気まぐれ翻訳帖

ネットでみつけた興味深い文章を翻訳、紹介します。内容はメディア、ジャーナリズム、政治、経済、ユーモアエッセイなど。

英国のメディア監視サイト・8-----報道拒否によるプロパガンダ

2021年05月10日 | メディア、ジャーナリズム

今回は久しぶりに英国のメディア監視サイト『Media Lens』(メディア・レンズ)から。
これで8回目となります。

内容は、前半はリビア、シリア、ベネズエラなどを例にしての概論的な報道拒否の問題を
あつかい、後半はBBCの直近の御用機関ぶりを具体的に挙げて糾弾する、いつもの
『メディア・レンズ』節(ぶし)です。
便宜上、前半と後半に分けて掲載します。


原題は
Propaganda By Omission: Libya, Syria, Venezuela And The UK
(報道拒否によるプロパガンダ-----リビア、シリア、ベネズエラ、英国)

書き手は、サイトの共同創設者の一人であるデイヴィッド・クロムウェル氏。

原文サイトはこちら↓
https://www.medialens.org/2021/propaganda-by-omission-libya-syria-venezuela-and-the-uk/


(例によって、訳出は読みやすさを心がけ、同じ理由で、頻繁に改行をおこなった)


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Propaganda By Omission: Libya, Syria, Venezuela And The UK
報道拒否によるプロパガンダ-----リビア、シリア、ベネズエラ、英国



2021年3月29日 本サイト「アラート」コーナー


われわれは戦争を好む社会に生きている。世界一のテロ脅威国、すなわちアメリカ、を
支持し、また、アメリカと協調行動を採ってきた。
企業メディアによるプロパガンダは、こうした行き方を維持する上で、中核的な役割を
はたしている。

10年ほど前のこの時期、米、英、仏の3国は、「人道的介入」といういつわりの名目の下に、
石油資源に富んだリビアを攻撃した。
オバマ大統領、キャメロン首相、サルコジ大統領らは空爆を正当とした-----ベンガジの一般
市民が、カダフィ大佐のひきいる軍によって虐殺されるおそれが高まっているとして。
本『メディア・レンズ』ですでに詳細に論じたように、この言説はいかさまであった。

リビアはもともと医療費や教育費がタダの、裕福な国であった。その国が実質的に崩壊
させられたのである。
国民の60万人が死亡したと推計され、それ以上の人々が帰る家をうしなった。「破綻国家」
という悲惨な環境の下で、黒人たちが「民族浄化」の憂き目に会い、リンチを受け、
あるいは、奴隷として売られた。違法な武器売買やテロ行為が蔓延し、多くの人々がもっと
ましな暮らしを求めて地中海を越えようとし、そのうちの数千人がその途上の波にのまれて
命をおとした。

ジェレミー・カズマロフ氏(『コバートアクション』誌の編集主幹であり、米国外交に
関する著作を4冊上梓している)は、最近、こう指摘した。
この人道的悲惨をもたらした欧米の強国はこれまでのところまったく(法に照らして)
裁かれていない、と。
同氏はまた、こう付言している。

「ふり返ってみれば判然としているが、米国はカダフィ大佐を標的にした40年にわたる
『レジーム・チェインジ(政権転覆・体制転換)作戦』を完了させつつある。この作戦に
とって、メディアのインチキ報道は要石の役割りを構成する」

「2011年のこの戦争をこのようにふり返ることは、今日、重要な意味を持つ。米国民が
この歴史から教訓を得、二度とふたたびだまされてこのような介入に賛同することがない
ように、である」


[シリアとベネズエラをめぐる驚くべき沈黙]

ところが、また幾年かを経てシリアが問題になった時、メディアのインチキ報道は、欧米の
軍事力を解き放つ上で、またもや決定的な役割を演じた。
すでに本サイトの「アラート」コーナーにおいて再々取り上げたことであるが、2018年4月
7日にダマスカス郊外のドゥーマへの空爆の際、化学兵器を使用としたとされる件で、企業
メディアは即座に声をそろえてきっぱりそれをアサド大統領の責任に帰し、声高に非難した。
1週間後、米、英、仏は、確定的証拠のないこの申し立てに乗って、シリアを攻撃した。
しかし、この時以降、国連の化学兵器禁止機関(OPCW)が、アサド大統領がドゥーマ市民
に塩素ガスを用いたとする欧米の言説を維持するために、大がかりな事実隠蔽をおこなって
いた証拠が大量に積み上がっている。

今月初め、元OPCW職員の5名が複数の著名な署名者に賛同して、OPCW本部にこの問題に
対処するよう請願した。
問題の発端から、フリー・ジャーナリストのアーロン・メイト氏(独立系ニュース・
メディアの『ザ・グレイゾーン』が主な活動舞台)は事態の展開を注意深く追っていた。
(同氏による「トランプ大統領のシリア空爆の根拠は虚偽であったか?」と題する
突っ込んだ記事を参照されたい)

同氏はこう述べている。

「OPCW内部からの流出情報によると、シリア政府に責任ありとの主張に疑義を呈する
重要な科学的知見は検閲を受け、また、当初からの調査者は担当から外された。
隠蔽工作が発覚して以降、OPCWは説明責任を回避しているし、内部告発者の2人を
あけすけにこき下ろしている」。

そして、あるインタビューの中で、メイト氏は、企業メディアによる異様な沈黙を指摘
している。

「欧米メディアは、右派左派を問わず、この情報を埋もれさせています。まったく信じ
がたいことです。隠蔽工作に関する類いまれな申し立てがあり、複数の内部告発者がいる。
申し立てばかりか文書も存在する。ウィキリークスによって公開された一連の文書が」。

英国においても、同様の恥ずべき沈黙が見られる。BBCもその例外ではない。同局の主任
海外特派員であるライス・ドウセット女史が当初、この「重要な話題」に関心を示していた
にもかかわらず。

だが、他国に対する欧米の暴力、および、「われわれの」犯罪を擁護すべくつむぎ
だされる「正当化のための理屈付け」、あるいは当該の犯罪行為そのものの黙殺-----
これらは「主流派」ジャーナリズムではごく当たり前のこととされている。

ベネズエラを例にとってみよう。
同国は世界でも突出して豊富な石油資源を蔵し、また、左寄りの民主制国家として、長く
米国のレジーム・チェインジ(政権転覆・体制転換)の標的であり続けている。
このことがきわめて鮮明に見て取れたのは、故ウゴ・チャベス氏が同国の大統領であった時
である。同大統領は2002年に米国が後押ししたクーデターによって失脚した(短時日で政権
復帰したけれども)。そして、企業メディアは幾度となく同大統領を不適切にも「独裁者」
と形容した。
チャベス氏に代わって、その後継者のニコラス・マドゥロ大統領の時代になっても状況は
いっこうに変わっていない。

米国のメディア監視団体『FAIR』に寄せた文章の中で、フリー・ジャーナリストのジョン・
マケヴォイ氏は述べている。
先頃、国連が米国と欧州のベネズエラに対する過酷きわまる制裁措置をきびしく非難した
が、メディアはこれに「唖然とするような沈黙」で応じた、と。

同氏は語る。

「国連の報告書は、ベネズエラに対する長年の経済戦がいかに同国の経済を窒息させたかを
浮き彫りにした。ベネズエラ政府はそのために、新型コロナ感染症の爆発的流行の前で
あっても、その渦中でも、国民に基本的な医療サービスを提供する力を奪われている」。

国連人権報告官のアレナ・ドウハン氏は、人権の享受に関し、一方的な強制措置がおよぼす
悪影響を調べて、次のように報告している。
ベネズエラ政府の歳入はいちじるしく低下したとされ、「同国は目下、制裁措置前の歳入の
1パーセントでやりくりしており」、「新型コロナ感染症による非常事態への政府の対応力」
が削がれている、と。

ドウハン氏は米国政府および欧州の関係国政府に対して、「ベネズエラ中央銀行の資産凍結
を解除し、医薬品やワクチン、食料、医療関連その他の機器を購入可能にする」よう
呼びかけた。

同氏はまた、こう付言した。
ベネズエラの政権打倒をもくろむ米国主導の策謀は、「国家の主権的平等の原則を侵害する
ものであり、かつ、ベネズエラへの内政干渉-----それはまた、南米諸国との関係にも影響を
およぼします-----に相当します」。

本サイトは約2年前に、この「アラート」コーナーで、米国の著名なシンクタンクである
『経済政策調査センター(CEPR)』の調査報告についてふれた。それは、米国が2017年
8月にベネズエラに課した制裁措置の結果、これまででおよそ4万人が亡くなったという
推計である。
しかし、英国に本拠を置くメディアでは、『インディペンデント』紙の1記事を除いて、
この件を報じたメディアはなかった。BBCはいっさいこの件にふれていない-----一応、
本サイトが調べてみたかぎりにおいては。

