働きながら介護をする人が、会社に転勤を命じられ、苦境に立たされるケースが目立っています。景気の悪化で今後、事業所の閉鎖や統廃合が進めば、異動に応じられない社員が出ることも予想されます。仕事をあきらめざるを得ないのか-。厳しい局面で社員に孤立感がつのります。
「え?。転勤ですか…」
認知症の妻(58)を介護しながら、情報機器販売会社に勤務していた京都市の芦田豊実さん(60)は一昨年11月、会社から東京に転勤を言い渡され、頭の中が真っ白になった。
妻の節子さんは当時から認知症で、数分前の記憶が残らず、衣服の脱ぎ着から炊事や掃除などの家事まで一切、ひとりではできなかった。要介護度は3。
妻を置いて単身赴任はできない。かといって、妻を連れても行けない。慣れた介護スタッフ、医師など、ケアのネットワークががらりと変われば、状態が悪くなりかねない。芦田さんは仕事をやめることを選んだ。
妻のことは以前から、会社に伝えていた。しかし、辞令が撤回されるとは思えなかった。「会社で家庭のことを主張しても通らないだろうと、長いサラリーマン生活で感じていましたから」と芦田さんは言う。
会社を辞めた芦田さんは、近隣のデイサービスで、月曜日から土曜日までヘルパーをして生計を立てつつ、妻を介護する。収入は現役時代の4割に減り、貯金を切り崩す生活。「せめて定年まで勤めあげたかった」と唇をかむ。
配置転換などで通勤時間が延び、介護と仕事の両立が難しくなるケースもある。
大手通信会社に勤める小平良一さん(55)=仮名=は6年前から、妻(48)が運動神経がうまく働かなくなる難病「脊髄(せきずい)小脳変性症」にかかり、介護にあたっている。
夫妻には当時、小学生と中学生の子供がおり、小平さんは妻の介護と育児、仕事が両立できるよう、会社に配慮を求めた。しかし、再三の異動命令で通勤時間は長くなる一方。何かあったときに駆けつけられるよう、自宅に近い事業所への異動を求めているが、認められない。現在は片道約50分かけて会社に通う。
勤務中、妻は家で1人で過ごす。最近、飲み込む力が弱くなってきたが、昼休みに様子を見に行くことができない。「会社は合理化で、50歳超の社員に子会社への出向や条件の悪い異動を迫り、肩たたきをする。介護を抱えていたり、病弱だったり、働く条件の悪い社員が特にターゲットになっている気がする」
■法は「配慮」求めるだけ
転勤による介護離職を防ぐため、育児・介護休業法は26条で、労働者を転勤させる場合、子の養育または家族の介護の状況に配慮することを事業主に義務づけている。
さらに指針では、会社が講ずべき「配慮」として、(1)介護が必要な労働者の家族の状況を把握すること(2)労働者本人の意向を斟酌(しんしゃく)すること(3)就業場所の変更を伴う配置転換をした場合、労働者の家族の介護に代替手段があるかどうか確認すること-の3点を挙げる。
しかし、指針に沿わない転勤命令がなくならないことについて、亜細亜大学法学部の川田知子准教授(労働法)は「残念ながら、育児・介護休業法では、配置転換に『配慮』を求めているだけで、介護負担を軽減する積極的な措置を講ずることを求めるものではないため」と解説する。
ただ、26条ができたことで、裁判でも家庭生活を重視した判例が出るようになった。昨年4月にはネスレ日本に勤務する男性2人が家族介護を理由に、転勤命令の無効を求めた訴訟の上告審で、最高裁はネスレ側の主張を退けた。川田准教授は「最高裁の判断だけでなく、労働契約法でも事業主に仕事と生活の調和への配慮を求めており、企業は今後、育児や介護が必要な労働者の配置に、より丁寧な配慮が必要とされる」と指摘する。
「配慮」の浸透した企業もある。育児・介護休業法を利用する社員が多いある大手企業では、異動命令の前に、社員に「介護などの家族事情を抱えていない?」と聞くという。「実は親が病気で…」となれば、異動は出さない。
この企業の総務担当者は「中小企業では難しいでしょうが、転勤命令前のコミュニケーションは労務管理の基本。一方的に辞令を出せば、『なぜ、家庭の事情を考えないのか』『嫌がらせをされた』などと裁判に発展しかねない。そうなれば、企業イメージは下がるし、ワーク・ライフ・バランス重視のご時世に会社の勝率は低い。負ければ裁判費用や慰謝料を払わねばならず、会社にとって、いいことは何もない」と本音を漏らす。
「不況で少しでもコスト節減を、と考えるなら、個々の社員の評価にかかわらず、家庭事情があれば、転勤命令を出さないのは、今や企業のリスクマネジメントです」
