2011年辺りに書いていた携帯ブログを見かけて…
せっかくなのでこちらにも残しておこうかなと。
職場で…オーストリアのお土産
うちの職場の人ではなく、間接的にです。
見るからにヨーロッパ土産!!な このデザインのチョコレートにもう…それはもう感動しましてね!!!
ヨーロッパに行くなんて凄いっっっ!!!
なんて羨望の思いで食べたのを覚えてます。
この時の自分にはコレは未知の遠い遠い世界からの凱旋土産みたいな感じでした。
昨年2016年 ハンガリーもウィーンもこればかりで
いい加減ウンザリしていた自分
この頃の瞳の輝き、心の潤いはもう枯渇してました…馴れって心の輝き・感動さえも奪うのですね…
ついでに夢のない話
このお菓子はミラベル社のチョコレートでオーストリアの国境近い南ドイツだけでなく
普通にドイツで売ってます
ローテンベルクとかにもガッツリここの製品を揃えたお店が!
ま、それはいいんですけど
昨年行ったウィーンがモーツァルト製品ばかりで…しかもチョコばっかで…なんか他にないのか!れ
せめてマリーアントワネットの少女時代の絵柄を使用するとか
ほら、なんかベートヴェンでもいいじゃん!!
なんか他にないの!?
なんでどこもかしこもモーツァルトグッズばかりで しかもチョコばっか!??!?
とばかりな私
ハンガリーからスロバキア、チェコへと抜けていき、最後はチェコからドイツ、フランクフルトの空港から日本へ直行
と、ドイツの空港で ミラベル社のモーツァルトのお菓子が半額値引きしてた!!!
おっとー、チャーンス!!!これをばら撒き土産にしてやる!!へっへっへっ
…って事で、今の今までずっと他の人に内緒にしてました…。
再びこの写真を見て
あの時の目が輝いていただろう若い自分は
きっと今と全然違う顔をして この写真を撮ったんだろうな…とか思いました。
おとぎ話のような感覚の手の届かない遠い国と
そのロマンティックでお洒落なお土産
夢と希望もってました。
間違ったデザイン
ピエールエルメのイスパハン…
を、まだ買い慣れてない頃
お菓子を2つ買いましたが 帰る途中に崩れてしまったので 写真を撮る前に イスパハンは直したのです。
もう片方は修復不可能
で問題は 何故私はイスパハンをこの形にしたのか!?
これでも一応悩んで考えたのです
甘い雫のついた薔薇の花びらの場所。
で、ラズベリーをマカロンに乗せて、その上に乗せたのです。
普通に考えておかしくないですか!?
この構図!右のは崩れてるので仕方がないにしても…可笑しいですよね!
正しい画像がないか、当時必死で探して見つけたもの
…ですよね!!!
当時のブログで女子中学生から激しく突っ込まれてました。
ちなみに右の崩れたのは
最初はこんな美しかったのです。
今は無き 駅前の書店で購入した物
レターセット
お気に入りのフレンチ惣菜
今はその場所にそのお店は無い
遠くに移動したらしい
恋人シリーズ
最近は茨城の恋人も。私はこの前怖い恋人だか黒い恋人を購入しましたがそれは白い恋人シリーズからの正式コラボ。
お気に入りのノートと 今は無き羽ペン
羽ペン、憧れて高いのを買ったのに 廃墟部屋の洋風変えの際に使わないものは容赦なく捨てまくった際の犠牲になってしまっていたようで
多分かなり迷ったりしたと思うけど…
なのでウィーンでスミレ色の羽ペンとスミレ色のインク付きのを…見て心惹かれるけど
もっと安かったピンクの羽ペンにしました
しかもボールペン仕様になってた←オイ
思い出の羽ペン
この頃、やけに爪にカラーが。
爪に何かするの嫌いな自分…
理由は田舎のイトコが出てきていたから。
美容学校で勉強始めようとしていた頃のイトコ
ラデュレ
スミレのルリジューズとサン=トノレフランボワーズ
この2011年の私って凄いです!
ペンタブやパソコン買って嬉しいのはわかるが沢山絵を描いてます!
デジタルでもアナログでも…
今なんか描きたくても全然ダメです
気力と体力が全然!!
しかもパンも沢山作ってるようで。すげぇ!