上のマケヴォイ氏はまた、こう語っている。

「制裁措置がもたらす壊滅的な影響を報じないことによって、企業メディアは、ベネズエラ
の経済的、人道的状況をすべて同国政府の責に帰してしまう。そして、そうすることで、
さらに悲惨を増幅するような所業を正当化してしまう」。

同氏は続けて言う。

「欧米の外交政策が根本的に温和なものであるという信仰を捨てたくないがために、企業
メディアの書き手たちは、制裁措置の壊滅的な影響を語るにあたって、マドゥロ大統領に
対する批判のみに終始するのが一般だ」。

これは、これまで何度もくり返されてきた欺瞞のパターンである。
別の例をあげると、2002年から2003年にかけて、「主流派」メディアは、イラクが大量破壊
兵器を所有していないという主張をサダム・フセインに帰するばかりだった。
そうすることによって、国連の兵器査察官幹部による、証拠の裏付けのある証言を埋もれ
させてしまった。それは、イラクが1998年の12月までには大量破壊兵器の90~95パーセント
を「実質的に廃棄」していたと結論付けるものであった。
(これについては、スコット・リッター、ウィリアム・リヴァーズ・ピット著『イラク
戦争』(プロフィール・ブックス社 2002年刊)の23ページを参照(訳注・1))

(訳注・1: この書籍は邦訳が出ています。『イラク戦争-----元国連大量破壊兵器査察官
スコット・リッターの証言-----ブッシュ政権が隠したい事実』 (合同出版)。ただし、
現在は品切れとなっているもよう)

マケヴォイ氏は、ベネズエラに関する英『ガーディアン』紙の報道は米国政府の台本に
沿ったものであることを指摘している。

「たいていの場合、『ガーディアン』紙は制裁措置についてまったくふれない。たとえば、
同紙のトム・フィリップス記者は2019年6月にこう書いている。『400万以上のベネズエラ
人が経済上、人権上の混乱から逃げ出した』、と。そして、クーデターの指導者たらんと
しているフアン・グアイド氏の主張、すなわち、同国の経済崩壊は『マドゥロ政権の腐敗に
よって引き起こされた』という主張をかかげる。しかし、米国がしかける経済戦争に関して
は一言半句も言及がない」。

また、
「ドウハン氏の非常に不都合な報告書は、伝統にしたがって、既存の大手メディアにより
『唖然とするような沈黙』で応じられた。『ガーディアン』紙、『ニューヨーク・
タイムズ』紙、『ワシントン・ポスト』紙、BBCのいずれも、ドウハン氏の調査結果を
報じることはなかった」。

想像してみていただきたい。もしロシアがある国に制裁措置を発動し、その国の主権を
侵害し、その国の人々の何万人かが命を落とし、さらに何万人かがそうなる可能性が今後
見込まれる、と。
さらに想像を進めて、経済戦争の遂行に関する国連の手厳しい報告書が公になり、この
経済戦争が「国際法に違反している」とされるとともに、「ここ6年の間に当該国国民の
栄養不良状態が深刻化し、250万人以上の人々が食べ物を安定して得ることがひどく
むずかしい、これらの責任はロシアにあり、とその報告書の中で非難されている、と。
想像していただきたい。かかる報告書において、「一方的な制裁措置が広範囲な人権-----
とりわけ、食べ物への権利、健康への権利、生存権、教育を受ける権利、発展の権利-----
に対して、壊滅的な影響をおよぼす」と指摘されている、と。
そうした場合、欧米におけるニュースの見出しや詳細な報道が息つくひまもないほど一般の
視聴者や読者に供給されるであろう。
ロンドン駐在のロシア大使は英外相からきびしい叱責を受け、また、他の大臣らも国会で
話題にし、プーチン大統領を考えられ得るもっとも強い言葉で指弾するであろう。
国連が介入すべしという要求が世界中でわき起こるであろう。

欧米の政策に基づくこのような犯罪を黙殺するために欠かせない、イデオロギー上の自己
統制は、驚くべきものがある。しかし、企業メディアの世界では、それが当たり前になって
いる。
BBCやその他の「主流派」ニュース・メディアはこの「黙殺によるプロパガンダ」を日々
遂行しており、それは、米英政府にとって、その目的追求を可能ならしめる決定的に重要な
道具なのである-----その目的が「レジーム・チェインジ」であろうと、原油その他の天然資源
の開発であろうと、はたまた地政学的覇権であろうと。


(前半部はここまで)


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[その他の訳注・補足など]


米国の制裁措置によりベネズエラで約4万人が亡くなったとの『経済政策調査センター』の
報告を英国の大手メディアが取り上げないという本文の記述に刺激されて、自分でグーグル
検索して、日本の事情を確認してみました。

「経済政策調査センター ベネズエラ」等で検索しても、やはり日本の大手メディア(朝日、
毎日、読売等の新聞、大手通信社、大手出版社の雑誌、大手テレビ局など)のサイトは
ヒットしません(2021年5月6日時点)。

以下が、関連するグーグル検索の1ページ目の検索結果です。

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米の対ベネズエラ経済戦争が、CLAP食糧プラグラムを標的に ...http://buenos-amigos.jugem.jp ? ...
2019/05/27 ? カラカス、ベネズエラ-- 米政府はベネズエラの食糧配給プログラム、CLAPの関係者に制裁を加えようとしている。ベネズエラに対する最新の強圧手段である。 この新しい制裁措置は経済政策調査センター(Center for ...

ベネズエラの貧困率に関する虚偽と真実 - JCA-NEThttp://www.jca.apc.org ? venezuelan_poverty_rates
2006/06/19 ? ベネズエラ政府の全国統計局によると、チャベスが政権についた最初の4年間で、貧困率は43%から53%へと上昇した。 ... 以下は、米国のリベラル系シンクタンク「経済政策調査センター」(Center for Economic and Policy ...

「資源の呪い」: 時事英語ブリーフィングhttps://jijieigo.at.webry.info ? article_14
2007/12/10 ? ベネズエラのタルクアル紙のテオドロ・ペトコフ編集長はウゴ・チャベス大統領を批判して、次のように述べる。 ... ワシントンの経済政策調査センターのマーク・ウェイスブロットのように一部のエコノミストは、昨年、社会 ...

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(ちなみに、2番目のサイトの「ベネズエラの貧困率に関する虚偽と真実 - JCA-NET」では、
ベネズエラの貧困に関する大手メディアの虚偽を学術的に詳細にあばいています)



また、国連人権報告官のドウハン氏が報告書で米国の制裁措置を批判した件もやはり
見当たりません。

「ベネズエラ 国連 ドウハン」などで検索しても、ヒットするのは、たとえば、以下の
ように、(最後に登場するフェイスブックを除き)失礼ながら大手とは呼べないサイト
ばかりです。
(上と同様に、グーグル検索の1ページ目の検索結果)(2021年5月6日時点)

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国連が、米国による対ベネズエラ制裁の知られざる事実を暴露 ...https://parstoday.com ? news ? world-i72054
国連人権特別報告者は、公式報告書の中で、ベネズエラに対する米国の制裁の違法性についての暗黙の知られざる事実を暴露 ... 通信社によりますと、国連人権理事会の一方的強圧手段の人権への否定的影響に関する特別報告者であるアレナ・ ...

ベネズエラ:国連人権報告官が制裁は国際法違反と強調 ...http://latinpeople.jugem.jp ? ...
2021/02/14 ? 国連人権報告官アレナ・ドウハンがこの国には医薬品と食糧の入手が不足しており、ベネズエラの住民の健康に直接的な影響が現れていると強調した。|写真:Twitter/@telesurenglish. この報告書には、ベネズエラの住民に ...

ベネズエラ:国連特別報告官の予備報告(1) | ラテンアメリカの ...http://latinpeople.jugem.jp ? ...
2021/02/25 ? 米国らの制裁によるベネズエラの住民に対する深刻で衝撃的な人権侵害の実態が報告されています。 ... 最近ベネズエラを訪問した後、国連特別報告官アレナ・ドゥハン女史の一方的強制措置が人権の享受に与えている悪影響 ...

@h-yamachan on Twitter: "国連が、米国による対ベネズエラ制裁の ...https://twitter.com ? yamavhan ? statuses
国連が、米国による対ベネズエラ制裁の知られざる事実を暴露 ... アレナ・ドウハン氏は、公式報告書の中で、「ベネズエラに対する残酷かつ違法な米国による ...

