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モスクワ街角点描~生き残った構成主義建築

2022年01月04日 | モスクワ巡り

「ロシア構成主義」という言葉をご存じでしょうか?
西洋美術史ではあまり触れられることがない、ロシア革命後のごく短い期間に燃えさかったアヴァンギャルドな芸術運動のことです。

「構成主義」とは、非常に大胆かつ雑に言えば、大衆の身近にある鉄やガラス、木材など、あるいは丸とか三角とか四角といった単純な図形を「構成」することによって、それまでのチャラチャラしたブルジョワ芸術とは一線を画した、民衆革命にふさわしい(と彼らは考えた)芸術手法が発端となっています。
革命によって、それまでの貴族のためのものであった芸術を大衆に取り戻すという思想が根底にあった、と言われれば「なるほど」と思いますね。

さて、この「ロシア構成主義」には絵画、彫刻(らしきもの?)をはじめとして様々な分野またがっていますが、建築の分野でも他には見られない非常にユニークな作品が登場しました。
私の勝手な分類ですが、この建築分野における構成主義には大きく二つの潮流がありました。

一つは「妄想系」。
革命による民衆の熱気をありありと感じさせ、未来社会への希望に満ちあふれているものですが、発想がユニークすぎて現在の眼から見てもぶっ飛んだデザインが特徴です。
ウラジーミル・タトリンによる「第三インターナショナル記念塔」がその代表格で、エル・リシツキーの「雲のあぶみ」やイワン・レオニードフの高層建築物などが知られています。

これらはもちろん実現することなく、スケッチや模型、せいぜいが仮設的な建築にとどまっており、ゆえに「妄想系」となるわけです。

これに対するのは「実在系」。
「妄想系」に対比して、文字どおり実際に建築されたものを指します。

実在する以上は機能的にも常識の範囲になっており、奇抜さや余計な装飾を排したシンプルなデザインです。
直方体やシリンダーなどのシンプルな立体要素を「構成」するデザイン手法という点では「構成主義」たる思想の名残が感じられるものの、今となっては見た日には多少レトロ感のあるモダニズム建築といった風で、インパクトは妄想系には遠く及びません(しかし、現在私たちが街中で見かける見慣れた建築デザイン手法でもあるがゆえに、後世の建築デザインに地味に影響を残したともいえましょうか)。

さて、前置きが長くなりましたが、モスクワの街巡りに戻りましょう。
若い時にかじった構成主義建築のことなど、この時はすっかり忘れていたのですが、街巡り初日に出くわしたのがこれ。



んん―?どこかで見たことがある建物...
視覚情報は結構記憶に残るとみえて、ほどなくロシア構成主義建築の一つ「イズベスチヤ本社」だったことを思い出しました。

実際に建築された実在系構成主義建築も、建築年代が古いので、私はモスクワ・オペレッタ劇場と同じくとうの昔に取り壊されているものと思い込んでいたのですが、今こうやって目の前に「実在」していることにびっくり。

私は写真の右半分の建物部分を年代感あふれる自黒のパースでしか見たことがありませんでしたが、今でも建設当時の姿をとどめています。構成主義建築の傑作ともいわれ、「実在系」では代表選手といってもよいのではないでしょうか。

さらに大通りを歩いて行くと、なにやら建物のてっぺんにオブジェが。



「ややややややや」と椎名誠風に目をこらしてみると、これはあの「第三インターナショナル記念塔」ではないですか!
もちろん、これは本物ではなく、何かオマージュ的なものとして、ビルの頂上に置かれたものでしょう。
よお―く見てみると、この記念塔の特徴でもあるらせん部分が階段になっていて、物見塔のようになっていますね。



本物(?)の大きな模型は、トレチャヨフ美術館の新館で展示されていましたが、写真は撮り損ねました。

ロシア構成主義は皮肉なことに革命後の体制側には受け入れられず、やがては「社会主義リアリズム」が主流になると、構成主義は建築以外の芸術分野でもあだ花のごとく歴史の狭間の中に埋もれていってしまいました。
建築分野では「スターリン様式」なるものに取って替えられ、構成主義建築が表舞台に立ったのは1920年頃からせいぜい20年間のことです。

ちなみに構成主義からスターリン様式への過渡期に登場したのが、「国立レーニン図書館(現ロシア国立図書館)」。



列柱が立ち並び、ファサード上部にギリシャの神殿のごとく彫刻が設置されて、古典的な表現手法への回帰が見て取れて興味深いものがあります。

今回は建築目的の旅行ではなかったので、ぶらぶら歩きの最中にたまたま見つけたものしかご紹介できませんが、教会建築なども含め、モスクワには面白い建築物が多くあります。
モスクワの建築巡りをしようとする際におすすめしたいのがこの本。



シア建築案内 単行本 – 2002/11/1
リシャット ムラギルディン (著), Rishat Mullagildin (原著)



モスクワのみならず、ペテルブルクやその他の主要都市に存する建築物をこれでもかと紹介してくれる本です。
正直、どのような需要層に応えようとしたのか謎ですが、建築好きであればこの本を手にロシアの街歩きをしても楽しめるのではないかと思います。


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