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あるタカムラーの墓碑銘

高村薫さんの作品とキャラクターたちをとことん愛し、こよなく愛してくっちゃべります
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「去りゆく日に」 (単行本版)

2008-08-17 23:04:35 | 中編・短編作品、随筆etc 再読日記
8月17日に読了。
そしてお盆休みも終わります・・・憂鬱。でも一日二日経てば、普段のペースに元通りになるから不思議だ・・・。

単行本版『地を這う虫』 (文藝春秋)では、5番目に収録されている作品。
単行本のみで読める、貴重な作品です。文庫になった際、なぜかこの作品だけ収録されませんでした。「刑事を辞め、第二の人生・・・職業に就いて働いている元刑事の作品」というコンセプトで、文庫は統一したかったのでしょうか。

ところで、4番目の「父が来た道」(単行本版)はこちらで既に挙げてますので、今回はやりません。
記事を読み直してみましたが、ピックアップした部分も変更ありませんでしたしね。

前置きはここまでにして、以下は簡単な内容と感想、名文・名台詞・名場面のピックアップです。

【簡単な内容】
3月31日は和郎にとって、刑事として過ごす最後の1日。1か月前の事件が解決しないまま職場を去るのは不本意だが、だからといって1日でどうにかなるというのでもない。犯人の手がかりについてわずかなネタを公表するのも、あと1日でという思いが働き、ためらわせる。刑事として残された時間は刻々と過ぎていく・・・。

【感想】
読むのはこれで二回目。NHKのドラマでは、この主人公のキャラクターは、第1回・第2回で登場しており、このエピソードは確か第2回に挿入されていたと思います(ちょっとうろ覚え)

刑事として事件解決につながる「当たり」や「ヒット」を夢見ても、一度もなく刑事人生を終える、あるいは辞めていく刑事さんたちの方が圧倒的に多い。(合田さんは「当たり過ぎ」ということになりますね。しょうがないか、不滅の主人公なんだから・苦笑)

そういう大多数の刑事の一人である和郎さん(名字が分からん・・・)の、最後の1日。淡々とした味わいに溢れる佳品です。


【名文・名台詞・名場面】

★和郎は、見なくても分かっている時刻を再び腕時計で確かめ、腰を上げた。靴音を立てないように部屋を出たとき、無意識に振り返って誰もいない部屋を見た。何も上に載っていない自分の机を見ると、満足とも悔しさともつかない、茫洋とした気分になった。
まだまだ、いろいろ考えなければならんことが残っているんだがなあ。
 (p263)
これが見納めになるかもしれない、部屋や机。でも最後の1日とはいえ、未だに「刑事」なんだもの。こんな呟きがもれるのも、仕方ないよね。

★今夜の十二時まで、和郎に残された時間は十七時間だった。動くのも、決断するのも、迷うのも、驚くのも喜ぶのも悔しがるのも、十七時間。そう思えば、何でもやれるような気もするし、何もしないでやり過ごしても大差ないような気もする。そんなふうにして今日一日、結局手も足も動かなくなっていくのだろう。長年の自分の人生を差引きしてみれば概ねそうであったように。そんなことを思うと、和郎は身震いが出た。 (p263)
まるで人生の最後が十七時間しか残されていない・・・という雰囲気ではありますが、たとえ状況が定年でなくても「これが最後の日」と実感しても、変わるものも変わらないものも、ありますよね。
私もいろいろと転職しましたが(バブル崩壊後のあおりをもろに被った年代)、「ここの勤めも最後だな~」と実感はあっても、意外と淡々としたもんでした。後ろ髪引かれるような未練は、なかったな。

★和郎は、自分があまり受けのいい方でないことは自認していた。受けのいい老兵などいたら気持ちが悪いが、極端な嫌われ者でもなく、かといって人望もない。そういうのが、どの社会でも一番中途半端で所在ない。長年、ずっと地味で目立たないまま、皺が増えただけというのは。 (p268)
いや、だけど、大多数のサラリーマンやOLと呼ばれる人たちって、こういうものじゃないのか・・・? 一握りの上層部の人たちにとっては、そうでないと困るようですし。

★人間の涙が常に単純な悲嘆を表すとは限らない。恐怖や憤懣や後悔や興奮などの入り混じった涙というのもあるのだ。 (p277)
うーん、さすが長年、刑事として「人間」を見てきた和郎さん。視点が違う。



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