@h-yamachan в Twitter: "国連が、米国による対ベネズエラ制裁の知 ...https://twitter.com ? yamavhan ? status
国連が、米国による対ベネズエラ制裁の知られざる事実を暴露 ... アレナ・ドウハン氏は、公式報告書の中で、「ベネズエラに対する残酷かつ違法な米国による ...

ベネズエラ、ICCでの米国に対する訴訟に情報を追加 teleSUR ...http://eritokyo.jp ? independent ? teleSUR-venez1
2021/03/19 ? 以下は今日のteleSURのトップ記事で、米国がベネズエラはじめ南米諸国に対し課している一方的な強制措置に対する国連報告者アレナ・ドウハン氏の予備報告書を国際系刑事裁判所(ICC)の検察庁に委託したを内容として ...

国連の特別報告者らが制裁解除を求める ... - 駐日ベネズエラ ...https://www.facebook.com ? posts
制裁がキューバ、イラン、スーダン、シリア、ベネズエラ及びイエメンで苦しみと死を誘発していると、アレナ・ドゥハン氏(一方的強制措置が人権の享受に ...

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以上でわかる通り、日本の大手メディアも「報道拒否・黙殺によるプロパガンダ」を
おこなっている(別の言い方をすれば、米国政府にとって不都合な情報は発信しない)よう
です-----あらためて言うまでもないことながら。
まったくあきれてしまいます。

(もっとも、私のパソコンによる検索結果だけがこうなのであって、他の人の検索結果は
ちがうという可能性も万に一つあるかもしれません。どうぞ、閲覧者の方は各自で調べて
みてください)



英米の大手メディアによる「報道拒否・黙殺」(または報道抑制、報道自粛、自主規制
など)の例は、本サイトで過去に何度も取り上げました。
本ブログを初めて訪れる方などのために、あらためて主なものを再度かかげておきます。

・英国のメディア監視サイト・5-----英大手新聞が不都合なブログ?を突如打ち切り
https://blog.goo.ne.jp/kimahon/e/d714be457f4b9fe38f20fff62a6f7bdc

・TPPを報道自粛するCNNとフォックス・ニュース
https://blog.goo.ne.jp/kimahon/e/93c6db8a981442c295880689a9923c11

・ロシアのスパイ行為には大騒ぎするがイスラエルのそれには沈黙する米国メディア
https://blog.goo.ne.jp/kimahon/e/cbd649e416c435688afafe274a9188f4

・シリアをめぐる不都合な報道を封殺する英米大手メディア
https://blog.goo.ne.jp/kimahon/e/73d63011f006cdc858ce083e7a0e0856

・イスラエルのスパイ活動には沈黙する米国の政治家と大手メディア
https://blog.goo.ne.jp/kimahon/e/98e7e052d9900d90ae2355f35ea7c960

などです。



今回の文章の後半部のBBC批判の方はまた近日中にアップします。


2国間の対立から利を得ようとする巨大石油企業

2021年03月26日 | 国際政治

今回も短いコラムで、内容は前回と重なる部分があります。書き手も前回の書き手の一人
である VIJAY PRASHAD(ヴィジャイ・プラシャド)氏。

前回、資源掌握にからんで言及されたのはテスラ社でしたが、今回はビッグ・オイル
(巨大石油企業)の一角を占めるエクソンモービル社。
ねらわれた国は前回はボリビアでしたが、今回はガイアナとベネズエラが対象です。
もちろん、この動きにも、米国政府が後ろ盾となっています。


原題は
How ExxonMobil Uses Divide and Rule to Get Its Way in South America
(南米で思い通りにふるまうべく、エクソンモービル社がいかに「分割統治」の手法を
用いたか)

書き手の VIJAY PRASHAD(ヴィジャイ・プラシャド)氏は、前回に書いたように、
インド出身の歴史学者、ジャーナリスト、評論家。著書の一つが邦訳で『褐色の世界史-----
第三世界とはなにか』(水声社)として出ていますが、この著作はなかなか評判がいいようです。


原文サイトはこちら↓
https://www.counterpunch.org/2021/02/05/how-exxonmobil-uses-divide-and-rule-to-get-its-way-in-south-america/


(例によって、訳出は読みやすさを心がけ、同じ理由で、頻繁に改行をおこなった)


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2021年2月5日


How ExxonMobil Uses Divide and Rule to Get Its Way in South America
南米で思い通りにふるまうべく、エクソンモービル社がいかに「分割統治」の手法を用いたか



BY VIJAY PRASHAD
ヴィジャイ・プラシャド




南米で隣り合うガイアナとベネズエラの2国の間で緊張が高まっている。少なくとも1835年
にまでさかのぼる、一片の土地をめぐっての角逐である。
エセキボ一帯の帰属をめぐって、ガイアナ共和国のイルファーン・アリ大統領とベネズエラ
のニコラス・マドゥロ大統領が激しい言葉を投げつけあった。お互いに自分の国の領土である
と主張してゆずらない。
1990年以降、両国は、国連の「調停事務所」を介して主張を通そうとしてきた。そして、
2013年の時点では、ベネズエラの大統領マドゥロ氏とガイアナの当時の大統領ドナルド・
ラモター氏の見解によれば、国連のこの枠組みにおいて、エセキボをめぐる協議は「うまく
いっていた」。

ところが、2015年に状況は一変してしまった。そしてそれ以降、両国間の緊張は高まる
ばかりである。
事態の深刻さが抜き差しならぬものとなったので、国連は紛争解決の枠組みを「調停事務所」
から国際司法裁判所に移した。同裁判所は2020年の12月にその管轄権を宣言した。


[すべては石油をめぐる動き]

2015年に状況が一変したのは石油が原因であった。

世界屈指の石油企業であるエクソンモービル社(1998年にエクソン社とモービル社が合同して
生まれた)は、1999年にガイアナ政府との協定に署名し、スタブルーク鉱区の開発権利を得た。
同鉱区は、問題となっているエセキボの沖合に位置する。
協定の署名後何年にもわたり、エクソンモービル社は、エセキボの帰属をめぐる議論を尻目に、
同鉱区の探査作業を進めた。
ここで思い起こしておくべき事情がある。同社は、ベネズエラ政府によって2007年にオリノコ
川流域の油田開発から締め出された。同国の新しい法令にしたがうことを拒んだためである。
そこで、同社の関心はガイアナ、とりわけ、問題となっているエセキボ一帯の土地に向けられた。
石油企業(エクソンモービル社のほかにカナダのCGX社もかかわる)が積極的に探鉱作業を
進めたおかげで、ガイアナ政府はあらためて国境紛争を、ベネズエラとはもちろん、スリナム
共和国とも闘うことになった。スリナムはガイアナの東の隣国である。

2015年、エクソンモービル社は、「高品質の油を含有する約90メートルの砂岩貯留層」を発見
したと発表した。近年で突出して大きな油田の一つということになる。
当時、デイヴィッド・グレンジャー大統領のひきいるガイアナ政府は、エクソンモービル社と
「生産物分与協定」を結んだが、その詳細を確認すれば、分別のある人間なら誰しもショックを
受けるであろう。
エクソンモービル社は原価回収のために石油収入の75パーセントをあたえられ、残りをガイアナ
政府と折半する形となっている。おまけに、同社はいかなる税も免除されている。
この生産物分与協定の32条(「協定の安定」と題する項目)には、以下のような文言が書かれている。
ガイアナ政府は、エクソンモービル社の同意なしには、「本契約の改正、修正、撤回、終了、
無効あるいは法的強制力なしとの宣言、再交渉の要求、代替または代用の強要、をおこなっては
ならず、また、その他、本契約の回避、変更、制限などをめざす行為にうったえてはならない」、と。
将来のガイアナ政府は、帰属が争われている海域にかかわるものでありながら、このとんでもない
取引の結果、本協定にずっと拘束されることになるのである。

ジャン・マンガル氏(グレンジャー大統領の元顧問で、現在はデンマークのNTDオフショア社の
コンサルタント)は、この協定を精査して、「これまで自分が読んだ中では、最悪の部類に
属しています」と述べた。
同氏によれば、ガイアナは「ふたたび植民地と化しつつある」。つまり、この協定によって、
「同国の少数の実業家と政治家は、石油のおかげでフトコロがうるおいます。彼らは搾取者たち
のために働いて、国民はかえりみられないのです」ということである。
国際通貨基金(IMF)でさえも、報告書の中で、ガイアナ政府がエクソンモービル社ときわめて
不利な契約を結んだと明言した。ガイアナ政府宛てのその報告書では、協定の条件が、
「国際基準からすれば、かなり投資家寄り」であり、ガイアナ政府のロイヤリティ・レートは
「世界標準よりはるかに下にある」と書かれている。


