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香柏だより

福岡市東区の香椎バプテスト教会です。
聖書の言葉には、ひとを生かす力があります。
礼拝では手話通訳もあります。

義の太陽が昇る

2012年10月21日 | 説教要旨・小預言書
マラキ4・1~6/小預言書(12)マラキ書

ペルシャの王クロスの勅令(前539年)により祖国に帰還したイスラエルの民は、ハガイとゼカリヤの奨励により第二神殿を完成した(前515年)。マラキ(〝わたしの使者〟 の意)は、エズラ、ネヘミヤの改革(前445年)に僅かに先立つ、前460年頃に預言したと思われる。神殿再建より半世紀も過ぎていた。しかし、栄光の王メシアは到来せず、神の民の究極的な勝利は未だ実現していなかった。日照りと蝗は飢饉をもたらし、民は生きるのに疲れ果てた。

神の正義が行なわれていないと神不信に陥った民は、主は本当に自分たちを愛しているのかと疑い、主を告訴した。主が「わたしはあなたがたを愛した。そして今もなお愛している」と言われると、民は「どのような形で、あなたは私たちを愛してくださったのですか」と反問した(1・2)。民は打ち続く苦難の中で、神の約束・言葉を確信して生きることができなくなり、神に、民を現在愛していることの証拠を求めたのである。それに対し、神を愛し、その契約に留まるように(2章)、そして、変わることのない神に信頼して待つよう(3章)に勧めたマラキは「見よ、その日が来る」と「主の大いなる恐ろしい日」を預言する(4章)。

到来するその日「義の太陽が昇る。その翼には癒しがある」。「義」とは、神と人との関係が正しいことを言う。それゆえ「義の太陽」とは神と人との関係を正しくする太陽である。「その翼には癒しがある」とは、自在に働く義の陽光は温かく、病人を癒し、悲しむ者を慰め、救うことを象徴する。マタイは「暗闇の中に座っていた民は偉大な光を見、死の地と死の陰に座っていた人々に、光が昇った」と主イエスの到来を記している(4・16/照ヨハネ1・9)。主イエスは変貌の山頂より下るとき、ご自分の受難に言及し、主の到来に先駆けて来るエリヤはバプテスマのヨハネであると言われた(照マタイ11・10~15、17・1~13)。ヨハネは「神は、実にその独子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者がひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである」と記している(3・16/照Ⅰヨハネ4・9~10)。十字架のキリストにおいて、神はどのように私たちを愛したか、今も愛しているかを明言しておられるのである。キリストの十字架の死による贖いを信じる人は、すべての罪が赦され、癒される。決して裁かれることはない。

この神の愛を無視し、神に逆らう人は焼き尽くされるもう一つの「その日が来る」。しかし、その日、義の太陽が再び昇るキリスト再臨のその朝、主キリストを信じる 〝あなたがたは牛舎から出た子牛のように飛び跳ねる〟 (照マタイ5・10~12)。救いの完成の日である。

旧約聖書最後のマラキ書は、「それは、わたしが来て、呪いをもって地を打ち滅ぼさないためだ」との主の愛の訴えをもって閉じられる。キリストの再臨と終末を記した新約聖書最後のヨハネの黙示録は「アーメン。主イエスよ、来てください。主イエスの恵みがすべての者と共にあるように。アーメン」とのマラキによる主の訴えの成就を願う祈りで結ばれている。




夕暮れ時に、光がある

2012年09月30日 | 説教要旨・小預言書
ゼカリヤ14・1~9/小預言書(11)ゼカリヤ書

ペルシャのクロス王の時代、バビロンからエルサレムに帰還した祭司イドの孫ゼカリヤ(〝主が覚えてくださっている者〟の意)は、「ダリヨス王の第二年(前520年)にハガイと共に預言を始めた(1・1、7/照7・1/ネヘミヤ12・4/エズラ5・1~2、6・14)。本書の後半(9~14章)は、福音書の受難記事に最も多く引用されている。またエゼキエルに次いで黙示録の著者に影響を与えた。

1~2節。「夕暮れ時に、光がある」「その日」(5回)は「主が出て来られる」「主の日」に実現する。終末の日、神はすべての国々を集め、エルサレムを攻撃させる。町は征服され、家々は掠奪され、婦女子は凌辱され、住民の半分は捕虜として引かれていく。厳しい試錬と敗北の中にあっても「しかし、残りの民は町から断ち滅ぼされない」(13・8、照アモス5・18)。

3~5節。その後「主が出て来られる」。主は進み出て、これらの諸国と戦われる(照 出エジプト14・13~14)。「その日、主はエルサレムの東にあるオリーブ山の上に立たれる」(照 使徒1・11~12、黙示録1・7)。その時、「オリーブ山は真二つに裂け(照マタイ27・51)、東西に延びる非常に大きな谷ができ、山の半分は北へ、半分は南へ移る」。ユダの王ウジヤの時代の地震(照アモス1・1/前760年頃)の時のように、ケデロンの谷は塞がれ、勝利の王の凱旋道路となる(イザヤ40・3~5、49・11)。その道を「私の神・主が、すべての聖徒たちを伴って来られる」。

