きりのみやこ

ソプラノ歌手「みやこ」の音楽する日々

4つの最後の歌

2008年04月28日 | 音楽のこと
私は比較的、近代音楽好きである。
(近代音楽=ロマン派以後1890年頃から第一次大戦終了までの期間の、印象派や新古典主義などの音楽の総称)

歌曲で言えば、R・シュトラウスやヴォルフが特に好きだ。
まだロシア語なので、挑戦できていないが、ラフマニノフやプロコフィエフも歌ってみたい。

そんな私が特に好きな歌がある。

R・シュトラウスの絶筆(彼に人生において一番最後に作曲された)、
「4つの最後の歌」
である。

1.春
2.9月
3.眠りにつくとき
4.夕映えの中で

の4曲からなる、「死」をテーマにしたソプラノとオーケストラのための曲集である。

何と美しい詩であろう。
自然の美しさと、人生というものへのはかなさ。
そのほか本当に色々な感情や、人間として生きる事、死ぬ事をまた更に越えた何か。。。

そんなものを感じる。

実はこの曲、幼少の頃から家庭でよく流れていた。
その頃はもちろん、シュトラウスの作品だ、と言う事以外には何も知らなかった。
ただ、美しい曲だと思っていた。

そしてこの曲の詩を読み、すっかりとりこになったのがもう5,6年前の事か。
まず、幼い頃から耳に残っていた美しい曲との「再会」
そして、ソプラノ歌手としての私と、この曲の「出会い」である。

テクニック的にも、音楽的にも、非常に難しい曲だ。
当然「まだ早い」と先生に反対される。
ましてや、私のような声の細い歌手の歌う曲ではない。

説得。
若いから、「死」をテーマにした曲を歌えないと言うのは正しくない。
「死」とは「生」に常に相対するものであり、抱き合わせのものだ。
若いときには、若いなりの「死」に対する想いがあって良い。
私は、ライフワークとして、大好きなこの曲に歌手人生をなぞらえていきたい。

先生は理解してくれた。

一度リサイタルで全曲演奏した。
以来、プログラムに入れていなくても、コンサートの前になるとむしょうに歌いたくなって必ず歌っている。

そして私なりの「4つの最後の歌」が生まれた。

5月に久々に「春」をリサイタルで歌うことになった。



もうこれで、歌手を辞めよう、と決心した時、オーケストラと一緒にこの曲を歌いたい。


本質

2008年04月17日 | 音楽のこと
ある現代バレエのダンサーが、こんな事を言った。

「技術や振り付けにこだわりすぎ、ひたすら練習を重ねることと、考えすぎることは、
どちらも表現したい事の本質を損ねてしまうこと。
本当に大切なのは 疑う こと。」

バレエにしても、音楽にしても、常に「技術」がついて回る。
そして更に、芸術と言うものは、常に「考える」要素を持っている。

技術を鍛える事、そして芸術作品について「考える」事は、必要不可欠だ。

それを彼女はあえて、「やりすぎてはいけない」と言う。

音楽でも、バレエでも、舞台芸術は「生き物」である。
そして、「表現したい事」をもとに創り上げられたものである。

そこの本質は、意外と見失いやすい。
「疑うこと」は、「本質を見直す」ことにつながる。

良い勉強をさせてもらった。

バレエは全身を使って表現するもの。
歌もしかり。

彼女は「ダンスは人生だ 人生はダンスだ」という。

私も「歌は人生だ 人生は歌だ」と、言って恥ずかしくない歌手になりたい。
そう思った。