[分割して統治せよ]

ローマ人は、地中海世界の覇権に乗り出した際、いわゆる「分割統治」の手法を用いた。
対立勢力を分断し、しかる後に支配しようとしたのである。
エクソンモービル社のふるまいを観察すれば、同社が、米国政府の支援を得て、エセキボ
をめぐるガイアナ・ベネズエラ間の紛争をあおっていることは明白である。その混乱に
乗じて利を得ようとしているのだ。

この紛争の大元ははるか昔にさかのぼる。
ベネズエラが1811年に独立をはたした後、宗主国のイギリスが「英領ギアナ」と呼んだ
このガイアナが、自分たちの拠りどころとして力を維持することをその入植者たちはのぞんだ。
ドイツ生まれのロベルト・ヘルマン・ショムブルクは、1835年にイギリス領の辺境を探査し、
大英帝国のためにエセキボ川とオリノコ川の流域一帯をイギリス領とする線を画定した。
ベネズエラは1840年に、このいわゆる「ショムブルク線」に異議をとなえた。
クユニ川流域で金が発見されると、、それがベネズエラ領であることはまず疑いようがない
にもかかわらず、「ショムブルク線」は位置をずらされ、流域全体をガイアナ側がふくむ
ことになった。
米国で仲裁条約が調印されたが、多くの問題点をかかえており、結局、ベネズエラが仲裁
判断の無効を主張するに至っている。
(これについては、ベティ・ジェイン・キスラー氏による1972年の研究論文『ベネズエラ
・ガイアナ間の国境紛争 --- 1899年~1966年』に依拠した)
米国のグローヴァー・クリーヴランド大統領は、こうした展開をふまえ、ショムブルク線は
「いわば摩訶不思議なやり方で拡張された」。そして、それは「あまりに絶対視、神聖視
されている」と述べた。かくして、イギリス側は問題の領域の完全な併合以外は頑として
認めようとしない。イギリスの動機について、同大統領はこう評している。「商人の本領が
またもや発揮された」、と。

「商人」はエクソンモービル社の形でふたたび登場する。

ガイアナ政府は、「国際司法裁判所にベネズエラとの係争を持ち込んだその裁判費用などを
ふくむ2018年度の推定コストをまかなうために」、エクソンモービル社からの収益を用いた。
一方、2020年の半ば、ガイアナの『カイエトゥール・ニュース』紙の幹部記者であるキアナ
・ウィルバーグは次のような事実をつかんだ。
世界銀行が米法律事務所のハントン・アンドリュース・カースに120万ドルを支払っていた
ことである。同事務所はエクソンモービル社との長いつきあいで知られている。支払いは、
ガイアナの石油関連の法の改正に向けての仕事に対するものであった。
記事には、上記の、元大統領顧問であるジャン・マンガル氏の言葉が引用されている。ガイアナ
政府は、「われわれが規制しなければならぬ当のその会社自身に国の事業を指図させています。
これは失敗への処方箋です。そして、ご覧のとおり、われわれは失敗しつつあります」、と。

エクソンモービル社にあたえられた、この旨味のある契約、そしてまた、同社の法律家に
あたえられた、ガイアナの法律をいじる機会-----これらに人々の関心が集まる前の2020年9月、
米国務長官のマイク・ポンペオ氏が同国に降り立った。
ベネズエラの隣国であるガイアナ、ブラジル、コロンビアを訪う3日の行程の一環で、
ベネズエラに対するさまざまな側面からの攻撃を加速させることをねらいとした歴訪であった。
思えば、ふしぎな展開である。
ガイアナは、1964年に、民主的な選挙で大統領となったチェディ・ジェーガン氏のひきいる
政府を米CIAによって転覆させられている。それから半世紀ほど経ってみると、米国は
今度はベネズエラのレジーム・チェインジ(体制転換・政権打倒)を図って、ガイアナを
その道具として利用しようとしているのである。こういう事情があるからこそ、ガイアナ
人権協会はイルファーン・アリ大統領に対して、「浅慮・軽率なふるまいを極力避けること」
を求めたのであった。
ポンペオ氏の持ちかける取引はこういうことだ。
もしガイアナがベネズエラに対する共闘作戦に加わり、エクソンモービル社により好意的な
計らいをするならば、米国はエセキボをめぐるガイアナの主張を支持するだろう、と。

ポンペオ氏のガイアナ訪問が終了してから、『カイエトゥール・ニュース』紙のコラムニスト
の一人が辛辣なコメントを寄せている。
「これ、この通り。エクソンとベネズエラの間にはさまれて、ガイアナ国民は何の恩恵も
得られない。われわれ国民のためと称する石油関連の取引について、エクソンと交渉する
政治指導者たちは、くわしいことをわれわれに何も告げない …… 。われわれは石油について
話題にする。すると、例の人物がやってきて、テロや麻薬や領海のことなどについてあれこれと
語る。アメリカにとっては重要なことだ。彼は自分の国をまもる。自分の国のために職責を
はたす。…… しかし、またもや、ガイアナの国民は何も得ずに終わる」、と。

ガイアナ・ベネズエラ間の国境紛争はいよいよ激しさを増している。エクソンモービル社は
一歩引いた地点で、静かに笑っている。巨大石油企業にとって、混乱や分裂は都合がいい。
平和であろうと戦争が勃発しようと、いずれにせよ彼らは金をもうけるのだ。


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[その他の訳注・補足など]


ウィキペディアに対しては、訳出に際してその情報にたびたびお世話になっていたので
非常に感謝しておりますが、だんだんその偏向に気がつくようになって、近頃ではだいぶん
感謝の気持ちが薄れてきています。

今回も「ショムブルク線」、「ロベルト・ヘルマン・ショムブルク」、また、ガイアナや
ベネズエラの歴史の記述について不満が残りました。

たとえば、「ショムブルク線」の説明には、その画定の仕方の不適切さ、恣意性などが
いっさい言及されていません。
同様に、「ロベルト・ヘルマン・ショムブルク」氏の人物説明は、英国に協力したドイツ人の
功労者というトーンで、英国の植民地政策を幇助したという点での批判のニュアンスはうかがえません。

ウィキペディアが国際政治の分野の、とりわけ米国や英国がかかわる項目をあつかう際には、
公正・客観的な記述は期待しない方がいいようです。それどころか、あからさまな偏向や
印象操作を疑う記述もあります。



さて、ウィキペディアの記述に不満が残ったので、ネット検索でいろいろ調べているうちに、
あるサイトを見つけました。
ガイアナの歴史について、なかなか興味深い記述がなされています。
一部だけ以下に引用します。

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さて、第二次大戦後の英領ギアナでは、大幅な自治を認めた憲法が制定され、1953年に最初の
総選挙が行われました。その結果、インド系のチェディ・ジェーガンを党首としてスターリン
主義を掲げる人民進歩党(PPP)(PPP)が勝利。このため、英領ギアナの社会主義化を
恐れた英国は、同年10月、4隻の軍艦と1600名の兵士を派遣し、憲法を停止して暫定政府に
よる統治がスタートします。
 一方、インド系を中心とする急進左派政党であったPPPの躍進に危機感を持ったアフリカ
系は、PPPから分裂するというかたちをとって、弁護士のフォーブス・バーナムを党首として
穏健左派政党の人民国民会議(PNC)を結成して、対抗。南米に社会主義政権が誕生すること
を恐れた宗主国の英国や南米を自国の裏庭と考える米国はPNCを暗に支援し、CIAはアフリカ
系住民に対して「このままではインド系に支配される」というウワサを流し、“民族対立”を
あおっていました。
(以下略)

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以上は、「ガイアナ独立記念日 - 郵便学者・内藤陽介のブログ」からです。

ガイアナへの英国の軍隊派遣、憲法停止、米国のCIAの関与(民族対立の扇動)などがはっきり
書かれていて、ウィキペディアのガイアナ等の説明文と比べると、印象がまるでちがいます。


ボリビアに対する米国のクーデター工作とリチウム資源掌握

2021年01月24日 | 国際政治

今回は、半年前ほどの文章です。
昨年の夏以降、体調その他の事情で、訳そうと思いながら手をつけられませんでした。
遅まきながら今回訳を提示します。ごく短い文章ではありますが。

イーロン・マスク氏といえば、電気自動車メーカー、テスラ社のCEOで、米国ビジネス
界のいわばヒーロー。アップル社の故スティーブ・ジョブズ氏と人気を二分するような
スター的存在です。