6~8節。「その日」は、光(暑さ)も、寒さも、霜もない。ただ一つの日である。主にのみ知られている「その日」は、昼も夜もない、夕暮れ時に光がある特別な日である(照イザヤ60・19~20、黙示録21・25、22・5)。それは神の創造の秩序(創世記1・5)と、ノアの洪水の後の自然の秩序(創世記8・21~22)の廃棄の日である。しかし、それは混沌へ回帰するのではなく、全く新しい日である。また「その日」には、エルサレムの必要を満たすのに十分ではないギホンの泉からゆるやかに流れるシロアの流れ(イザヤ8・6)や、乾季に涸れるワディとは違う、夏も冬も涸れることのない湧き水(「命の水/生ける水」ヨハネ7・38)が、エルサレムから流れ出て、半分は東の海(死海)に注ぎ、半分は西の海(地中海)に注ぐ。

9~11節。こうして主は全地の王となられる。「その日」にはすべての人が、主はひとり、唯一の神であると認める(照 申命記4・35~39)。またエルサレムに人々は住み着き、そこに再び破滅が臨むことはなく、聖都は永遠に安住の地となる。新しい世界が到来したのである。

全宇宙に対する神の経綸の下に来る「その日」があり、私たち個人に対する神の摂理の下に来る「その日」がある。誰もが困難や試錬の中でもがき苦しむときがあり、小さな光も見えず、闇に蔽(おお)われる経験をする。老いと病の中に人生の黄昏を意識しない人はいない。しかし、ゼカリヤは預言している。主のみが御存知の夜も昼もないただ一つの日、主の日が来る。その日には「夕暮れ時に、光がある」。

十字架と復活によって、罪と死に勝利された主イエス・キリストに信頼する人は、ただ恵みによって、このような日を迎えられるのである(照 詩篇112・4)。




きょう、この日から

2012年07月29日 | 説教要旨・小預言書
ハガイ2・10~19/小預言(10)ハガイ書

〝私の祭り/祝祭(の男)〟を意味する名前のハガイは、アケメネス朝ペルシャのダレイオス一世の治世(前522~486年)に預言活動を行なった。クロス(照イザヤ44・28、45・1)は新バビロニア帝国を倒し(前539年)、ユダヤの民に祖国帰還を許し、神殿の装備品を持ち帰り、その再建を命じた(照エズラ1・2~4、6・3~5)。その後、混乱した国を平定し、バビロンとエジプトを直轄領とし、その他の全領土を20の行政区に分割し、ペルシア帝国を築いたのがダレイオス一世である。彼は前490年、マラトンでの戦いでギリシアに破れた。

ハガイ書には、ダレイオス一世の第二年(前520年)の四ヶ月弱の間に、ハガイが預言した四つのメッセージが記されている。① 第二年六月一日(現暦前520年8月29日)―「今こそ、神殿再建の時」(1・1~15)② 同七月二一日(同10月17日)―「強くあれ、仕事に取りかかれ」(2・1~9)③ 同九月二四日(同12月18日)「今日、この日から、祝福が」(2・10~19)④ 同、「その日―印形ゼルバベル」(2・20~23)。

帰国した民は神殿再建に取りかかったが、サマリヤ人による妨害等があり(エズラ4・1~)、工事は中断した。また旱魃で民の生活環境は悪化し、人々は日毎の生活に追われていた(1・4~11)。そして帰還より20年経っていた。その時、ハガイは「あなたがたの現状をよく考えよ。宮を建てよ。そうすればわたしはそれを喜び、わたしの栄光を現わそう」との主の言葉を告げ(1・3~8)、また「わたしはあなたがたと共にいる」との主の言葉をもって指導者たちと民の残りの者すべての心を奮い立たせ、工事を再開させた(1・12~15/それは現暦9月21日のことであった)。工事が再開されて約一ヶ月、本工事の準備が整った10月17日、ハガイは指導者と民の残りの者に 〝天地の主権者、出エジプトに際し、民を贖う契約を結び、聖霊の内住を約束された主が、私たちと共におられる。それゆえ強くあれ。勇気を出して、仕事に取りかかれ〟 と激励した。そして 〝この神殿の栄光は先のものにまさる。この場所にわたしは平和を与える〟 との主の言葉を告げた(2・1~9)。

それから約三ヵ月後、ハガイは 〝12月18日、主の神殿の礎が据えられたこの日、きょうから後のことをよく考えよ〟 との主の言葉を語った。〝主の神殿の石を積み重ねる前、神殿の工事が延期されて以来、あなたがたはどうであったか。主は収穫を差し止められたが、あなたがたのうち誰ひとり、わたしに帰って来なかった。しかし、この日、主の神殿の礎が据えられたきょう、この日からのことをあなたがたは自分の心に留めよ。よく考えよ。今日、この日から、あなたがたは素晴らしい収穫の季節を迎える。まことに穀物倉にはまだ種はあり、葡萄の木、無花果の木、柘榴の木、オリーブの木は、まだ実をつけていない。しかし、今日この日からわたしは祝福を与える〟 との主の言葉を告げた。主は民の罪・汚れにも拘らず、人々が悔い改めて立ち返り、神に従った 〝きょう、この日からわたしは、あなたを祝福しよう〟 と言われる。ハガイはそれを心から確信し、預言している(2・15~19)。