(産経新聞・清水麻子)
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「え?。転勤ですか…」
認知症の妻(58)を介護しながら、情報機器販売会社に勤務していた京都市の芦田豊実さん(60)は一昨年11月、会社から東京に転勤を言い渡され、頭の中が真っ白になった。
妻の節子さんは当時から認知症で、数分前の記憶が残らず、衣服の脱ぎ着から炊事や掃除などの家事まで一切、ひとりではできなかった。要介護度は3。
妻を置いて単身赴任はできない。かといって、妻を連れても行けない。慣れた介護スタッフ、医師など、ケアのネットワークががらりと変われば、状態が悪くなりかねない。芦田さんは仕事をやめることを選んだ。
妻のことは以前から、会社に伝えていた。しかし、辞令が撤回されるとは思えなかった。「会社で家庭のことを主張しても通らないだろうと、長いサラリーマン生活で感じていましたから」と芦田さんは言う。
会社を辞めた芦田さんは、近隣のデイサービスで、月曜日から土曜日までヘルパーをして生計を立てつつ、妻を介護する。収入は現役時代の4割に減り、貯金を切り崩す生活。「せめて定年まで勤めあげたかった」と唇をかむ。
配置転換などで通勤時間が延び、介護と仕事の両立が難しくなるケースもある。
大手通信会社に勤める小平良一さん(55)=仮名=は6年前から、妻(48)が運動神経がうまく働かなくなる難病「脊髄(せきずい)小脳変性症」にかかり、介護にあたっている。
夫妻には当時、小学生と中学生の子供がおり、小平さんは妻の介護と育児、仕事が両立できるよう、会社に配慮を求めた。しかし、再三の異動命令で通勤時間は長くなる一方。何かあったときに駆けつけられるよう、自宅に近い事業所への異動を求めているが、認められない。現在は片道約50分かけて会社に通う。
勤務中、妻は家で1人で過ごす。最近、飲み込む力が弱くなってきたが、昼休みに様子を見に行くことができない。「会社は合理化で、50歳超の社員に子会社への出向や条件の悪い異動を迫り、肩たたきをする。介護を抱えていたり、病弱だったり、働く条件の悪い社員が特にターゲットになっている気がする」
■法は「配慮」求めるだけ
転勤による介護離職を防ぐため、育児・介護休業法は26条で、労働者を転勤させる場合、子の養育または家族の介護の状況に配慮することを事業主に義務づけている。
さらに指針では、会社が講ずべき「配慮」として、(1)介護が必要な労働者の家族の状況を把握すること(2)労働者本人の意向を斟酌(しんしゃく)すること(3)就業場所の変更を伴う配置転換をした場合、労働者の家族の介護に代替手段があるかどうか確認すること-の3点を挙げる。
しかし、指針に沿わない転勤命令がなくならないことについて、亜細亜大学法学部の川田知子准教授(労働法)は「残念ながら、育児・介護休業法では、配置転換に『配慮』を求めているだけで、介護負担を軽減する積極的な措置を講ずることを求めるものではないため」と解説する。
ただ、26条ができたことで、裁判でも家庭生活を重視した判例が出るようになった。昨年4月にはネスレ日本に勤務する男性2人が家族介護を理由に、転勤命令の無効を求めた訴訟の上告審で、最高裁はネスレ側の主張を退けた。川田准教授は「最高裁の判断だけでなく、労働契約法でも事業主に仕事と生活の調和への配慮を求めており、企業は今後、育児や介護が必要な労働者の配置に、より丁寧な配慮が必要とされる」と指摘する。
「配慮」の浸透した企業もある。育児・介護休業法を利用する社員が多いある大手企業では、異動命令の前に、社員に「介護などの家族事情を抱えていない?」と聞くという。「実は親が病気で…」となれば、異動は出さない。
この企業の総務担当者は「中小企業では難しいでしょうが、転勤命令前のコミュニケーションは労務管理の基本。一方的に辞令を出せば、『なぜ、家庭の事情を考えないのか』『嫌がらせをされた』などと裁判に発展しかねない。そうなれば、企業イメージは下がるし、ワーク・ライフ・バランス重視のご時世に会社の勝率は低い。負ければ裁判費用や慰謝料を払わねばならず、会社にとって、いいことは何もない」と本音を漏らす。
「不況で少しでもコスト節減を、と考えるなら、個々の社員の評価にかかわらず、家庭事情があれば、転勤命令を出さないのは、今や企業のリスクマネジメントです」
(産経新聞・清水麻子)
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