黒猫亭日乗

題名は横溝氏の「黒猫亭事件」と永井荷風氏の「断腸亭日乗」から拝借しました。尚掲示板が本宅にあります。コメント等はそちらへ

怪談~その3

2015年08月12日 | 夏向きの話
一般的に、怪談めいた話ではこれが一番インパクトがある話ではないだろうか。
それは今から十数年前の事、最初の亭主と離婚後に転居したアパートでの出来事だった。
そのアパートは私の両親の住まいとわりと近く、また母子家庭に部屋を貸してくれる大家さんは限られていたので借りた家だった。当時まだ阪神大震災の仮設住宅も少し残っており、部屋を選べる状況でもなかった。間取りは2K、古い二階建ての木造アパートの二階の真ん中の部屋である。
その日は息子(当時小学生低学年)が、私の親の家にお泊りに行くというのでアパートには私一人だった。いつもなら居間にしている部屋に布団を敷いて寝るのだが、その日は隣の息子の部屋が空いていた。一々布団を上げ下ろししなくても済むので、私はその夜は息子の部屋で寝ることにした。
夜中というよりは朝方、目が覚めた。と、すぐ横の手を伸ばせば届きそうな所に、ラクダ色の長袖下着の上下を着た老人が体育座りで顔を伏せて座っていた。
「泥棒!」と一瞬思ったが、戸締りはしっかりとしてから寝たはずだ。次に思ったのが父親が急死したのか、という事だったが、(顔を伏せてはいるものの)どう見ても別人のようである。ラクダの下着を着込むような季節ではなかったのもあって、不審に思い、しかしながらなんとなく触ることは出来ず、右から左から覗き込んでいるとその老人が顔を上げた。
いや、顔を上げたというよりもその老人がふわ~っと宙に浮き上がり始めたのだ。痩せた色黒の70歳は過ぎた様子の男の老人はそのまま、天井にぼんやりとかき消すように消えていった。
「!」
見ちゃった、と思った私はそのまま布団をかぶって寝た。そして二度と息子の部屋では寝まいと誓った。息子はといえば、それから数年その部屋で何事もなく過ごしたものだ。多分彼はその方面に引き合う種類の人間ではない。チャンネルの合わない人間に何を言っても通じない道理である。だからこそ、たまにチャンネルの合う人間に何か訴えたくてかどうか、ちょいちょい「事」が起こるのだろう。もちろん息子にはその部屋で霊を見た事は言ってはいない。

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