その日――回復のとき

2012年07月22日 | 説教要旨・小預言書
ゼパニヤ3・11~15/小預言書(9)ゼパニヤ書

預言者としては最も長い系図を持つゼパニヤは「ユダの王アモンの子ヨシヤの時代」、エレミヤと同じ時代に預言活動をした。彼はヒゼキヤ王の子孫であったと思われる。ヨシヤの曽祖父ヒゼキヤ(前716~686年)は、国内の偶像礼拝、異教慣習を取り除き、主なる神への礼拝を回復した(照Ⅱ列王記18・4~6)。しかし、その子マナセ(前686~642年)と孫アモン(前642~640年)により、ユダ国の信仰は元の木阿弥に戻ってしまった(照Ⅱ列王記21・1~18/19~26)。8歳で即位したヨシヤ(前640~609年)は、その18年目、神殿で 〝律法の書〟 が発見されると、宗教改革を行ない、異教礼拝と慣習を追放した(照Ⅱ列王22~23章)。ゼパニヤは幼きヨシヤ王の治世の初期に、50年以上にわたるマナセとアモンによる国家的偶像礼拝への、①主の裁きの日の到来を預言し(1・2~2・3)、② 諸国民への審判(2・4~15)、③ エルサレムへの裁きとその回復(3・1~20)を告げた。

バアルを始め諸偶像を拝み、主を尋ねず、求めようともしない者たちは、傲慢にも(2・15)「主は良いことも、悪いこともしない」と心の中でおごり高ぶった(1・12)。預言者も祭司も、聖なるものを汚し、律法を踏みにじっていた(3・4)。その彼らに「主の日」、即ち主の激しい怒りの日、苦難と苦悩、荒廃と滅亡が近づいている(1・14~16)。

しかし、「その日」、主は「あなたの中から傲り高ぶる者共を取り除き・・・・・・あなたの中に、へりくだった、寄る辺のない民を残す。彼らはただ主の御名に身を避ける。(彼らは)イスラエルの残りの者(レムナント)」である、と言われる(3・11~13)。

「わたしの聖なる山」(11)。地理的エルサレムのことではない。そこにあるのは、平和・保護、信頼、平安、静寂である(14~17)。ゼパニヤは「その日」、即ち神の残りの民の「回復のとき」を信じて、見ている。そして、私たちに「わたしが証人として立つ日を、待ち望め」(8、岩波)との主の御告げを伝える。

「その日―回復のとき」は、諸国から「残りの者が集められ、主の聖なる山シオン・天のエルサレムで、彼らは謙遜に、ひたすら主を礼拝し、真実を尽くして公義を行ない、主に信頼する者となる。「その日」には、「まことに彼らは草を食べて伏し、彼らを脅かす者はいない」(13、照エゼキエル34・13~15、ミカ4・4)。「その日」はメシア(キリスト)による完全な平和と繁栄が実現する「回復のとき」である。

「その日」このメシアなる「イスラエルの王なる主」は、悔い改めて異教の神々から離れ、主キリストに信頼するしか寄る辺のない人、イスラエルの残りの者「あなたの只中におられる。あなたはもはや災いを恐れることはない」(15、17岩波)。その日、救いをもたらす勇者」(岩波)である神、主キリストは「あなたのゆえに喜び楽しみ、その愛によってあなたに安らぎ(真の平和と静寂/ルター)をお与えになるのです(17)。




私は静かに待とう

2012年05月20日 | 説教要旨・小預言書
ハバクク3・16~19/小預言書(8)

ハバクク(果樹(ハッカ)を表すアッカド語に由来?)は父、氏族、故郷も記されていない。彼の預言した時代は、カルデヤ人(新バビロニア帝国)の侵略が間近に迫り(1・6)、民の宗教的・道徳的退廃はひどく、国は混乱していた(1・2~4)。カルデヤ人は前612年、アッシリアの首都ニネベを滅ぼした。前609年、ハランに逃げたアッシリアは滅ぼされた。この時、アッシリアを援助したエジプトのパロ・ネコによりヨシア王(前639~609)はメギドで戦死した(Ⅱ列王記23・29)。主の怒りを引き起こしたマナセ王の次に王となったヨシアはアッシリアの弱体化に乗じ、領土を拡張し、宗教改革を行なった(前620年頃)。その王の突然の死はユダ王国崩壊の時代の来たことを告げるものであった(照Ⅱ列王記23・25、26)。前605年、エジプトに勝ったバビロン王ネブカデネザルは古代近東の覇者となり、そして前587年エルサレムは陥落し、民はバビロンに捕らえ移された。ナホム、ゼパニア、エレミアと同時代にハバククは預言したのであった。

覇権を争う大国に間にあって、小国ユダは翻弄され、苦しんだ。また民は百年余前の北王国滅亡から何の警告も受け取っていなかった。ハバククはこの現状に沈黙を続ける神に「なぜ黙っておられるのですか」と訴えた(1・13)。その訴えに、主が何を語り、答えてくださるかを見張っていたハバククに、主は答えられた(2・1~4)。神は終りの定めの時の幻を「待て」と言われた。幻とは「走りながら読めるように板の上にはっきりと記」(共)された言葉であった。それは有名な「見よ、増長している者を。その魂はまっすぐではない。義しい者は、その信仰によって生きる」(岩波/照ローマ1・17、ガラテヤ3・11、ヘブル10・38)である。神は強大なバビロン帝国の全盛時代に、その滅亡と、義なる小国ユダの存続を予告されたのである。「義人は、その信仰によって生きる」ことは、こう語られる歴史の主なる神への信頼なしにはあり得ない。