若さってすげぇ!!!
今なんか3年に一個ペースですよ
クリームパン。中身はみ出ちゃった
自分の中で1番大変だと思った料理
ホタテ料理。バルサミコを甘く煮詰めて
ソースはこれ…なんだろう、苦労した気がするけど…
フレンチキャビアがなくてイクラで代用!
イトコの家に行くと料理担当は自分。
ジャガイモとひき肉です
シューの中はアボカドのペースト🥑
この頃は紙に絵を描いてスキャンしてパソコンで塗ったようで
鼻水みたいになった
描いてて笑った絵
こーゆー柄、模様描くのが好きだった
描き込みすぎてレイヤー多すぎて動かなくなった…んだとおもう
同じく
母が使用する年賀状に絵を描いた
大地震の職場
植木鉢を治すもその後何回も大きい地震が来て倒れるので
もう倒しっぱなしにした
引き出しの中のものが散乱
ただね、当時の私の部屋、通常でもこんな感じでした。
どー見ても大地震直後みたいな部屋でして。
物がなだれ落ちてて足の踏み場がなかった
一度写真撮って見たけど消したらしい。
地震直後は 部屋の凄まじさを地震のせいにしていた。
その部屋は女子中学生にアルバイトとして片付けてもらうという…
しかしその後もまた足の踏み場なくちらかり、
母が片付けてくれて
最終的に汚い原因は部屋に不服があるからじゃ無いかと。
で、2015年に無理と思われた洋風化をし
シャンデリアやら とにかくヨーロッパの貴族の部屋のように出来る限りやってからは
たまに散らかることもあるけど
まぁ、うん
今はセーフ!よりアウトになりかけてるが
そのうちなんとかします!
少なくとも震災直後的にはなっていない!!
震災、揺れの最中に阪神大震災経験者の上司が飛び出してコンビニで食料をかき集めてきた。
その後はどこへ行っても食べ物が消えていた
無計画停電で寒さです発酵しなかったパン
何故かドイツ旅行ガイド本
有楽町の三菱なんとかみたいな名前の美術館に行った!
土曜日に会社から歩いて
会社の近く
何となく見つけた当時のブログ写真を載せて見ました
せっかくなのでこちらにも残しておこうかなと。
職場で…オーストリアのお土産
うちの職場の人ではなく、間接的にです。
見るからにヨーロッパ土産!!な このデザインのチョコレートにもう…それはもう感動しましてね!!!
ヨーロッパに行くなんて凄いっっっ!!!
なんて羨望の思いで食べたのを覚えてます。
この時の自分にはコレは未知の遠い遠い世界からの凱旋土産みたいな感じでした。
昨年2016年 ハンガリーもウィーンもこればかりで
いい加減ウンザリしていた自分
この頃の瞳の輝き、心の潤いはもう枯渇してました…馴れって心の輝き・感動さえも奪うのですね…
ついでに夢のない話
このお菓子はミラベル社のチョコレートでオーストリアの国境近い南ドイツだけでなく
普通にドイツで売ってます
ローテンベルクとかにもガッツリここの製品を揃えたお店が!
ま、それはいいんですけど
昨年行ったウィーンがモーツァルト製品ばかりで…しかもチョコばっかで…なんか他にないのか!れ
せめてマリーアントワネットの少女時代の絵柄を使用するとか
ほら、なんかベートヴェンでもいいじゃん!!
なんか他にないの!?
なんでどこもかしこもモーツァルトグッズばかりで しかもチョコばっか!??!?
とばかりな私
ハンガリーからスロバキア、チェコへと抜けていき、最後はチェコからドイツ、フランクフルトの空港から日本へ直行
と、ドイツの空港で ミラベル社のモーツァルトのお菓子が半額値引きしてた!!!
おっとー、チャーンス!!!これをばら撒き土産にしてやる!!へっへっへっ
…って事で、今の今までずっと他の人に内緒にしてました…。
再びこの写真を見て
あの時の目が輝いていただろう若い自分は
きっと今と全然違う顔をして この写真を撮ったんだろうな…とか思いました。
おとぎ話のような感覚の手の届かない遠い国と
そのロマンティックでお洒落なお土産
夢と希望もってました。
間違ったデザイン
ピエールエルメのイスパハン…
を、まだ買い慣れてない頃
お菓子を2つ買いましたが 帰る途中に崩れてしまったので 写真を撮る前に イスパハンは直したのです。
もう片方は修復不可能
で問題は 何故私はイスパハンをこの形にしたのか!?
