海軍大将コルシンカの航海日誌

ロシアの作曲家リムスキー=コルサコフについてあれこれ

《ドゥビヌシカ》覚書その1~初めて聴いた時の想い出

2020年03月26日 | 管弦楽曲
リムスキー=コルサコフの晩年の作品である《ドゥビヌシカ》は、今でこそ複数の音源があり、ネットでも探せば簡単に見つかり手軽に聴ける作品ですが、昔はいわゆる文献上でしか存在を知らない、まあ「幻の音楽」だったわけです。

私がリムスキーの作品に興味を持ち始め、《シェヘラザード》などの有名曲以外の音楽にも食指を伸ばしていた頃は、クラシックでもポツポツとCDがようやく出回り始めた時期だったので、珍しい作品はまだレコードでしか、それもロシアものとなると、神田にあった新世界レコード社を経由して国内販売されていたメロデイア盤に頼らざるを得ない状況でした。

ある時たまたま入った、特にマニア臭もない普通のレコード屋に、どういうわけか新世界レコードのメロデイア盤が複数置いてあって、その中に《ドゥビヌシカ》が収録されているスヴェトラノフ指揮のリムスキー管弦楽曲集があったので、私は狂喜乱舞してすぐに買い求めたのでした。

早速帰宅してはやる気持ちを抑えつつターンテーブルにセットして針を落とそうとしたのですが、テーブルが回らない。
(ステレオのアンプが壊れていたのでラジカセに接続していました。)
どういうことかと点検してみると、モーターからターンテーブルに回転を伝達するゴムベルトが伸びきっていたのですね。

ここで替えのゴムベルトを注文してなどとやっていると、せっかくの《ドゥビヌシカ》がお預けになってしまう。
私にはそんな我慢は出来ない相談だったので、伸びたゴムを適当な長さになるようカットして、ごく小さな断面を瞬間接着剤で注意深く接合させて応急復旧。
さあいよいよ幻の音楽と初めてのご対面です(正座)。

すると、あの「ズッタタタンタン」というリズムの刻みに乗せて登場するトランペットによる主題。
親しみやすい陽気なメロディーです。
そしてピチカートと小太鼓がリズムに加わり、メロディーに木管が重なって華やかさを増す。
いったんごく短くまとめてから、トランペットはリズムにまわって今度は弦により主題が堂々と力強く奏でられます。
メロディが弦の高音域に移って中音域がスカスカになったところに、バーン!と金管による主題がなだれ込んでくる...

そんな音楽を、私は応急修理で回転数が一定にならないレコードプレーヤーで、しかも音質の悪いラジカセのスピーカーから聴いていたのでした。
古い蓄音機から流れてくるような不安定なメロディー。

しかし、これが期せずして、遠い異国で昔に起きた出来事の様子を、時空を超えて耳にしているかのような効果を生んでしまったのですね。
この作品の歴史的な背景は知っていましたから、あたかも民衆がプラカードを掲げて行進をしているのを目の当たりにしているような錯覚すら覚えたものです。
再生装置としてはひどい状況だったのが、《ドゥビヌシカ》とは妙にシンクロして、かえって強烈な印象として残ることになったのでした。

***

後から知りましたが、スヴェトラノフの《ドゥビヌシカ》はテンポが楽譜の指定よりもゆっくりなんですね。
これが重厚な金管とあいまって、よく言われる「重戦車」のような感じを出していますが、軽快な小太鼓によって程よく中和されていて、バランスの良い演奏になっていると思います。

いくつかある《ドゥビヌシカ》の演奏ですが、個人的にはやはりこのスヴェトラノフのものが群を抜いていると感じますね。