「いつまで・・・・・・」と叫んだハバククは、カルデヤ人によるユダ侵略の幻に大きな衝撃を受け、「私はあなたの御業を畏れます。・・・・・・激しい怒りのうちにも、憐れみを忘れないでください」(3・2)と祈り始めます。そしてバビロンによって人命が奪われ、国土は荒廃し、作物も家畜も絶滅されようとも、「私たちを攻める民に襲いかかる日を」「あなたがご自分の民を救うために出て来られる」(3・13)終わりの「定めの時」を「私は静かに待とう」と祈り結びます(3・16~19)。

パウロは「肉体の棘」を負ったまゝ生きなければなりませんでしたが、「わたしの恵みは、あなたに十分である。わたしの力は、弱さのうちに完全に現われるからである」(Ⅱコリント12・9)との神の言葉を聞くことができました。生老病死、苦と不条理に満ちたこの世界に生きる私たちも、たとえ苦痛・困難の中におかれても、ハバククと共に歴史の主、摂理の神の「定めの時」を信仰をもって「静かに待ち」、十字架と復活の「私の救いの神、私の主」を仰ぎ、喜び勇みたいと祈り願います。




主の怒りと慈愛

2012年04月22日 | 説教要旨・小預言書

ナホム1・1~11/小預言書(7)

ナホム(「慰め」の意/カペナウム)は、アッシリアによって、ノ・アモン(テーベ)の陥落(663年/3・8照)より後、前612年の首都ニネベの陥落(照1・9、3・19)より前、おそらく悪王マナセの時代(前696~642年/照Ⅱ列王記21・1)、100年余に亘ってその強暴な軍隊によって、古代近東を荒れ狂ったアッシリア(照3・1、19)の時代の終り頃に、主なる神の「ニネベに対する(全滅)宣言」を預言し、記した(1)。

契約の神、聖なる主は、双方の側において第三者を排除する「妬む神」(出エジプト20・5、34・14)であり、その敵に怒りを保ち「復讐する神」(3回)である(2)。天地創造の時、混沌とした水の面を闇が覆う中に働かれた神(創世記1・2)、紅海とヨルダン川の水を干上がらせ、民を歩み渡らせた神(詩篇106・9、イザヤ51・10)は、水の豊かなバシャンとカルメルの牧草地を涸らし、レバノン杉をも枯らすことのできる方である(照イザヤ33・9)。「怒るのに遅く、力強い」方であるが「決して罰せずにはおかない」方であるこの主が、遂にその怒りを発せられる時、「誰がその怒りの前に立ちえよう。誰がその燃える怒りに耐えられよう」(2~6)。

今や、その怒りの火が「主に逆らう者」ニネベに注がれる。ニネベは「二度と立ち上がれない」までに「すべて滅ぼし尽く」され、「暗闇に追いやられる」(8~10)。何故アッシリア・ニネベは恐ろしい神の怒りを買ったのか。それは「あなたの中から、主に対して悪事をたくらみ、よこしまな事を謀る者が出たからだ」(11)。「よこしまなこと」(「無価値、邪悪」の意)は、神に敵対する権力に適用され(Ⅰサムエル2・12脚注)、サタン、反キリストを言う名としても用いられている(照Ⅱコリント6・15「ベリアル」)。かつてアッシリアは、国々に対する神の「怒りの杖」としても用いられた(イザヤ10・5~6/照エレミヤ51・20)。しかし、アッシリアはそのことを忘れ、神の前に誇り、高ぶった(イザヤ10・12~15)。前701年、アッシリア王セナケリブの高官ラブ・シャケは、〝大王アッシリア王〟 の言葉を大声で叫び、イスラエルの神、主を冒?した(イザヤ36章)。驕るアッシリア、「大きな町」(ヨナ1・2)ニネベは、ナホムの預言の通り、前612年、新バビロニア帝国によって滅ぼされ「闇の中に追いやられた」。

神を恐れず、自分を神とし、恣ままに人生を生きようとする人に対してだけ、神は敵対し「復讐の神」となるであろう。また、この神「主はいつくしみ深く=恵み深く(共、岩波)」あられる。この主の「恵み深さ」こそ、私たちの「苦難の日の砦である」。十字架の救い主イエスは、私たちをその慈しみの力強い両腕の砦の内に守ってくださる。また「恵み深い」主は、「主に身を避ける者たちを知っておられる」。そして、主の恵み・憐れみはすべての造られたものの上にある(照 詩篇145・9/ヨナ4・11)。この全能の神を畏れ、唯一の真の神の忍耐を軽んじず、キリストの十字架において示された神の恵みに信頼し、主に身を避ける者となりましょう。




主が求めておられること

2012年03月25日 | 説教要旨・小預言書
ミカ6・6~8/小預言書(6)