そのマスク氏が不用意な発言をしてちょっとした物議をかもしました。

帝国主義的支配(その中には、他国の資源の掌握という要素が含まれます)について少し
ばかりあらためて考えさせられた文章です。また、例によって大手メディアの偏向、
報道自粛などについても。


原題は
‘We Will Coup Whoever We Want’: Elon Musk and the Overthrow of Democracy in Bolivia
(「われわれは、自分が欲する場合は、誰であろうがクーデターをしかける」-----
イーロン・マスク氏とボリビア民主制の転覆)

書き手は、Vijay Prashad(ヴィジャイ・プラシャド)氏、および、Alejandro Bejarano
(アレハンドロ・ベジャラノ)氏の2人。
プラシャド氏は、インド出身の歴史学者、ジャーナリスト、評論家で、著書の一つが邦訳で
『 褐色の世界史-----第三世界とはなにか』(水声社)として出ています。


原文サイトはこちら↓
https://www.counterpunch.org/2020/07/29/we-will-coup-whoever-we-want-elon-musk-and-the-overthrow-of-democracy-in-bolivia/


(例によって、訳出は読みやすさを心がけ、同じ理由で、頻繁に改行をおこなった)


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2020年7月29日


‘We Will Coup Whoever We Want’: Elon Musk and the Overthrow of Democracy in Bolivia
「われわれは、自分が欲する場合は、誰であろうがクーデターをしかける」-----イーロン・マスク氏とボリビア民主制の転覆


BY VIJAY PRASHAD - ALEJANDRO
BEJARANO
ヴィジャイ・プラシャド、アレハンドロ・ベジャラノ




テスラ社のCEO、イーロン・マスク氏は、2020年7月24日にツイッターにこう書きこんだ。
政府による再度の「財政出動は、一般の人々にとってためにはならない」と。
すると、ある人物がほどなく反応して、「人々にとって何がためにならなかったか、貴殿は
承知しているとおっしゃるのか。米国政府はボリビアのエボ・モラレスに対してクーデター
をしくんだ-----貴殿がリチウム資源を手中にできるように」とツッコミを入れた。
これに応えて、マスク氏は書いた。
「われわれは、自分が欲する場合は、誰であろうがクーデターをしかけるのだ。現実と
向き合えよ」と。

マスク氏が言及したのは、エボ・モラレス・アイマ大統領に対するクーデターのことである。
同大統領は2019年の11月に違法に職を追われた。もともともう一期を務めるはずの選挙に
勝利し、2020年の1月からそれが始まる予定だった。たとえ当該の選挙に問題があったとしても、
大統領の任期は2019年の11月、12月はそのまま継続して当然のはずであった。
ところが、軍部が、国内の極右および米国政府の意向をくんでモラレス大統領を脅迫した。
結局、大統領はメキシコに亡命することとなり、現在はアルゼンチンに寄留している。

当時、選挙における不正行為の「証拠」なるものは、極右や、米州機構(Organization of
American States)の作成した「予備的な報告書」が提示したものであった。
この「証拠」が、実際のところ、存在しないことをリベラル派メディアがしぶしぶ認めたのは、
モラレス大統領が職を追われてからのことにすぎない。
ボリビア国民にとっては手遅れであった。同国は不穏当な政権の手にゆだねられ、民主制は
機能停止状態におちいった。


[リチウム・クーデター]

その任期の14年の間、モラレス大統領はボリビアの富を国民のために使うべく奮闘した。
国民は、何世紀にもわたる圧制の後、ようやく生活の基本的要求が格段にかなえられる
状況に遭遇した。識字率は上昇し、飢餓率は低下した。
しかし、国民のためを思って国富を使うことを重視し、北米の多国籍企業をないがしろに
する行き方は、ラパスに居を置く米国大使館にとってはとんでもないことであった。そこで、
前々から、軍部の過激派や極右をけしかけ、政権打倒をねらっていたのである。
2019年の11月に起こったのは、まさしくそういうことであった。

マスク氏の認識は、言い方はゲスであるとしても、少なくとも正直なものと言えよう。
同氏のひきいるテスラ社は、ボリビアの豊かなリチウム鉱床に割安でアクセスできることを
長年のぞんできた。リチウムは自動車のバッテリーに不可欠な資源である。
今年の初め、マスク氏およびテスラ社は、ブラジルに工場を建設する意向を明らかにした。
この工場には、ボリビアからリチウムが供給される段取りとなっていた。
筆者たちがこの件について記事にしたとき、そのタイトルは「マスク氏、南米のリチウム
資源に対し、あらたなコンキスタドールさながらにふるまう」(訳注1)とした。
この記事で書いたことのいっさいは、マスク氏の上記のツイートに凝縮されている。すなわち、
他国の政治的現実を意に介さない態度、そして、同氏のような人々が自分の当然の権利と
みなしている資源に対しての強欲ぶり、である。

(訳注1: 「コンキスタドール」は「征服者」の意で、16世紀にメキシコ、中米、ペルーなど
を征服したスペイン人を指す)

マスク氏は結局このツイートを削除してしまった。
そして、「われわれはオーストラリアからリチウムを入手する」と書いた。
だが、これで一件落着というわけにはいかない。オーストラリアでは疑問の声が沸き上がり
つつあるからだ。リチウム採掘にともなう環境破壊への懸念のためである。


[民主制の棚上げ]

モラレス氏が追放されてからは、凡庸な極右の政治家、ヘアニネ・アニェス女史が憲法上の
手続きをふまずにトップの座についた。
女史の政治のスタイルは、2019年の11月15日に署名した大統領令によくあらわれている。
それは軍に対してどんなことでも思い通りにやらせる権利を付与するものだった。が、
さすがに女史の同盟勢力といえども、これはやりすぎとみて、11月28日にこれを撤回させている。

モラレス氏の率いていた社会主義運動党(MAS)に所属する活動家に対する逮捕や脅迫は、
2019年の11月に始まり、現在も続いている。
米国の上院議員7名は、2020年7月7日に声明を発し、「ボリビアの暫定政府による人権侵害
および市民権の制限の増大に関し、われわれは日増しに懸念をつのらせている」と述べた。
「暫定政府の路線が変更されなければ」と、議員らは続ける。「ボリビアの人々の基本的
市民権はさらに腐食が進み、予定されている重要な選挙の正当性に大きな疑問が付される
ことになるのをわれわれは懸念している」。

しかし、それについて懸念するにはおよばない。アニェス政権に選挙にうったえる熱意は
ほとんどうかがえないからだ。
それもそのはず、世論調査のすべてにおいて、アニェス陣営は総選挙で敗北を喫するという
見込みになっている。
ラテンアメリカ地政学戦略センター(CELAG)による最近の世論調査によれば、アニェス
女史の予想得票率はわずか13.3パーセント。社会主義運動党(MAS)の候補であるルイス・
アルセ氏(41.9パーセント)や中道右派のカルロス・メサ氏(26.8パーセント)に大きく差を
つけられている。
選挙は、当初、5月に実施されるはずであったが、9月6日に変更された。そして、それが今や、
またもや延びて、今度は10月18日ということになった。つまり、ボリビアはほぼ丸1年、
選挙によって民主的に選ばれた政府を持たないということになりそうだ。

社会主義運動党(MAS)のルイス・アルセ氏は最近、ジャーナリストのオリヴィエ・バルガス
にこう語っている。
「われわれは迫害にあっている、監視されている……、きわめて困難な選挙運動を展開
している」。が、続けて、「これらの選挙にわれわれは必ずや勝利をおさめるだろう」、と。
もっとも、それは、そもそも選挙がおこなわれれば、の話である。

ラテンアメリカ地政学戦略センター(CELAG)の調査によると、ボリビアの人々の10人中
9人が、コロナ禍による景気後退で収入源をこうむっている。
このこと、および、社会主義運動党(MAS)に対する弾圧のせいで、国民の65.2パーセントが
アニェス政権に否定的な評価をあたえている。
注記しておくべきことは、モラレス大統領の率いた社会主義運動党(MAS)の積極的な
政策のおかげで、国民の間には社会主義的な施策に対して広範な支持が生まれていること
である。すなわち、国民の64.1パーセントが富裕層に対する増税を歓迎し、国民全般が同党
およびモラレス氏の「資源ナショナリズム」に賛意を示している。


[コロナ・ウイルスの衝撃とボリビア]

アニェス政権は、コロナ・ウイルスに関しては、まったくの無能であった。
人口1100万人のボリビアで、感染が確認された症例数は6万6456人にのぼる。検査数はわずか
であるので、実際の症例数はそれよりはるかに多いと推測されている。

