尺取虫や世間見えぬと立ち上がり
柴田由乃
句集 「余生小粋に」より
尺取虫が後ろ脚で半分立ち上がった姿を
世間が見えないから
もっとよく見ようととして立ち上がった姿を
捉えた ユーモアー溢れる句である
揚句は 尺取虫の立ち上がる姿を句材とし
その姿に何かを求める
必死さを感じとった
尺取虫は「世間が見えぬ」と 立ちあがったのである
見逃せないのは
尺取虫の姿を見て誰もが感ずる
おかしみや 滑稽さの感覚を素直に昇華して
句にしたと言う点である
それこそが「世間みえぬと」の借辞の真骨頂なのである
俳句には表現のうまさ
技術 芸 というものも 必要だが
このような原感覚
驚きの念を失わない素直さが
最も必要とされるのではないだろうか。
今津大天 俳句の対話術 より
わずか数センチの尺取虫が
背伸びをしたところで どれだけのものが見えるように
なるのかしら
それを大仰に 詠ったところに
おかしみを おぼえます。
いや 皆 尺取虫でさえ
必死に 世間からずれないように
世間の風を 乗り切って 生きているのです。
自分の感じたことを 素直に詠う
これこそ 俳句の真髄なのでは ないでしょうか。
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素直に詠む
写真も 自分が感じたことを少しでも伝えられたらイイなぁ~と思います ^^
立ち上がって、尺取り虫は何かが見えたのでしようか。ただ読み見過ごしてしまえば、そのままですが、ハッとするような心情が汲みとれる
句ですよね。
俳句は写生の世界の切り取りといいます。
一切の無駄な説明は不要なんですね。
読み手の感覚が問われていることが分ります。
あれは本当に1尺なんだろうか・・・。
尺取虫 尺貫は遠く なりにけり・・・。^±^
山頭火みたいな句になっちゃいました。^±^
そんないいものか!(゜Д゜)ノx±x