ミカ(「誰がヤーウェの如き」の意)は、アッシリアが中東世界の覇者である時代、ユダの王ヨタム(前742~735年)、アハズ(前735~715年)、ヒゼキヤ(前715~686年)王の治世に、サマリヤとエルサレムについて預言した(1・1/年表)。同時代、北王国でホセアが、南王国でイザヤが預言者として活動していた。アッシリア従属政策をとる北王国のペカフヤを殺害したペカは、ダマスコ王レツィンと反アッシリア同盟を結び、ユダのアハズに加盟を迫った。イザヤはアハズに中立を保つように助言した。しかし、アハズはアッシリア王ティグラテ・ピレセル3世に莫大な金銀を差し出し、服従し、背教した(イザヤ7・1~8・18、Ⅱ列王16・1~16)。前732年、ティグラテ・ピレセルはダマスコを破壊し、ペカに代えてホセアを王とした。王が死に、前726年、息子シャルマヌエセルが即位した。ホセアはエジプトと同盟し、貢物を納めなくなった。シャルマヌエセルはサマリヤを包囲し、陥落させ、住民をアッシリアへ捕囚とした(前721年/Ⅱ列王17・4~6、ミカ1・3~7)。この年に即位したサルゴンは4回の西方遠征を行なった。その4回目に、エジプトと同盟を結び反乱を起こしたアシュドテに、イザヤの預言の通り来襲した(前712年/照イザヤ20章)。その後を継いだセナケリブは、前701年ユダに進攻、エルサレムを包囲したが、主の使いに打たれて、ニネベに帰った(イザヤ36~37章、ミカ1・8~16/アッシリアの浮き彫り)。

ヒゼキヤの行った諸改革(Ⅱ列王18・3~6)は、富める支配者たちから、土地を収奪された農民は貧しくなり、裁判官は買収され、人々は救済の手段を失い、道徳は腐敗し、信仰は地に落ちたユダの堕落した状態へのミカの厳しい預言(エレミヤ26・17~19)に対する応答でもある。一世紀前に、イスラエル・サマリヤに、アハブ(の妻イゼベル)によって持ち込まれた偽りの宗教(6・16)は、ユダ・エルサレムにも及び、北王国と同じ危機的状況にあり、滅亡へと向かっていた(照4・10)。

主はイスラエル(民族)に「わたしの民」と呼びかけ、「わたしはあなたに何をしたか。どのようにしてあなたを煩わせたか」と問い、出エジプトから、荒野の旅の終り、ヨルダン渡河にいたる恵みの救いの出来事を語られる。神を畏れず、自分勝手な信仰に依っている民は、全焼の犠牲、一歳の子牛、幾千の雄羊、幾万の油、さらには子どもの供儀を献げるべきか、と富・儀式によって、主の好意を獲得できると思い上がっている。その人々に、主は「人よ。何が良いことなのか。主は何をあなたに求めておられるのか。それは、ただ公義を行ない、誠実を愛し、へりくだってあなたの神と共に歩むことではないか」と告げられる(照 詩篇51・16~17、ローマ12・1、ヨハネ4・24)。

ミカは「誰がヤーウェのようであろうか」という自分の名を織り込んで、その預言を神への讃歌で締め括る(7・18~20)。ミカはアッシリアの激しい来襲に戦き、また不信と不道徳の中にある民の罪を指弾した。それは彼が比類なきイスラエルの神を知っていたからである(照 詩篇130・3~4)。「あなたは、咎を赦し、ご自分のものである残りの者のために、背きの罪を見過ごされ、怒りをいつまでも持ち続けず、いつくしみを喜ばれるからです。もう一度、私たちを憐れみ、私たちの罪を海の深みに投げ入れてください」(照 出エジプト14・27/ローマ4・17、ガラテヤ3・26)。




ヨナの考えと神の思い

2012年03月18日 | 説教要旨・小預言書
ヨナ4・1~11/小預言書(5)ヨナ書

ヨナ(「鳩」の意/ホセア7・11ではイスラエルが「鳩」と呼ばれている)は、ナザレの北にあるガデ・ヘフェル出身で、ヤロブアム二世(前786~746年)の時代に預言した(Ⅱ列王14・25)。主はヨナに「あの大きな町ニネベに行き、彼らの悪がわたしの前に上って来ている」と叫べと命じられた(ニネベは異教徒の築いた強大な帝国の文明と権力の町であり、人間の傲り、神に反抗するこの世の力の象徴である)。しかし、ヨナはヨッパに下り、タルシシュ行きの船に乗った。やがて嵐に遭い、海に投げ込まれたヨナは、大魚に飲み込まれ、三日後に陸地に吐き出された。再び主に命じられた彼は、ニネベに行き、「もう四十日するとニネベは滅ぼされる」と主の布告を伝えた。するとニネベの人々は神を信じ、悔い改め、神の憐みを願い求めた。「それで、神は彼らに下すと言っておられた災いを思い直し、そうされなかった」(1~3章)。

「ところが、このことはヨナを非常に不愉快にさせた」。神の翻意によりニネベが助かると、預言者としてのヨナが笑い者にされるからでしょうか。それもあったでしょうが、それよりも今、ヨナは神その方が大きな謎となり、わからなくなったのです。「神が情け深く(貧しい人々への親切さ)憐みに満ち(子宮、母の愛、即ち配慮と保護で愛する人を囲む愛)、怒るのに遅く、恵み豊かであり(契約の民への愛)、災いを思い直されることを知っていた」(2/ヨエル2・13)ヨナは、このような神の愛が選民イスラエルだけではなく、アッシリア・ニネベの人々をも包むことに耐えられず、タルシシュへ逃げたのでした。それで「今どうか、私の命を取り去ってください。私は生きているよりも死んだ方がましだからです」と死を願います。主が「お前は怒るが、それは正しいことか」と問われますが、ヨナは無言のまゝ、行為で答えます。彼は町を出て、町の東に日差しを避ける仮小屋を建て、そこに座って、町がどうなるか見届けようとします。主が一本の唐ごまを生えさせ、日陰をつくってくださるとヨナは大喜びします。その翌日、主がその唐ごまを虫に噛ませ枯らさせ、灼熱の東風を吹きつけさせたので、激しく照りつける太陽の下、ヨナは弱り果て、再び死を願います。その時、再び主に問われたヨナは「私が死ぬほど怒るのは当然です」と答えます。すると主は、「お前は自分で労することも育てることもなく、一夜にして生じ、一夜にして失せた唐ごまさえ惜しんでいる。ましてわたしはこの大きな町ニネベを惜しまずにおられようか。そこには右も左も弁えない十二万以上の人間と無数の家畜がいるではないか」と。