これでも一応悩んで考えたのです
甘い雫のついた薔薇の花びらの場所。
で、ラズベリーをマカロンに乗せて、その上に乗せたのです。
普通に考えておかしくないですか!?
この構図!右のは崩れてるので仕方がないにしても…可笑しいですよね!
正しい画像がないか、当時必死で探して見つけたもの
…ですよね!!!
当時のブログで女子中学生から激しく突っ込まれてました。
ちなみに右の崩れたのは
最初はこんな美しかったのです。
今は無き 駅前の書店で購入した物
レターセット
お気に入りのフレンチ惣菜
今はその場所にそのお店は無い
遠くに移動したらしい
恋人シリーズ
最近は茨城の恋人も。私はこの前怖い恋人だか黒い恋人を購入しましたがそれは白い恋人シリーズからの正式コラボ。
お気に入りのノートと 今は無き羽ペン
羽ペン、憧れて高いのを買ったのに 廃墟部屋の洋風変えの際に使わないものは容赦なく捨てまくった際の犠牲になってしまっていたようで
多分かなり迷ったりしたと思うけど…
なのでウィーンでスミレ色の羽ペンとスミレ色のインク付きのを…見て心惹かれるけど
もっと安かったピンクの羽ペンにしました
しかもボールペン仕様になってた←オイ
思い出の羽ペン
この頃、やけに爪にカラーが。
爪に何かするの嫌いな自分…
理由は田舎のイトコが出てきていたから。
美容学校で勉強始めようとしていた頃のイトコ
ラデュレ
スミレのルリジューズとサン=トノレフランボワーズ
この2011年の私って凄いです!
ペンタブやパソコン買って嬉しいのはわかるが沢山絵を描いてます!
デジタルでもアナログでも…
今なんか描きたくても全然ダメです
気力と体力が全然!!
しかもパンも沢山作ってるようで。すげぇ!
若さってすげぇ!!!
今なんか3年に一個ペースですよ
クリームパン。中身はみ出ちゃった
自分の中で1番大変だと思った料理
ホタテ料理。バルサミコを甘く煮詰めて
ソースはこれ…なんだろう、苦労した気がするけど…
フレンチキャビアがなくてイクラで代用!
イトコの家に行くと料理担当は自分。
ジャガイモとひき肉です
シューの中はアボカドのペースト🥑
この頃は紙に絵を描いてスキャンしてパソコンで塗ったようで
鼻水みたいになった
描いてて笑った絵
こーゆー柄、模様描くのが好きだった
描き込みすぎてレイヤー多すぎて動かなくなった…んだとおもう
同じく
母が使用する年賀状に絵を描いた
大地震の職場
植木鉢を治すもその後何回も大きい地震が来て倒れるので
もう倒しっぱなしにした
引き出しの中のものが散乱
ただね、当時の私の部屋、通常でもこんな感じでした。
どー見ても大地震直後みたいな部屋でして。
物がなだれ落ちてて足の踏み場がなかった
一度写真撮って見たけど消したらしい。
地震直後は 部屋の凄まじさを地震のせいにしていた。
その部屋は女子中学生にアルバイトとして片付けてもらうという…
しかしその後もまた足の踏み場なくちらかり、
母が片付けてくれて
最終的に汚い原因は部屋に不服があるからじゃ無いかと。
で、2015年に無理と思われた洋風化をし
シャンデリアやら とにかくヨーロッパの貴族の部屋のように出来る限りやってからは
たまに散らかることもあるけど
まぁ、うん
今はセーフ!よりアウトになりかけてるが
そのうちなんとかします!
少なくとも震災直後的にはなっていない!!
震災、揺れの最中に阪神大震災経験者の上司が飛び出してコンビニで食料をかき集めてきた。
その後はどこへ行っても食べ物が消えていた
無計画停電で寒さです発酵しなかったパン
何故かドイツ旅行ガイド本
有楽町の三菱なんとかみたいな名前の美術館に行った!
土曜日に会社から歩いて
会社の近く
何となく見つけた当時のブログ写真を載せて見ました