栗太郎のブログ

一人気ままな見聞記と、
手づくりのクラフト&スイーツ、
読書をしたら思いのままに感想文。

那須の旅(1) きっかけは新聞記事だった

2007-04-22 22:47:22 | 見聞記 栃木編

昨日の土曜日、セガレの太郎ちゃんと二人で那須方面に一日小旅行。
那須といってもリゾートではないのだけれど。


きっかけは、先月の地元下野新聞の記事。
一面に「官道交差点 古代の役所跡」と出てた。
そこは東山道とタツ街道の交差点のことらしい。




東山道。
トウザンドウともトウサンドウとも呼ぶ。
栃木県万能地図で確認してみると、なるほど、自治体の境界線や道路にその形跡がある。
めぼしいところどころを線で結んでみた。
すると、これが面白いように真っ直ぐにつながっているのだ。
旧小川町にある那須官衙(古代の役所)跡から、記事にある長者ヶ平遺跡を越えて、真っ直ぐと宇都宮に向かっている。
『この道を坂上田村麻呂や義経たちが通ったのか! 』
そう考えただけでも興奮してきた。
そもそも、歴史の舞台は近畿地方の独断場だと思っているからだ。
地元でも多少のいきさつがあるとなると、なんだか嬉しくなる。

しかし。
江戸時代あたりの奥羽街道は、宇都宮を過ぎ鬼怒川を越えてからは、氏家、大田原、というなだらかなルートを通っている。
今の交通機関や地形を考えても、無理のないルートと思える。
奈良・平安の時代、なんで東寄りの山越えの道だったんだろう?と疑問が湧いてきた。

確かに当時の官道は気持ちいいほどの直線であった。
それに比べ、江戸期の街道は上下移動が少く、そのせいでカーブが多く蛇行している。

現代の我々の意識は、その道筋に慣れていて、
「この山を越えるのか?向こうに回った方が疲れないよ。」
と考えがち。

そんな疑問がもとで、その理由の一切れでも実感したくなって出掛けた次第。
そして僕は、「美味い鰻食うか?」と言ってセガレを誘い出したのだった。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