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土曜日のクロス

2010-02-13 | 信仰
私は月に一回、「主治医」に会いに行っている。

もう16年の付き合いになる。

東大で哲学を学び、東大大学院で教育学を修めてから名門私立医大に入学して、精神科医になった人である。

臨床心理士の資格ももっている。

そう書くとスゴイ偉い堅物のようだが、実際には「優しいおっちゃん」という感じの人である。

私が精神障害者施設に働き始めて、いろいろカベにぶつかったとき、出会った。

私にとっては、人生における掛け替えのないひとりである。

この一ヶ月は、私にとってはタフなことが多かった。

そのキツさをかいつまんで喋りながら、自分が本当は何を考え、感じ、したいのかを探っていく…。

そういう機会をもてるのは、とても幸せなことだと思う。

今日は、これからの日本社会はどうなっていくのだろう…という話になっていった。

「まあ、経済という点からは、日本は少しずつ衰退していくのは確かでしょうね」

先生は、そう言った。

「物質的な生活水準から言えば、20年前、30年前の日本に戻ったとしても、世界的にみれば決して貧しくはないと思うんです。でも、現実の私たちは、とても不安だし、孤独だし、苦しいですよね」

私がそういうと、先生は苦笑した。決して安易に「答え」を出さない人でもある。

「こういう現象は、先進国には共通みたいだけれど、うまく行っている国ってあるんでしょうか?」

「まあ、アメリカが上手く行っているとはとうてい思えませんね。といって、ヨーロッパも、本当のところは、私たちには分からない」

先生は、欧米の専門家との交流も多い人である。

「アメリカに比べてヨーロッパは美化されがちですが、階級社会が厳然としてありますから。その重苦しさは、我々にはとうてい理解できないな…と思います」

けっきょく、「評論家みたいなことを言ってても仕方がない。自分の器量で日々を生き、小さなことに喜びを見出していくしかない…」という話になった。


先生に会った後、二ヶ月か三ヶ月に一度、私は四ツ谷のカトリック専門聖品店に寄る。

今日も、寄ってきた。少し大きめのクロス(十字架)が欲しかったのだ。

四ツ谷には専門店がふたつあるが、私はそこで小物を見るのがとても好きである。

高いのは数十万円もするが、私の狙い目は、千円以下の物品である。

また、安いもののほうが「価値」がある気がする。

イエスは「貧しい者にこそ神が宿る」と言ったではないか…。

広くはない店舗だが、「聖品」がギッシリと置かれているから、アッという間に時間が経ってしまった。


そして、今、私の目の前に、新しいクロスがある。

イタリア製だが、大量生産らしく、クロスに付けられた装飾なんて、けっこうオオザッパな感じである。

でも、ソコにまた、味があるんだよなア。

「小さなことに喜びを見出す」…。


土曜日の午後にクロスを探すのも、確かに私にとっては「小さな喜び」なのでした。


どうも、お粗末さまでした。




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