風箱の徒然ブログ

旅の思い出話から、木工、日常の徒然を気ままに

雲仙と島原へ

2009-09-17 21:51:00 | 1996~97原付日本一周後半編
1997年5月27日

飛行機公園みたいな所があり、セスナの実機が展示してあったので、見たくなった。
入場料100円を払う。

つい昨日まで飛んでいたのでは?と思えるほど生々しい展示機だった。
操縦桿やフットペダル、シートも動く。エルロンは軽く動いた。
エレベーターとラダー(フットペダル)はけっこうバネの力が強かった。
こんなに重いものなのだとは知らなかった。

この展示機はセスナT210型というらしい。
エンジン310馬力
最大速度378km(204ノット)
航続距離1728km時間にして6.5時間
パイロット1名、他5名計6名搭乗可能。

乗ってみた感触は、まさに空飛ぶ乗用車と言った感じ。
かなりの高級品と見た。

引き込み脚付きで、日本には10機ほど輸入されたそうだが、その中の一機がこれだとか。
窓はアクリル板だったがしっかりしているものだ。
車輪のブレーキはディスク式。
全長8.59m 幅11.2m 高さ2.95m 重さ1007kg

14:00
雲仙町 水無川。
土石流で埋まった家々が今もそのまま残る。
道からちょっと眺めただけでは、家が建っているだけにしか見えなかった。
バイクを止め、よく見てみると、一階部分が土砂で埋まり、二階部分は損傷も少なく、
今も人が住んでいるようにさえ見える。


この辺りを歩いていると、地面は石ころと土砂だらけ、年数も経ってきているのでだいぶ固まっている。
掘り起こすのは困難だろう。




流域周辺は活発に復旧工事が行われているが、それはあくまで道路など国や行政がらみの部分。
廃屋になった家の持ち主はどうなっているのだろう?
そして埋まったままの廃屋は今後どうなっていくのだろう?

それらを見下ろすかのように、普賢岳は堂々とした姿を見せている。

15:00
原城跡。
天草四郎時貞、他キリシタンが島原の乱の時に立てこもった城の跡だ。
辺りは草ぼうぼうで、ちょうど草刈をしている所だった。

本丸跡は意外と狭かった。
ここに、僅か14歳の敬虔なキリシタンの少年をたてて、2万7千人が88日間も立てこもっていたとは、何と言う団結力の強さか。

天草四郎の像の前で。


天草四郎の墓(とされている墓石)