この問題においても、またもやマスク氏が登場する。
今年の3月31日、ボリビアの外相であるカレン・ロンガリク女史はマスク氏に対して
へりくだった書簡を送った。
同氏に「貴殿のおっしゃった『協力の申し出』についてお聞きしたい。もっとも必要と
している国々に向けてすぐにでも移送が可能な人工呼吸器の件です。ボリビアに直接送る
ことがむずかしいのであれば、フロリダ州マイアミでの受領が可能です。そこから迅速に
わが国に移送できます」と伝えた。
しかし、そのような人工呼吸器がボリビアにとどくことはなかった。

ボリビアは人工呼吸器を代わりにスペインの企業から170台購入した-----一台当たり2万7000
ドルという価格で。
しかし、国内の製造業者は一台当たり1000ドルで納入できると伝えていた。
この不祥事を受けて、アニェス政権下で保険相を務めるマルセロ・ナバハス氏が逮捕された。


[モラレス元大統領]

ボリビアのクーデターに関する上記のマスク氏のツイートを読んで、モラレス元大統領は
以下のように述べている。
「世界最大の電気自動車メーカーのオーナーたるマスク氏が、ボリビアのクーデターを
めぐり、『われわれは、自分が欲する場合は、誰であろうがクーデターをしかける』と
発言した。これは、このクーデターがわが国のリチウムを目的としたものであることを
あらためて証するものだ-----2度の虐殺を代価として。われわれは自国の資源を守り抜かねば
ならない」。

「虐殺」なる表現を軽々に見過ごすことはできない。
11月にメキシコ・シティにいたモラレス元大統領は、アニェス政権が、コチャバンバから
エル・アルトまで、国民に牙をむいて襲いかかるのを傍観することとなった(訳注2)。
「彼らはわが同胞諸氏の命を奪っている」と元大統領は記者会見の席で述べた。「これは
昔の軍事独裁国家がやった類いのことだ」。
それは、アニェス政権の害毒的な性向をあらわしている。そして、それをしっかりと支援
しているのは米国政府であり、マスク氏なのである。

(訳注2: コチャバンバ近郊ではデモ参加者に軍が発砲し、少なくとも9人が死亡、100人
以上が負傷(『デモクラシー・ナウ』の報道による)。エル・アルトでは、8人が死亡
(CNNの報道による))

7月27日、ボリビア各地で、民主制の回復を求める抗議活動が始まった。


(本記事は、『インディペンデント・メディア・インスティテュート』が手がける
プロジェクトの一環である「グローバルトロッター」によって提供された)


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[その他の訳注・補足など]


グーグルで「ボリビア リチウム クーデター」などで検索してみても、ざっと見たところ、
大手メディアの記事はあまりひっかからないようですが、AFPニュースには、以下の
ような短い記事があります。

ボリビア前大統領、「クーデターはリチウム狙う米国の策略」 AFPインタビュー
https://www.afpbb.com/articles/-/3261126

この記事には、モラレス元大統領が「米国がボリビアの潤沢なリチウム資源を手に入れる
ためにクーデターを支援し、これによって自身は退陣に追い込まれたと語った」とあり、
米国がはっきり名指しされています。
また、「リチウム採取の協力相手に米国ではなくロシアと中国を選んだことを、米政府は
『許していない』と述べた」とも書いてあります。

しかし、この記事はきわめて短いもので、AFPは、このモラレス元大統領の言が正しいとも
まちがっているとも言っていません。どちらであるにせよ、それを裏付ける事実などを持ち
出して、見解を補強したりはしていません。きつい言い方をすれば、人の言をそのまま垂れ
流しているだけです。
もっとも、モラレス元大統領の米国の名指し非難、および、そのリチウム資源掌握の意図の
セリフをそのまま伝えただけでも、大手メディアとしては異例のことであり、気骨を示したと
考えた方がいいのかもしれません。

一方で、たまたま、以下のような記事も見つけました。

南米ボリビアでも米中覇権争い激化へ
https://japan-indepth.jp/?p=52695

この記事中には、こうあります。

「中国の支援の背景にはボリビアの豊富な鉱物資源獲得という狙いがあったというのが、
多くの中南米専門家の一致した見方だ。特にリチウムはボリビアが世界有数の埋蔵量を
保有しており、中国にとって同国支援の大きな要因になったことは想像に難くない。」

なるほど。
この記事の筆者と「多くの中南米専門家」にとっては、中国が「ボリビアの豊富な鉱物資源
獲得という狙い」を持っているのは共通認識であっても、アメリカが同じような狙いを持って
いるというのは、まったく頭に思い浮かばないか、少なくともはっきりと言及はされない
わけです。

大手メディアでは、ボリビアのクーデターの背後に米国がいること、および、そのリチウム
資源をねらっていることは-----たとえ疑惑であっても-----大々的に取り上げられることはない
のでしょう。
私のような普通の神経の持ち主にとっては、これは一大スキャンダルに値するのですが、
大手メディアでは、これをあつかった特別番組などが制作されることはないのでしょう。

また、他国の「豊富な鉱物資源獲得という狙い」を持っているのはつねに中国やロシアなの
でしょう(笑)。



強国のふるまいの裏に資源掌握の意図の可能性があることなどについては、本ブログの
以前の文章でも何度かふれられています。
代表的なものは以下の通りです。ぜひ参照してください。

・たとえば、パレスチナの天然ガス資源の掌握がイスラエルの軍事行動の主目的の一つ
であることを指摘した記者の特約記事サイトが突如閉鎖された事件については、

英国のメディア監視サイト・5-----英大手新聞が不都合なブログ?を突如打ち切り
https://blog.goo.ne.jp/kimahon/e/d714be457f4b9fe38f20fff62a6f7bdc


・イラク戦争における巨大石油企業の隠れた動きなどについては、

イラク戦争から10年-----勝者はビッグ・オイル(巨大石油企業)
https://blog.goo.ne.jp/kimahon/e/a660ded32f1d08a841f0948fd2be6be7


・インドネシア政府による東ティモール侵攻を、米国を初めとする各国が資源掌握、兵器
売却益、その他の思わくから支援したことなどについては、

チョムスキー 時事コラム・コレクション・4
[ある島国が血を流したまま横たわる]

https://kimahon.hatenablog.com/entry/2018/12/04/151453


・一般的にイラク戦争と石油資源掌握の意図については、

チョムスキー 時事コラム・コレクション・2
[そりゃ帝国主義だ、ボケ!]

https://kimahon.hatenablog.com/entry/2018/07/14/151024
の本文とその「その他の訳注と補足など」の補足・2


難民問題の核心

2020年12月09日 | 国際政治

今回は、欧州を騒がせている難民危機の問題。
その根本的な原因は米国によるいわゆる「対テロ戦争」なのですが-----少なくとも、ある
研究団体とこの書き手はそうとらえています-----、もちろん、例によって、大手メディアは
この点を大々的に追究しようとはしません。

原題は
America’s War on Terror is the True Cause of Europe’s Refugee Crisis
(米国の対テロ戦争が欧州難民危機の真の原因)

書き手は、Patrick Cockburn(パトリック・コックバーン)氏。中東にくわしいベテラン
・ジャーナリストです。


原文サイトはこちら↓
https://www.counterpunch.org/2020/09/15/americas-war-on-terror-is-the-true-cause-of-europes-refugee-crisis/


(例によって、訳出は読みやすさを心がけ、同じ理由で、頻繁に改行をおこなった)


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2020年9月15日


America’s War on Terror is the True Cause of Europe’s Refugee Crisis
米国の対テロ戦争が欧州難民危機の真の原因


By Patrick Cockburn
パトリック・コックバーン




死に物狂いの難民たちが、海中に没せんばかりの小舟に押し合いへし合いして乗り合わせ、
ケント州南部の海岸に上陸する。彼らはしばしば侵略者のイメージで描出される。
人々の抱くその種の不安を、先週末、移民反対のデモ者らはうまく利用していた。「英国の
国境を護持するために」、デモ者らはドーヴァー港への主要幹線道路を封鎖する挙に出た
のである。
また、一方で、内務大臣のプリティ・パテル氏は、英仏海峡を越える難民流入の抑止に十分
な努力がはらわれていないとしてフランス政府を非難した。

難民たちが多大な関心を集めるのは、英仏間の彼らの旅路の、もっともめだつ最後の段階の
道のりにおいて、である。彼らがそもそも何ゆえ、拘禁もしくは死の危険までおかして、
かかる辛苦を耐えるのかについては、あきれるほどわずかしか関心がはらわれていない。

欧米社会には、言わず語らずの認識がある。難民が自分たち自身の「破綻国家」から逃亡し、
よりうまく運営された、安全な、繁栄した国々に避難先を見出そうとするのはごく自然な
展開である、と(また、その国家の破綻は、その国民がみずからまねいた暴力行為や腐敗が
そもそもの原因であると考えられている)。