ご自分が創造された世界、ご自分の像に造られた人間が罪に堕ち、虚無に服し、呻き苦しんでいるこの世界を、この私たちを贖い、救うために、神はその独子を与えられました(照ローマ8・18~23、ヨハネ3・16)。この測り知れない神の思いと御業により救われた者として、肉を砕かれ、キリストの心を心として、歩いてまいりましょう。




神の正義を信じる

2012年02月26日 | 説教要旨・小預言書
オバデヤ1~21/小預言書(4)オバデヤ書

表題(1)は預言者オバデヤ(「主(ヤーウェ)の僕」の意)の名前以外、王や故郷について等何も語っていない。エサウ(エドム)とヤコブ(イスラエル)は双子であったが争った(創世記25章)。エサウは死海東南部のセイル(岩=ペトラ)に住んだ。エジプトを脱出し、荒野を彷徨したイスラエルが約束の地に向かうとき、同族エドムはその領土を通らせなかった(申命記2・1~8)。本書でオバデヤは他国人(バビロン)によるエルサレムの災難の日(ネブカデネザルによるエルサレム陥落、前586年)の時のエドムの振る舞いに対する神の幻(裁き)を預言する(10)。「主よ、エルサレムの日に、『破壊せよ、破壊せよ、その基までも。』と言ったエドムの子らを思い出してください」と捕囚の地バビロンの川の辺(ほとり)で詩人はシオンを想い、泣いて祈っている(詩篇137・7/照 Ⅱ列王記25章、哀歌4・21~22、エゼキエル25・12~14)。

神がエドムを裁き滅ぼされる理由は、彼の高慢にある。「エドムは岩の裂け目に住み、高い所を住まいとし、『誰が私を地に引きずり降ろせようか』と心の内に言っている。エドムが鷲のように高く上っても、星の間に巣を作っても、そこから引き降ろす」と主は告げられる。エドムはその軍事力、富を誇り、「神のようになり」(創世記3・5/イザヤ14・12~15、エゼキエル28・12~19)、その傲慢が自分自身を欺き、見えなくさせ、さらに兄弟ヤコブへの暴虐となったのである(2~4/照エレミヤ49・14~16)。しかし、エドムが誇り頼った砦も富も軍事同盟も亦、エドムを欺き、奪い取られ、すべて消え失せる(5~9)。それはエドムがその兄弟ヤコブの災難の日、ユダの子らの滅びの日に、敵バビロンの側に付き、知らぬ顔で立ち、高慢になり高笑いして、エルサレムの戦利品の分け前に与り、逃れようとする人々を捕らえ、バビロンの手に引き渡したからである(10~14)。

神の裁きの時、主の日が「すべての国々の上に近づいている」。その日、エドムがしたように、エドムは仕返しされる(15/エレミヤ49・10同害報復/〝生きたように死ぬ〟 ? )。エドムと同じように、イスラエルの苦難の日に喜び飲んだ国々も、主の日には神の怒りの杯から飲み続け「彼らは存在しなかった者のようになる」(16/岩波、照エレミヤ25・15~18)。

しかし同じその日、逃れた者たちが帰って来てシオンは聖なる地となり、イスラエルは北の土地を、ユダは南の土地を占領する。「救われた者たちはシオンの山に上って、エサウの山を裁く。こうして王国は主のものとなる」(21/岩波)。オバデヤは災難、苦難、捕囚を通して全世界・歴史は神の経綸としての神の支配の下にあることを見ている。そして終りの日には神の国が到来し全世界は主の支配の下に置かれ、神の正義が確立する(15~21)。これが私たちに与えられている約束であり、希望である。

私たちの生きる世界は 〝光と闇との行き交う巷〟(讃276番)である。それゆえ内に外に戦いは絶えず、悩みは尽きない(照ヨハネ16・33、Ⅰヨハネ5・19)。そのため 〝よこしま暫しは時を得とも、主の御意思(みむね)はややに成りて、天地 遂には一つとならん〟(讃90)。神の正義が実現するその日を望みつつ、預言者ヨハネが語り、主が仰せられた「悔い改めなさい。天の御国が近づいたから」(マタイ3・2、4・17)との招きを聞き、イエス・キリストを信じて人生を歩いていきましょう。




正義を川の流れのように

2012年01月29日 | 説教要旨・小預言書
アモス5・21~27/小預言書(3)アモス書

テコアで牧者であり、いちじく桑を栽培していたアモスはユダの王ウジヤ(在位前791~740年)、イスラエルの王ヤロブアム二世(在位前787~747年)の時代、地震(前760年頃/照ゼカリヤ14・5)の二年前に、イスラエルについて、シオンから叫び、エルサレムから声を出される神の言葉を語った。それは「羊飼いの牧場は乾き、カルメルの頂は枯れる」と繁栄の絶頂にあるイスラエル(照Ⅱ列王記14・24、ヨナ)の全面的滅亡の預言であった(1・1~2)。

