥がしたら赤い色が出てくるんだろうな。って電車に乗りましたよ。
赤い電車の中古が高松で走っているんですね。
最近知りましたよ。型番とかはよくしりませんが…
JR高松駅では発車メロディ(って呼び方でいいのかな?)に瀬戸の花嫁が使われていました。まだ頭の中に残っている(・。・)
赤い電車は駅のメロディより、電車の走る時の音のほうがインパクトありますね(*^_^*)
ドレミファソラ~♪
 
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