戦争を挟んで生きた女性の回顧録

若い方が知らない頃のセピア色に変色した写真とお話をご紹介いたします。

22/10/19 その4 携帯の充電器を買いに行って。

2010-10-19 18:26:26 | Weblog
 うっかりのミスで充電器をなくしてしまった。その辺の店でも売っていますよと云われたが、器械に弱い私は前に行った白沢街道まで出かけた。窓口は3客分あり、両端は応対していたが真ん中はあいていた。けれどいつまで経っても係りの人は来ない。充分に待たされた。そのうちにもうひとりやって来た。私よりずっと若いがやはりおばさんだ。携帯やさんて随分時間がかかるんだなあと思った。左側の男性が立って終わったのかなと思ったらテーブルに小さなスタンドが立ち、横目で見たら今はその男性の仕事で係りは裏の方にいっているという文だった。私は充電器だけ欲しいんだよ、早くしてくれないかなあ・・・と思ったがそうもいかない。散々待たされて私の番になり、充電器を買った。5分とかからなかった。私の店もお客様で混雑する時もある。先客で時間がかかっている時、次のお客様に急いで用件を聞く。簡単に済む事なら、応対していたお客様に「こちらは直ぐ済むのですが、先にやらせていただいてよろしいでしょうか?」と聞く。時間がかかりそうならお待ちいただくが、大体はすぐ済む。今は銀行でも番号札を取って待たされる。時間がかかるなら払い戻しや預け入れだけのお客様には、番号札をそのトレーに入れて預って貰えればその時間を有効に使えるのに、昔はそうしてくれた。その間に買い物など済ませたものだ。

22/10/19 その3 運が悪いと云ったけれど・・・

2010-10-19 17:26:20 | Weblog
 2,3日来、私は運が悪いとしか思えなかった。 まあ今だって思っているけれど・・・でもきのう姉達が帰ってから家に戻り、食事をしようと冷蔵庫を開けたら、姉と妹が作ってきてくれたもので一杯だった。傍らの箱には妹が作ってくれた野菜類と馬鈴薯、即席の卵スープが幾つも入った大袋と一緒に置いてあった。姉はそのほかに口実をつけて小遣いと思わせないようにしてお金をいつも置いていく。そして今年も新米とパンの為の粉を用意しておくという話だった。何処が運が悪いのだろうか?これで1生食べてはいかれないが、こんなに世話をしてくれる姉と妹がいて、不運をかこっていては罰があたる。欲しくても姉も妹もいない人だっている。それに週刊ダイヤモンドに載った私の記事が、その時やその後幾日かはピンと来なかったが、何とか私にも信じられ出した。確かに小さな記事でも私にとっては大きな第1歩だ。姉の為には良き妹、妹の為には良き姉として余生を送ろう。確かに運は悪い。けれど非常に良い部分もあるのだから・・・

22/10/19 その2 濃い緑が美しいゴーヤを見ながら出勤。

2010-10-19 16:53:08 | Weblog
 私は毎日八幡台の下から田原街道に出て右折するが、南側の角の家の石塀に緑色濃いゴーヤが2つぶら下がっている。運転席の私が見て丁度良い高さに見事なゴーヤが、そしてその30センチ位上にもう1個、これより小ぶりなゴーヤがぶら下がっている。ゴーヤが好きでないのか、見る楽しみでつけたままなのかしらないが、もう1ヶ月位経つ。私のようにゴーヤが好きでないのか、いくら肥っていても15センチに満たないのが2本では足りないのかずっとぶら下がりっぱなしで毎朝私の目を楽しませてくれる。うちの冷蔵庫には大宮の妹が3日ほど前に送ってくれた茹でないゴーヤが沢山入っている。パーシャルの方にも大宮からのゴーヤが茹で上げて処理をして、年末までもつほど入っている。フクダヤでももう売っていない貴重品だ。私はゴーヤだけは食べない。豚肉、玉ねぎ、人参、豆腐、その他のあり合せの野菜を入れてチャンプルーにする。味付けは味噌とあじつゆを混ぜたもの。卵は汁が沢山出た時だけ使うが、豆腐をレンジで3回3分ずつ熱し、充分固くしてから炒めるのでお酒を途中で加える位だ。これが気にいっている理由は勿論美味しいからだが、殆どの野菜と豆腐が入っている健康食だから・・・私が出勤の途中目を楽しませてくれるのは有難い。塀は北向きで光線は当らないが、早く取らないと黄色くなってしまうよ。

22/10/19 誕生日。

2010-10-19 16:07:44 | Weblog
 前の会社は共同代表で私が仕事をやる方の代表、もう1人が外向きの代表だった。その人にいわれて会社を始めたが、農家の出身で政治家である人に会社は不向き、というより全く出来なかった。私も勤めの経験もなく、一切出来ない。随分苦労した。金繰りが大変だった。40年以上やったがバブルに乗って売上は増え続けた。しかし2人の代表に資金は無かった。1ヶ月の売上が1億を超える頃は毎月のように借りては返し、返しては借りるような連続だった。担保だけは入れなかったが、この繰り返しの時に代表者の家族の明細を書く欄がある。あい方の社長が亡くなり、会社を売ってから10有余年経つが、いつも10月19日が来ると思い出す。その家族の明細も分る。奥様、長男、次男、長女、3男、そして末っ子まで、学歴や結婚相手まで良く覚えている。今は小さな商い、お金を借りる事もない。借り入れの申し込みもしないが、若し、申し込んでも断られるかもしれない。
哀しいかな、そんな商売しかしていない。夢よもう1度と毎日励んで居ります。