教会の駐車場は、
少し離れたところにあります。
ある伝手があって、その土地を売って戴きました。
広さは十分です。
舗装するまでの必要はないことから、
砂利で地を整えていましたが、
やはりどうかすると、
雨のあとに水たまりができてしまいます。

ここをまた新たに砂利で埋めようという話が
持ち上がりました。
砂利そのものの入手は、
難しいことではありません。
ただ、そのために重荷を負い、
時間を費やしてくださる方がいらっしゃるから、
そしてその機会が与えられるゆえに、
こうした、いわば地味な奉仕が成り立っています。
駐車場の草取りもそうです。
隠れた働きに感謝し、また、
できることからそれぞれが
何かを積極的にしていくことを
求められているような気がしてなりません。
少し離れたところにあります。
ある伝手があって、その土地を売って戴きました。
広さは十分です。
舗装するまでの必要はないことから、
砂利で地を整えていましたが、
やはりどうかすると、
雨のあとに水たまりができてしまいます。

ここをまた新たに砂利で埋めようという話が
持ち上がりました。
砂利そのものの入手は、
難しいことではありません。
ただ、そのために重荷を負い、
時間を費やしてくださる方がいらっしゃるから、
そしてその機会が与えられるゆえに、
こうした、いわば地味な奉仕が成り立っています。
駐車場の草取りもそうです。
隠れた働きに感謝し、また、
できることからそれぞれが
何かを積極的にしていくことを
求められているような気がしてなりません。
2日の礼拝後、
臨時教会総会が開かれ、
定例会のような報告がなされた後、
新年度の執事選挙が行われました。
これは宗教法人としての規定に沿うように
定足数の確認などを伴うもので、
きちんと確認がなされた上で行われます。
香椎バプテスト教会では、
執事を七人選出しています。
そのため、有資格者それぞれが
七人の名前を書いて投票します。

まだ昼食前でもありますので、
開票作業は迅速にする必要があります。
書記係は大変ですが、
てきぱきと業務をこなしてくれました。
こうして新しい執事が選出されました。
引き続きという方も多い中ですが、
新しい風も入ってきました。
執事会の内容が
あまり伝わってきていない、という声も聞かれました。
報告という形で随時お知らせしているのは確かですが、
開かれた感じではなかったとも言えるかと思います。
執事は面倒な事案について考え、
また手続きや準備に動くなど、
仕える立場であると思われます。
教会員皆さんもまた、知恵をお貸しください。
多様なご意見をお聞かせくださると、
執事たちも、見えないものが見えてくることでしょう。
臨時教会総会が開かれ、
定例会のような報告がなされた後、
新年度の執事選挙が行われました。
これは宗教法人としての規定に沿うように
定足数の確認などを伴うもので、
きちんと確認がなされた上で行われます。
香椎バプテスト教会では、
執事を七人選出しています。
そのため、有資格者それぞれが
七人の名前を書いて投票します。

まだ昼食前でもありますので、
開票作業は迅速にする必要があります。
書記係は大変ですが、
てきぱきと業務をこなしてくれました。
こうして新しい執事が選出されました。
引き続きという方も多い中ですが、
新しい風も入ってきました。
執事会の内容が
あまり伝わってきていない、という声も聞かれました。
報告という形で随時お知らせしているのは確かですが、
開かれた感じではなかったとも言えるかと思います。
執事は面倒な事案について考え、
また手続きや準備に動くなど、
仕える立場であると思われます。
教会員皆さんもまた、知恵をお貸しください。
多様なご意見をお聞かせくださると、
執事たちも、見えないものが見えてくることでしょう。
毎月第一主日の礼拝直後は、
その月に誕生日を迎える方々のための
誕生会の時をもちます。
この香柏だよりでレポートしていなくても、
毎月必ず開かれています。
2日も、教会の大切な方々が
前に呼ばれ、ささやかではありますが、
ひととき暖かな風に包まれました。

この日、
春のような陽気でした。
礼拝で語られた、18年間腰の曲がった女性は、
長い冬の中にいましたが、
イエスの呼びかけを受けて、癒やされて、
春を迎えたような思いを抱いたのではないか、
と想像しました。
この世に生を与えられたこと、
神の導きでその呼びかけを受けて、
救いの恵みの中に招かれたこと、
誕生祝いを通じて、改めてまた
感じ入るのでした。
その月に誕生日を迎える方々のための
誕生会の時をもちます。
この香柏だよりでレポートしていなくても、
毎月必ず開かれています。
2日も、教会の大切な方々が
前に呼ばれ、ささやかではありますが、
ひととき暖かな風に包まれました。

この日、
春のような陽気でした。
礼拝で語られた、18年間腰の曲がった女性は、
長い冬の中にいましたが、
イエスの呼びかけを受けて、癒やされて、
春を迎えたような思いを抱いたのではないか、
と想像しました。
この世に生を与えられたこと、
神の導きでその呼びかけを受けて、
救いの恵みの中に招かれたこと、
誕生祝いを通じて、改めてまた
感じ入るのでした。