しかし、現在われわれが目撃している、これら海中に没せんばかりに人を乗せた、あわれな
小さいボートが英仏海峡の波間に浮き沈みしている光景は、結局、米国とその同盟国の軍事
介入によってもたらされた大規模な集団移動の帰結の、ほんのささやかな表象にすぎない。
アルカイダによる2001年9月11日の同時多発テロを受けて始められた、米国とその同盟国の
「対テロ世界戦争」の結果、3700万人もの人々が家郷を離れることになった。これは、今週、
ブラウン大学が発表した、非常に興味深い報告書で提示した推計である。

このブラウン大学の研究は「戦争の代価」と呼ばれるプロジェクトの一環で、近年のデータを
使用した、暴力行為に端を発する大規模な集団移動の試算としては初めてのものである。
研究者たちの結論は、「米軍が2001年以降に開始もしくは参加したもっとも暴力的な戦争
8つにおいて、少なくとも3700万もの人々が家郷を離れた」としている。
この内訳は、海外にのがれた人々が少なくとも800万人、国内避難民(Internally Displaced
Persons、略称 IDPs)が2900万人となっている。研究対象となった8つの戦争とは、
アフガニスタン、イラク、シリア、イエメン、リビア、ソマリア、パキスタン北西部、
フィリピンを戦場としたものである。

研究者は報告書の中で述べている。同時多発テロ後のこれら対テロ戦争の結果、移動を余儀
なくされた人々の規模は、ほとんど前例が見出せない、と。
この直近19年間の数字と20世紀の個々の事象のそれとを研究者が比較してみた結果、これ
ほどの大量移動を生み出したのは第二次世界大戦の時だけであった。それ以外では、この
対テロ戦争の結果による人口移動の3700万人という数字は、ロシア革命(600万人)、
第一次世界大戦(1000万人)、インド・パキスタン分離(1400万人)、バングラデシュ
独立戦争(1000万人)、ソ連のアフガニスタン侵攻(630万人)、ベトナム戦争(1300万人)
などをいずれも上まわってしまう。

難民はいったん国境を越えるとめだつ存在になるが、国内避難民の場合は詳細がはるかに
つかみ難い-----数としては、3.5倍の規模に達するのであるが。
彼らは、自分たちの直面する危機の転変に応じて、複数回、居所を変える場合がある。時には
家郷にもどれることもあるが、そこはすでに破壊つくされているか、生活の糧を得る術が
見出せなくなっている。戦線の移動にともない、「ひどい状態」と「もっとひどい状態」の
どちらかの選択をせまられることもめずらしくない。かくして、彼らは、自分の国にいる
にもかかわらず、国を持たない遊牧民と等しい存在になってしまう。
ノルウェー難民評議会によると、ソマリアでは、「暴力行為のために、実質上、すべての
国民が生涯で少なくとも一度は居住地を変えた経験を持つ」。また、シリアでは、海外への
難民が560万人に上るほか、国内避難民も620万人に達しており、職のない、栄養不良状態に
おちいっている家庭が生き延びるのに必死である。

これらの戦争のうち、いくつかは同時多発テロが直接の起因であった。アフガニスタンや
イラクがその典型である(もっとも、サダム・フセインはアルカイダや世界貿易センターの
破壊とはまったく関係がなかったが)。
一方、それ以外の戦争、たとえば、目下イエメンで進行中の戦争などは、サウジアラビア、
アラブ首長国連邦およびその他の米同盟国が2015年に始めたものである。とはいえ、この
戦争は、そもそもが、米国政府の暗黙のゴーサインがなければ起こらなかったであろうし、
5年間も悲惨な戦闘が続くこともなかったであろう。
イエメンの人口の80パーセントが深刻な窮乏におちいっているが、難民の急増が抑えられて
いるのは、ただ単にサウジアラビアによる封鎖措置のために、彼らがイエメン国内に閉じ込め
られているからにすぎない。

これらの戦争を始めようとする意欲、そしてまた、それを持続しようとする意欲は、多少でも
減ずることができるかもしれない-----もし米、英、仏の政府指導者らが自分たちのふるまいに
政治的な代価を支払わねばならぬとなれば。
しかし、不幸なことに、国民はいささかも認識していないのだ。自分たちの多くが反対して
いる難民の大規模流入が、同時多発テロ後のこれら異国での戦争によってもたらされた、
壮大な家郷離脱の結果であることを。

シリアは2013年にアフガニスタンを抜いて、世界でもっとも多くの難民を生み出した国と
なった。暴力行為と経済崩壊が収束を見せない中、家郷をのがれざるを得ないシリアの人々の
数は増える一途と予想されている。
同時多発テロ後のこれら8つの戦争に通底する特徴の一つは、何年もだらだらと戦闘が続き、
いつまでたっても終結に至らないことである。だからこそ、これらの戦争で居所を変えた
人々の数は、20世紀の突出して暴力的な、しかし、はるかに短い期間で終わった戦いにおける
それと比べ、ずっと多いという結果になる。
現在の戦争の、この「終わりのない」性格は、状況に根ざす自然な展開の一端と考えられる
ようになっているが、それはとんでもない話である。

これらの戦争に終止符を打つべく自分たちはたゆまず努めている、そう外国勢力側は主張する。
が、彼らが平和をのぞむのは、ただ彼ら自身の欲する条件に沿う場合だけである。
たとえば、シリアのアサド政権の場合、ロシアとイランの強力な支援を受けて、2017年~
18年には軍事的には勝利をおさめている。米国と他の欧州同盟国がアサド打倒を心の底から
願っていたのはずっと昔の話であった。彼らは過激派組織 Isis(アイシス)やアルカイダの
ような勢力がアサドに取って代わる事態をおそれているのだ。
しかし、米国とその同盟国は一方で、アサド政権、ロシア、イランの完全勝利をのぞんで
いない。そこで、彼らは紛争の火種をくすぶらせ続けている。シリアの人々はあわれな消耗品、
「大砲のえじき」と化している。
他の戦争も、これと同様、相手側に完全勝利をゆるさないための邪悪な計算によって、
だらだらと続いているのである-----人的損失は顧みられずに。

これらの紛争やその帰結としての人々の大量移動に責を負うべきなのは米国だけではない。
リビアでの戦争は2011年、イギリスとフランスが米国の支持の下、リビアの人々をカダフィ
大佐の暴政から救うとの看板をかかげて始められた。現実に起こったことは、地方の凶悪な
軍事リーダーやギャングたちが跳梁跋扈し、その結果、リビアが、北アフリカの人々が欧州へ
渡ろうとする際の通用口に堕するという展開であった。

このような戦争がもたらす政治的に深刻な影響は、デイヴィッド・キャメロン、ニコラ・
サルコジ、ヒラリー・クリントン等々のいかにとんちきな指導者といえども、予見して
しかるべきであった。
とどのつまりは、これらの戦争によって難民・移民の不可避的な潮流が発生し、それが
欧州全体で外人嫌いの極右の勢いを増大させるとともに、2016年のブレグジット(英国の
EU離脱)を問う国民投票において決定的な役割をになうに至ったのである。

英国では、ドーヴァー海峡に臨む「ホワイト・クリフ(白い崖)」の足元に上陸する難民
・移民の群れが、ふたたび物議をかもすやっかいな政治問題となりつつある。
一方、欧州の反対側の端、ギリシアのレスボス島では、難民が生活していたキャンプ地が
火災に見舞われ(訳注: 難民に敵意を持つ人間による放火との見方が有力)、彼らは道路の
かたわらで眠らざるを得ない状況におちいっている。

これら大量の人々の移動の波、また、欧州政治をはなはだしく毒しているこの移民への反発
・反動は、容易に終息することはあるまい-----これら8つの戦争によって家郷を離れざるを
得なくなった人々が3700万人いるかぎり。

終息するのはただこれらの戦争自体が終息をむかえる時だけであろう。それはもうとっくの
昔になされてしかるべきだった。
そして、同時多発テロ後のこれらの戦争の犠牲者たる難民・移民たちは、どんな国でも
自国で暮らすよりましだと信じることも、もはやできないのである。


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[その他の訳注・補足など]


前書きで、欧州難民危機の根本的原因が米国の対テロ戦争である点を、大手メディアは
大々的に追究しようとはしません、と書きました。
訳出の中途でウィキペディア(日本版)の欧州難民危機の説明を見てみる機会があり
ましたが、ふしぎなことに、その原因についての説明がいっさいありません。

日本版ウィキペディアで、米国とその同盟国に都合の悪いことは言及されないか、
されるとしてもごく小さいあつかいであったり、また、悪質な印象操作と見られる
書き方をされていたりする例は、これまでも何度か遭遇しました(これまでのブログの
「その他の訳注・補足など」のところで時折、指摘しました)。

そのうち、まとめて一覧にするかもしれません。
メディアの偏向報道や印象操作を如実にあらわす興味深い事例として追究する価値がある
かと思います。

公正・客観を標榜する一知識人の実態

2020年11月14日 | メディア、ジャーナリズム

ご無沙汰しております。
毎年、夏は体調不良で苦労しますが、今年は他の事情でもやっかいなことがあり、夏以降も
このブログのために割く気力と暇がありませんでした。

取りあえず、短い、軽めの文章からぼちぼち再出発します。

テレビ番組でコメンテーターとして意見を述べたり、大手の新聞・雑誌などにコラムを執筆
したりする政治評論家の、実際はぐだぐだな姿勢をうかがわせる一文。


原題は
Goodness Gracious, David Ignatius!!
(おやおや、イグネイシャスさん!)

