PCの画面上にある、どこのファイルに入れるのかを迷った資料を見ていると、
永井宮内大輔大江時千の娘が母親として記載があった。 佐々木六角氏頼の母と云う。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/53/f3/c83e80059be2a927ba1a63467b4f798a.jpg)
氏頼のとなりに弟の直綱がいて、称片岡 となっている。上野国というからには、片岡弘経の片岡郷と同じ場所と思われる。
何故この直綱が片岡氏を称することとなるのだろうか。
義経の郎党となっていたあの片岡氏とどこかでつながっていたのだろうか。
土佐国の高岡郡黒岩郷も「片岡村」としたことが記載されている。
六角氏頼についていたのが「九里助泰」である。石寺にいて、九里掃部助助泰となる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3b/d7/006f3bf2fc0bd47451807c837f86037d.jpg)
片岡…不思議である。
佐々木定綱の娘の註にも書かれていた。
さらにココ。
ともかく、佐々木氏と関係がある氏族であることは分かった!
後に、多賀氏からも出ているし、片岡善左衛門が近江にいた事も分かっている。
また、「満済准后日記 下」に片岡右京亮の名がみえる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2a/b3/f7a4829d597635685f6b61ea1f74b0a6.jpg)
意外と、片岡氏と永井氏は佐々木氏を通してつながっているのかもしれない。
佐々木直綱が片岡を名乗っているのだから。もしかすると母親が氏頼と同じかもしれない。
きっとご先祖様が、ここにあるぞと教えてくれたのでしょう?私もよくあります。
最近は、少しづつ歩く距離を伸ばしたり、駅前に言ったり、電車に乗ったり、徐々に活動範囲を広げておりますが、床屋さんに行っていないので、ぼあぼあの頭で帽子被っています。
拙句
少なくもさ乱れ髪のをきなかな
(さ乱れ髪は、源氏物語に出て、五月雨髪とも書き、汗っぽいべたべた髪の事です。ちなみに私はバーコード○○ではありません(笑))
ちょうど、コメントをお書きになっていらっしゃる頃、私もJikanさまへコメント書いておりました。
笑!
ご先祖様、私が行き詰って「もうやめようかなぁ~」という時に、威力を発揮!
美味しい情報を下さります。
まさに、そのご先祖様を探しているんです!