5章はイスラエルへの挽歌である。物質的な繁栄に傲った権力者・富者は、正義を地に投げ捨て、公義を毒に変えた(5・7、6・12)。彼らは弱い者から法外な小作料を取り立て、収穫物を奪い取り、町の門での裁判でも賄賂を取って貧しい者の正しい訴えをねじ曲げた。邪悪な時代であった(5・10~13)。

5・21~23において、神は「憎み、退ける」「かがない」「喜ばない(=受け入れない)」「目もくれない」「遠さけよ」「聞きたくない」と全身をもってイスラエルの祭儀・礼拝を弾劾し、拒否される。「祭り(三大祭=過越祭・五旬節(ペンテコステ)・仮庵祭)」「きよめの集会」「全焼のいけにえ」「穀物の献げ物」「和解のいけにえ」「歌(複数)」「琴の音」の計七つ(完全数)を列挙し、イスラエルが聖なる場所で行なっている礼拝を神は全面的に拒否される。もっとよい献げ物、もっと多くの美しい讃美歌、もっと現代的な上手な音楽、斬新な礼拝形式にしたら嘉納するというのではない。神は無条件にイスラエルの礼拝を拒絶されている。

では何故、神はイスラエルの捧げる礼拝を拒絶されているのか。「まことに主はイスラエルの家にこう仰せられる。『わたしを求めて生きよ。ベテルを求めるな。ギルガルに行くな。ベエル・シェバに赴くな。・・・・・・』」(5・4~5/4・4~5)。イスラエル(の家)は聖なる場所に行き、厳粛な集い、豪華な祝祭、豊かな犠牲、多くの歌こそ宗教であり、それを好んでいたのである。しかし、そこには魂のことは全く消え去り、聖所での空騒ぎしかなかった。神が拒否なさったこうした彼らの礼拝を示唆するように、21~23節には「あなたがた」と6回も言及されている。彼らは、自分たちが「勝手に造ったもの(偶像)」(26共)を、自分たちが好きなように礼拝していたのである。この人間中心のことを神は「憎み、退ける」と言われる。アモスはこの深刻な罪を見つめ、預言したのである(照8・1~3)。

主の厳しい拒絶の後に、主が強く求められることが記されている。「公義を水のように、正義をいつも水の流れる川のように、流れさせよ」(24)。そのことこそが「わたし(主)を求めて生きよ」(5・4、6)と言われていることである。アダムの末裔である私たちは、どうしようもなく罪人である。自己中心的である。神に拒絶され、裁かれ、滅んでも当然の存在である。しかし、主イエスは私に代わって、神の拒絶を負ってくださった。今は「主を求めて生きる」私たちが、たとえ拙く貧しくとも霊と真実をもって捧げる礼拝を、神は「イエス・キリストの御名によって」嘉納してくださるのである。なんという幸いであろう。




情け深く、憐れみ深い神

2012年01月22日 | 説教要旨・小預言書
ヨエル2・12~20/小預言書(2)/ヨエル書

〝ヤーウェは神なり〟 を意味するヨエルが活動した時代は不明である。しかし、伝統的には南王国ユダのヨアシュ王(在位835~796年)の時代、北王国イスラエルでエリシャが活躍した頃と考えられてきた。

一章には、小麦も大麦も、葡萄の樹や(オリーブ樹)、無花果の樹等々、更には荒野の牧草地までもが、未曾有の蝗の大災害に襲われた。そのため「穀物が荒らされ、新しい葡萄酒も干上がり、油も渇れてしまった」恐ろしい惨状が記されている。この大惨事の只中で人々は「あゝ、その日よ。主の日は近い。全能者からの破壊のように、その日がくる」と、神が主権をもって歴史に介入される審判の日、「主の日」の到来を予感した。

その人々にヨエルは二章において 〝大いなる恐ろしい日である主の日に、だれが耐えられよう〟 と語りつつ、悔い改めを呼びかけ、神に立ち返る者への恵みによる救いの希望を預言する。「しかし、今、心を尽くし、断食と涙と嘆きとをもって、わたしに立ち返れ」と主の御告げを伝え、例外なしにすべての国民を主の宮での聖会に招集する(1・14、2・15)。悔い改めは外面は勿論、本質的には心の問題であり、断食に伴う内面の態度が問われている(12~13/「心を尽くし」「心を引き裂け」)。

ヨエルが「あなたがたの神、主に立ち返れ」と言うのは 〝あなたがたと契約を結ばれた神「主は情け深く、憐れみ深く(ヘブライ語:語根 〝子宮〟→〝母のような愛〟)、怒るのにおそく、恵み(ヘブライ語:ヘセド・〝誠実〟 照ホセア6・6)豊かで、災いを思い直してくださるからだ」(13/照 出エジプト34・6、ヨナ4・2/ホセアとゴメル、父と放蕩息子)。とは言え「主が思い直して、憐れ」んでくださるかどうかは、一重に主の主権に属することで「だれが知ろう」。かつてヨシャパテ王はモアブとアモンの連合軍が攻めてきた時、「私たちとしてはどうすればよいかわかりません。ただ、あなたに私たちの目を注ぐのみです」と祈り、その問題を神の手に委ねた(Ⅱ歴代誌20・12/照ヨナ3・9)。ヨエルは神の主権性を畏敬しつつ、この聖書の神に期待し、イスラエルの存亡を、神の名誉にかけて訴えるように祭司と民に言う(15~17/比ミカ7・18~20)。

