雷なってます…。
春の嵐ですね…。
新しい気持ちに
燃えている
男友達が
お花を習いたいと言い出しました。
人の心を和ませることに
挑戦したいのだそう。
どこか
いいところを教えてと
いうことなので、
知り合いのお店へ
http://www.piare.jp/
一緒にお茶飲みがてら、
偵察に。
めでたく
来月から通うことになりました。
一緒に習えたら
一番いいのだけれど、
私は独学でがんばるわ
春の嵐ですね…。
新しい気持ちに
燃えている
男友達が
お花を習いたいと言い出しました。
人の心を和ませることに
挑戦したいのだそう。
どこか
いいところを教えてと
いうことなので、
知り合いのお店へ
http://www.piare.jp/
一緒にお茶飲みがてら、
偵察に。
めでたく
来月から通うことになりました。
一緒に習えたら
一番いいのだけれど、
私は独学でがんばるわ
自分自身そんな気持ちが無いとは言いませんが、そんなスタンスでモノ作り出来てるか?疑問です。
ものを作る人にとって、というか芸術家にとってはやはり自分自身への追求ということがまずあるんじゃないかなあと思ったりします。陶芸だったらいかに土の特性を引き出せるかという人もいるだろうし、使い勝手の良さをどこまでも追い求める人もいるだろうし、奇想天外なことに挑戦してみたい人、ただただ作らずにはいられない人などなど。とは言え製作活動をしているときは独りで全くの別世界へ行ってしまっているでしょうから、そんなこと、自分でもましてや私なんかが想像するのは難しいでしょうね。だけど具体的に、あの人を喜ばせるものを作ってみたいとか、使う人のイメージをしっかり固定して作ってみたりするのも、そこに愛が宿ってすてきな作品になるかも知れませんね。また長くなりました。私おしゃべり好きで困ります。
それはオブジェだけでなく食器もそうありたいと思っています。
感じます。気のせいかもしれません。