乳がんになってスピリチュアリズムに出会うVol.2

スピリチュアリズムに出会い
生き方が180度かわりました
シルバーバーチの霊訓を人生の指針としています

なぜ苦しみがあるのか . 3

2017-08-29 22:15:21 | シルバーバーチの霊訓
魂の偉大さは苦難を乗り切る時にこそ発揮されます。

失意も落胆も魂のこやしです。

魂がその秘められた力を発揮するにはいかなるこやしを摂取すればよいかを知る必要があります。

それが地上生活の目的なのです。

失意のどん底にある時は、もう全てが終わったかの感じを抱くものですが、実はそこから始まるのです。

あなた方にはまだまだ発揮されていない力―それまで発揮されたものより遥かに大きな力が宿されているのです。

それは楽な人生の中では決して発揮されません。

苦痛と困難の中にあってこそ発揮されるのです。

金塊もハンマーで砕かないと、その純金の姿を拝むことができないように、魂という純金も、悲しみや苦しみの試練を経ないと出てこないのです。

それ以外に方法がないのです。

ほかにもあると言う人がもしいるとしても、私は知りません。


人間の生活に過ちはつきものです。

その過ちを改めることによって魂が成長するのです。

苦難や障害に立ち向かった者が、気楽な人生を送っている者よりも大きく力強く成長していくということは、それこそ真の意味でのご利益と言わねばなりません。

何もかもがうまくいき、日なたばかりを歩み、何一つ思い患うことのない人生を送っていては、魂の力は発揮されません。

何かに挑戦し、苦しみ、神の全計画の一部であるところの地上という名の戦場において、魂の兵器庫の扉を開き、神の武器を持ち出すこと、それが悟りを開くということです。

困難にグチをこぼしてはいけません。困難こそ魂のこやしです。

むろん困難の最中にある時はそれを有難いと思うわけにはいかないでしょう。

辛いのですから。

しかしあとでその時を振り返った時、それがあなたの魂の目を開かせるこのうえない肥やしであったことを知って神に感謝するに相違ありません。


この世に生まれくる霊魂がみな楽な暮しを送っていては、そこには進歩も開発も個性も成就もありません。

これは厳しい辛い教訓ではありますが、何事も価値あるものほど、その成就には困難がつきまとうものです。

魂の懸賞はそうやすやすと手に入るものではありません。

神は一瞬たりとも休むことなく働き、全存在のすみずみまで完全に通暁しております。

神は法則として働いているのであり、晴天の日も嵐の日も神の働きです。

有限なる人間に神を裁く資格もありません。

宇宙を裁く資格もありません。

地球を裁く資格もありません。

あなた方自身さえも裁く資格はありません。

物的尺度があまりに小さすぎるのです。

物的尺度で見るかぎり世の中は不公平と不正と邪道と力の支配と真理の敗北しか見えないでしょう。

当然かもしれません。

しかしそれは極めて偏った、誤った判断です。


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