書き手は、Melvin Goodman(メルヴィン・グッドマン)氏。
前々回の「軍需企業から報酬を得ながら評論家として活躍する人々」の書き手でした。
その「その他の訳注・補足など」で、グッドマン氏について短い紹介文を載せていますので、
同氏についてはそちらを参照してください。

原文サイトはこちら↓
https://www.counterpunch.org/2020/05/29/goodness-gracious-david-ignatius/


(例によって、訳出は読みやすさを心がけ、同じ理由で、頻繁に改行をおこなった)


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2020年5月29日

Goodness Gracious, David Ignatius!!
おやおや、イグネイシャスさん!


by Melvin Goodman
メルヴィン・グッドマン



ワシントン・ポスト紙で外交問題を主に取り上げるベテラン・コラムニスト、デイヴィッド
・イグネイシャス氏がまたもややらかしてくれた。
同氏はCIAの擁護者として、また、増大する防衛支出や新設されたアメリカ合衆国宇宙軍の
支持派としても、つとに有名である。
今回、同氏は自分の個人的な「栄誉の殿堂」にあらたに一人を招じ入れた。すなわち、国務
長官のマイク・ポンペオ氏である。
ポスト紙の5月27日付の論説で、イグネイシャス氏は、国務省の豪奢な貴賓室で開かれた
ポンペオ氏の寄付金集めのための夕食会を弁護してみせたのである。ちなみに、この夕食会は、
国務省監察官のスティーブ・リニック氏が目下調査中の複数の事案の一つである。

みんなわかっていることであるが、リニック氏は自分の調査をやり遂げることはできないで
あろう。ポンペオ国務長官が彼の解任をトランプ大統領に要請したからである。そして、
大統領はよろこんでそうしたばかりか、ポンペオ氏がなぜもっと早くそれを要求しなかったか
頭をひねる体であった。解任の理由を大統領は明らかにしなかったし、かかる措置に必要な
30日の保留期間を守ることもしなかった。このいずれも、法で規定されていることなのであるが。
主流メディアによると、この監察官制度を生んだ1978年の法律には「不明瞭な」点があるとの
ことであるが、大統領と国務長官の両者が法律違反を犯していることには疑問の余地がない。
そのうえ、国務省の内規では、この「外交使節接見の間」を「党、政治、派閥」などのための
催し物に使うのを禁じている。今回の夕食会に招かれた人物の半数以上は民間企業やメディア
に属する人々であった。

ポンペオ氏がこのような夕食会を催し始めたのは2年ほど前からのこと。今の職を退き、
自分の出身地であるカンザス州の上院議員選挙に名乗りを上げようと考え始めていた頃に
あたる。
選り抜きの人々のためのこのような夕食会は、米国民の税金でまかなわれている。が、
今回の夕食会では、その主なねらいは、上記の選挙の際に寄付金を寄せてくれる人物を
見つけ、勧誘することであり、また、イグネイシャス氏のようなメディア界の保守派の
著名人に好印象を植えつけることであった。この手の夕食会では、彼らは際立ってちやほや
される。
はたせるかな、イグネイシャス氏のコラムは、まさにポンペオ氏が求めていた反応の具現化
であった。
まずは、タイトルからして、『ポンペオ氏の夕食会は不祥事にあらず』である。
イグネイシャス氏は、次いで、公金の不適切な使われ方という見方にも異議をとなえた。
これらの点については、ありがたいことに、議会もしくは監察総監室が最終的な判断を下す
ことになろう。

リニック監察官は、イグネイシャス氏の上記の解釈とはきっぱり別の見方を採った。下院
監視委員会および下院外交委員会のメンバーたちも同様である。彼らは、「マディソン・
ディナー」(訳注1)と称されるこれらの催しに関連する文書の提出を要求している。たとえば、
招待者名簿やポンペオ氏が参考にした可能性のある倫理綱要などである。
ポンペオ氏は、リニック氏の解任を求めたことは認めたが、自分を対象とした捜査が進行
していたことについては知らなかったと述べた。
しかし、これは信じがたい話である。職員を私用でお使いにやらせたとの不適切な行為や、
また、もっと重大なことであるが、サウジアラビアへの武器売却に必要な議会承認を迂回
しようとする自分の動きに対して、国務省内でも不満の声が上がっていたことはよく承知
していたはずだからである。

(訳注1: 米第4代大統領のジェームズ・マディソンが国務長官であった時、外交官などを
夕食会に招き、意見を交わしたことにならって、ポンペオ氏側がこう称した。「マディソン
流夕食会」と訳すこともできる)

イグネイシャス氏は、「マディソン・ディナー」に自分が出席したことを批判されることは
おそらく予期していた。「真実を、良い面も悪い面も語ること。これはジャーナリズムであり、
戦争とはわけがちがう」と堂々と宣言してみせたのである。
けれども、同氏は長年にわたってCIAの政治的暗殺計画を擁護してきた。また、「死亡者は
出ていない」との理由で調査は必要ないと論じてきた。中米、たとえば、グアテマラや
ニカラグア、ホンデュラス、エルサルバドル等々、における暗殺部隊にCIAが訓練をほどこして
いたことをイグネイシャス氏がとがめたことは一度もない。ベトナム戦争時のCIAの
「フェニックス作戦」-----多くの無辜の人々を対象としたきびしい尋問、拷問、暗殺などの
準軍事的活動-----に対しても、嗟嘆の声を発したことは決してなかった。秘密収容所に寄留し、
拷問や虐待をおこなっていたCIA職員-----現在のCIA長官ジーナ・ハスペルも含め-----の責任を
追及することにも、イグネイシャス氏はいっさいいい顔をしない。

イグネイシャス氏はまた、これら多くのCIA職員たちと同様な見方さえ抱いている。つまり、
CIA前長官のジョン・ブレナン氏の統率ぶりを一笑に付し、トランプ大統領による2007年の
ポンペオ氏のCIA長官指名に歓呼の声を送った。
イラク戦争や対テロ戦争におけるCIAの不法なふるまいに同氏が言及することはあっても、
その説明責任を要求された際はもちろん、事実が明確になりつつある過程においても、
CIAの機能がそれによって弱体化する、また、深刻な士気の低下をもたらす、等々と抗弁した。
2007年1月に、トランプ氏が大統領としての正式な1日目にCIA本部を訪問したことは物議を
かもしたが、この時も、イグネイシャス氏は、訪問が「下っぱ職員から歓迎された」、
「国民は(CIA職員を含め)全員、トランプ大統領のホラや自慢たらたらに慣れっこになる
ほかないであろう」とのたまったのである。

イグネイシャス氏のこれまでの軌跡は、「真実を、良い面も悪い面も」語るという同氏の
言をみごとに裏切っている。
ワシントン・ポスト紙が同氏のこのコラムを掲載したまさにその日、『ニューヨーク・
タイムズ』紙では、同紙の著名コラムニストのトマス・フリードマン氏が論説のタイトルに
おいて、(ポンペオ氏を)『米国史上最低の国務長官』と表現していた。
これは、心に留めておいてよい事実である。


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[その他の訳注・補足など]


識者のデイヴィッド・イグネイシャス氏は、公正・客観を重んじる人間をよそおっている
ようですが、この文の筆者のグッドマン氏の指摘によると、CIAに対する批判の部分が
ごっそり欠けています。

この手の評論家や文筆家は日本にもたくさんいるようです。
(というか、CIAを含め米国政府に対する批判の観点がごっそり抜けた、いわば「米国政府の
御用ジャーナリスト」ばかりではないか、と私は疑っています)