民の祈りに対する主の応えをヨエルは語る(18)。「主はご自分の地をねたむほど愛し、ご自分の民を憐れまれた」。聖書の神はねたむ神である(照 出エジプト20・5)。主とイスラエルの契約関係は夫婦関係に擬(なぞら)えられる。神はユダを救うことによって、ご自分が神であることを現わされる(27)。主は行動を起こし、蝗の大襲来を退け「穀物と新しい葡萄酒と油」(19/1・10)を豊かに与えてくださり、蝗は、かつて葦の海に一匹残らず追いやられた(照 出エジプト10・19)ように、「東の海・死海と西の海・地中海」に追いやり「二度とあなたがたを諸国の民の間で、そしりとしない」と明言される。そして「まことに主は偉大な御業を成し遂げられた」(共)と大惨事が終ったことが謳われる(19~20)。

預言は直近と未来の幅を持つ。将来「北から来る者」バビロン(照エレミヤ1・14、15)による惨事からも、さらには終りの主の日(照2・28~32、使徒2・16~32)にも「情け深く、憐れみ深い神」主は、必ず「大いなることをしてくださる」。ハレルヤ!




死から贖う神

2012年01月15日 | 説教要旨・小預言書
ホセア13・1~16/小預言書(1)ホセア書

きょうから月二回位の予定で、一書一回ずつ小預言書(12冊)を学んでまいります。ホセア(「主は救い」の意)は北王国イスラエルが経済的に繁栄したヤロブアム二世(在位 前787~747)の末期から滅亡の直前に活躍した預言者であった(照 王と預言者年表)。繁栄は北王国に宗教と道徳の腐敗をもたらし、アロブアムの退位25年後、前721年に北王国はアッシリアによって滅ぼされた。この混乱、崩壊、荒廃の時代に、ホセアは自分の結婚生活を巡って、神のイスラエルに対する変わることのない愛と誠実を預言した。姦淫の妻はバアルを礼拝するイスラエルを、三人の子どもたち(の名)は神から離れていくイスラエルの審判・破滅を、ホセアは神・主を表している。そして、破綻してしまった結婚が回復したのは神の命令 (ことば)・契約の民に対する神の誠実によることを預言している(照1章)。

12章において、イスラエルの始祖ヤコブの罪を指摘したホセアは、13章において、イスラエル(エフライム/サマリア)は「自分の神に逆らったので」「死んだ」(16、1)と宣告し、死に至らせる彼らの罪を告発する。①バアルの祭儀で用いられる、職人が造った子牛に口づけする民(照Ⅰ列王記19・18)は来るべき災いの日に「朝靄・露・もみ殻・煙」のように何も残らない(1~3)。②主はエジプトの奴隷であった民を救い出し、荒野で牧者として養われたが、カナンの沃地文化に心高ぶり、神を忘れた民を、獅子、豹、子を奪われた雌熊のようになり滅ぼされる(4~8)。③イスラエルは 〝災いと苦しみから救ってくださる神を退けて、他の国民のように王を求めた〟 (照Ⅰサムエル8・5、10・19)。主が最後の王ホセアを憤って奪い取られると、サマリアは3年間の包囲後、陥落。民はアッシリアに捕え移された(9~11/照Ⅱ列王記17・4~6)。④金や大事な証書が袋や壷に入れられ、保管されるように(考 死海写本)、イスラエルの罪の証拠は保管される。そしてホセアはこのようなイスラエルを「子を産む女のひどい痛み」(審判と苦悩を象徴/照イザヤ13・8、エレミヤ13・21)の「時が来ても、母胎から出て来ない」「知恵のない子」と言う。イスラエルは神が与えておられる悔い改めと立ち返りの機会を頑なに拒み退け、自らの罪のゆえに、死(産)を、サマリア陥落・滅亡を刈り取る愚か者である(12~16)。

しかし、ホセアはイスラエルの破滅・死の世界を凝視しながら、その彼方にある希望をしっかり見据えている。「わたしは陰府の力から、彼らを解き放ち、彼らを死から贖おう。死よ、お前の棘はどこにあるのか。陰府よ、お前の針はどこにあるのか」(新改=文=岩波=左近/比 共=口)。パウロは私たちを「死から贖う神」、復活のキリストを高らかに謳い、「死は勝利にのまれた」(イザヤ25・8)と記した後に「死よ、お前の勝利はどこにあるのか(どこにもない! 死そのものが滅ぼされた!)。死よ、お前の棘はどこにあるのか(どこにもない! 取り去られた!)」とホセア13・14を引用する。

「神は、全能の力をキリストのうちに働かせて、キリストを死者の中から甦らせ」「自分の罪と罪過の中に死んでいた私たちをキリストと共に生かし」、救ってくださいました。これは「ただ恵みによるのです」(エペソ1・20、2・1、5)。罪のゆえに死に、滅ぶべき私たちの希望は、ただ神のこの一方的な、変わることのない愛と誠実にかかっているのです。